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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
32/139

狂気か、激情か



「な、何で……」

「俺は……あんま親しくない奴を信じるのは嫌なんだ……。ハァ……普通、そうだろ人間って……。それでも、それでも『たったの一回だけなら信じても良い』って決めてたんだ……。だがお前は、既に俺の信頼を裏切った。だからお前の言うことは信じない……」

「俺が……? 一体どこで――――」

「――――アストレイベアから助けたの、お前じゃねぇじゃん……。フゥ……ゲホッ……! 俺、お前がカミングアウトする前から知ってたからな……」

「ッ!?」


 今度は演技でない、密かに牙を研いでいたスヴェンの表情が凍る。

 セノディアはフェリシーからスヴェンの素性を聞き、あの時自分を助けたのがスヴェンではないと見通していた。

 にも関わらず、セノディアは今の今までずっとスヴェンを放置していた――――。


(何なんだよこいつッ……!)


 またしても心積もりが破綻し、思惑通りにならないもどかしさがスヴェンの焦燥感を煽った。

 普通ならば、アレが嘘だと見抜いていたならば、のんべんだらりとアストレイベアの素材を売っ払ったお金で飲み食いする自分を咎めに来るだろう。

 ギルドに通告してスヴェンにペナルティを与えるとか、同情を引くように他の冒険者に訴えるとか。

 そうならないように予め、スヴェンはあの一件から今日までアストレイベアの素材を売った金で遊んでいたが――――セノディアの動向には常に目を見張っていた。

 セノディアがあの一件を追究するかも知れないからだ。

 しかしそれらしき行動は一切無かった。新たなクエストにも手を出していた、ランクアップに向けて動いていた。冒険者業を謳歌していた。

 つまりこの男は、気づいていながら自分を無視して何事も無かったかのように振る舞っていたのだ。今の今まで気づいてながら意図的に見逃していた。

 少なくとも、ギルドに申告すればスヴェンに支払われたお金の何割かはギルドが代理で支払ってくれただろうに、目先の利益すらもほっぽり出したのだ。

 今まで付き合ってきた、金を一番に優先させる裏の人間や、なりたての新米冒険者にありがちな正義感に燃えるタイプとも違う。彼の読めない魂胆が、スヴェンにとって恐怖でなくて何なのか。


「テメェみたいなクソみたいな小物でも、見逃すさ、一度はな……。俺は見逃したぞ……」

「意味わかんねぇよお前! するだろ普通、そこまで気づいてたら! 追求! ギルドへの告げ口! 申請! 何でしなんだよ……!」

「ナンデって……まぁ……大した理由は無いよ……」

「ハァ……?」


 セノディアからすればそこまで深い理由はない。

 事の発端は、この街に運んでくれた荷馬車の御者だった。


『前祝いだ。受け取っておけ』


 御者からすれば些細な親切のつもりだった。

 未来ある青年への激励のつもりだった。

 だがセノディアにっては、初めて一人で村の外に出てから受け取った懇切だった――――。

 御者への恩はそれだけではなかったが、彼がアストレイベアの件を見逃したとした理由は、ただそれだけだった。

 彼がモミジを助けたり、アストレイベアの時に心中に抱いていた『受け取った物』とは、この事であった。

 この街には、あの御者みたいに信じるに値する優しい人間がいるかもしれない。だからこの街の人が『どんな悪い評判だったとしても一度だけ信じて見逃そう』と、セノディアは腹の中で決めていたのだ。

 例えばスヴェンが、もしもあのお金で善行をしていたら、もしもあのお金がギルドの活性化に使われていたら――――その可能性があったから、彼は一度だけ見逃したのだ。

 だが、彼が見逃すのは一度だけ。

 アストレイベアとの戦闘を終えたセノディアは『助けてくれてありがとうございました』とスヴェンにお礼を言ったし、素材は全て引き渡した。それは紛れもなく、セノディアがスヴェンを信じた瞬間であり、親切をした瞬間だった。

 しかしあの救援が嘘だと判明したならば、そもそもあの窮地がスヴェンによる工作だと自白したならば、二度目の慈悲をかけるつもりは毛頭無い。

 ちなみに、『グルージスの酒場』の騒動みたいに自分や仲間に実害が降りかかったのであれば、例え相手が初対面で善人だったとしても反撃しない義理立ては無く、火の粉を振り払うために彼は力を振るうだろう。

 モンスター専門に戦うのが冒険者という職種なので、アレが話し合いで収まるのならそれはそれでそうしていたが、客観的に見て無理だと判断されれば人間相手に戦闘も辞さない。


