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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