「訳分かんねぇよクソッ!」


 スヴェンには、セノディアの『見逃した意図』がサッパリ読めず、必死で説得を続ける以外に現状を打破する方法は無かった。


「そうだ! 俺はその内麻痺が治るだろうが、そうなるより先にお前が出血多量で死ぬぜ……。ここは、ここは一旦落ち着いて考えようじゃないか。な? お前、自分が死んだらお終いなんだぞ、積み上げてきた実績も、稼いだ金も、何もかも! よく考え――――」

「――――死なば……死なばもろとも、だ……。ハァ……俺が、俺が『箱』を渡すかよ! 俺が死ぬ前にテメェ殺してやらぁ!」


 悲しいかな。セノディアの意思は、スヴェンの言霊で揺らがせるにはあまりにも固すぎた。

 自分の理想通りに事が運ばない苛立ちも重なり、セノディアの気迫に負けじと、弱々しい物腰から一転、スヴェンは声を荒げる。

 引いてダメなら押してみろ、だ。


「この――――このクソガキがあああァー!! 優しくしてやれば付け上がりやがって!! 『箱』の中身だって、テメェだって知らねぇ癖によおよおおおおおおォォォー!!」

「その『箱』はなぁ――――俺にとって初めてのチャンスだッ!!!」

「ッ!」



 カタカタ――――地に落ちた『箱』が独りでに、土の上で静かに揺れた。



 切られた脇腹を抑え、痛みに顔を歪めながらもセノディアの目から決意は消えていない。

 スヴェンは地面に寝そべりっているが、たじろいだ。

 冒険者になって一ヶ月も経たない、人生経験も浅い若人が、どうしてここまで執念を剥き出しにできるのか理解できなかった。

 命か金か、このダンジョンに来る新米冒険者は前者を優先させる。新米でなくとも、初心者向けダンジョンに頻繁に潜るのは、大多数が装備が揃っていないか、40過ぎの草臥れたオッサンが命が惜しくてセコセコと小金を集めるしかできない弱者だったからだ。

 なのに何故セノディアは、命でも金でもなく、『心情』を優先させらえるのか――――。


「初めて、ハァ……初めて、心の底からワクワクしたんだ!! 『箱』には、俺のマスタリーにはどんな秘密があって、飛竜は何を守っていたのか、ここで『箱』をテメェに渡したら、その好奇心も、探究心も、全部を手放しちまう――――グゥッ……!」

「ハ、ハハ、傷が痛むだろ……えぇ? そんなボロボロのガキが逆立ちしたってなぁ、数多の修羅場を潜り抜けてきた俺様に勝ち目なんざ無ぇんだよ! 長引けば長引くほど、俺が有利になる……! それなら、すぐにでも降伏して命乞いすんのが利口ってもんだ……そうだろうッ!」

「その、ボロボロのガキに反撃されたお前になら、俺でも勝てるっつってんだよッ……!」

「チッ、馬鹿野郎がァ! 目ぇ覚ませ! お前に勝ち目なんか――――」

「勝ち目有る無しじゃねぇんだ……只単にムカツクんだよッ……! 俺達が必死で紡いだ――――俺が夢見た絵本みたいなストーリーが、手柄が横取りされんのが……! 俺の夢が踏みにじられんのが……!」



 カタカタカタン――――『箱』が大きく揺れた。



 スヴェンの言うとおり、セノディアは『箱』に何が入っているのかを知らない。

 謎の声から、マスタリーに関する何かが入ってる可能性を示唆された以上、期待せざるを得ないが――――もはや彼は、『箱』に《エクスプローラーマスタリー》と何ら関係のない、どんなゴミが入っていても構わなかった。

 ただセノディアは、パーティが苦心の末に実るはずだった結実が、ポッと出の犯罪者にかすめ取られるのが気にくわなかった。

 プライドや仲間との思い出を、土足で踏みにじられトサカに来ているだけだった。

 ……いやそれだけではない――――。

 幼少からの夢であった、自分の理想とする冒険者像の一歩手前まで来ているのだ。

 その理想像とは『純粋な冒険者』であること。それに尽きる。そのような夢を抱くに至ったきっかけはなんだったのか、絵本か、吟遊詩人の語りか、親からの影響か――――彼自身朧気な記憶だったが、確かにそのヴィジョンは彼の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 百姓のように、モンスターや飢饉に怯えながら毎日を畑弄りで過ごすのではない。

 命を天秤にかけるに相応しい冒険をする者、それこそが自分の追い求める冒険者だと信じ、夢見てきたのだ。そしてその理想にあと一歩、あと少しで手が届くハズだった。

 ギルドに入り、モンスターと戦って日銭を稼ぎ、武器やアイテムを揃えて命懸けで飛竜とも戦い、その果てに『箱』を手に入れる――――ハズだった。

 その順調だった夢への旅路に水を差したこの男を、スヴェンを心の底から憎み、許せなかった。怒髪天を突いていた

 故にセノディアは牙を剥く――――。

 怒りと憎しみと熱気によって、絶えずアドレナリンが流れ続けているセノディアの眼光はギラギラと燃え上がり、ブラフの瓶を握る力に手が入って指が白くなる。

 逃がさない、絶対に逃がさない。地の果てまで追っかけてでも『箱』を手中に収め、スヴェンらに然るべき制裁を科してやると、彼の瞳は物語っていた。


「ハァハァ……かかってこいよ……。いや、来ねぇならこっちから行ってやらァ……!」


 そろそろキラーディプローダの麻痺毒が弱まる時間だとセノディアは察したのだろう。彼はナイフを諦め徒手空拳で戦いを挑むつもりだ。

 しかし、体はボロボロなのもまた事実。意識が全く覚束無ず、さっきまであんな長々と喋れたのが奇跡のようなものだ。

 一歩、また一歩と、地を踏みしめる毎に左右にふらついた。

 その様は、沸き立つ闘志と相まって幽鬼の如き体貌をしていた。


「うぅ……グッ、クソッ……!」


 一方でスヴェンは、鬼気迫る彼の出で立ちに怯えていた。戦意などとっくに消え去っている――――。


(何でだ……!)


 スヴェンは冒険者だが、セノディアの理想とする冒険者像とは真逆の日々を送っていた。

 日中はギルド内での体裁を保つためにクエストを受けていた。しかし内容はパッとしない、身の丈にあった難易度のみ。そうして夜になれば女と酒に溺れた日々を暮らしていた。

 金が足りなくなれば裏の仕事もこなし、その際は世間からつまはじきにされた日陰者とつるんでいた。

 スヴェンの毎日は夢も熱意も存在しない、惰性で生きる日々だ。

 でも、それで毎日を楽しく楽して生きていられるならと、ギルドのタブーである『冒険者の死体漁り』も厭わず、『スヴェンというどうしようもない人間性』を、心のどこかで許しながら騙し騙し生きてきた。


(クソッ……なんだってんだ……なんであんな死に体のガキが怖いんだッ……!!)


 だからセノディアの情熱が、興奮が、彼は理解できなかった。

 後ろ暗いスヴェンの周囲には、セノディアのようなエネルギッシュな夢追い人はいなかったし、彼が手をかけた冒険者はみな、絶望に満ちた表情で最期の時を生きようと藻掻くからだ。

 なぜセノディアは、あれだけの傷を負いながらも情熱を切らさずに保てているのか。理解の範疇を越えたその『瞳』に宿る決意は、スヴェンにとって忌避すべき感情だと本能が告げていた。


(大体、何で俺はアイツ等を斬り殺したりしたんだ……!?)


 そして内面を蝕む恐怖は、少し前までスヴェンを呑み込もうとしていた『箱』の狂気すら凌駕した――――。

 元々、手元から『箱』が転がり落ちた時点である程度は狂気から解放されていたのだが、その大半を占める原因は、セノディアの熱意を心身が受け付けずに拒んだ為である。

 単純な話、精神的に気圧されたのだ。『箱』によって作られた狂気ではない、セノディアからヒシヒシと感じるオリジナルな天然物の狂気に。

 また、これによってスヴェンの脳内から、もはや『箱』のことを気にかける余裕はなくなった。自我を取り戻し、狂気から解放された体で最初にできたことと言えば、麻痺で鈍りつつある体をミミズのように捩らせて後退するだけだった。

 彼の心中に、もはや闘争心は欠片も残っていなかった――――。


「ハァ……ハァ……! あー……腹の傷がいってぇなクソがッ……! まずはこの痛みも味わってもらわねーとな……」

「く、来るなッ……! 悪かった、この通りだ! すまんかった! 許してくれ、頼む……!」

「来るなっつって行かねー奴がいるかバーカ……! ゲホッゲホ!」


 スヴェンがズリズリと地面をはい回る度に、セノディアは一歩、また一歩と近づく。脇腹を押さえて痛みに耐えながら、言葉の節々に怒気を宿らせて――――。


「どんな手ェ使ってでも渡すもんか――――」




 カタカタッ




「『箱』も、飛竜も、マスタリーの謎も――――」




 カタカタカタカタ!! 




「俺の夢も――――」




 カタンッ!





「全部俺の、俺達のモンだッ!! テメェに渡すかよオォッ!!!!」




 カチリ




 啖呵を切り終えたと同時に、『箱』から漏れた光が部屋全体を包む。


「ッ!?」

「うわ!? な、何だ……!?」


それはあの時、森でセノディアを救った時とは違う、あまりにも輝きすぎて部屋全体が白に染まる光量に、二人は目を瞑った――――。



 やがてその光は収束し、その中央で――――。



「ふあぁ~……。ん~……よく寝たのう……」



 ――――半裸の褐色ロリが欠伸をしていた。


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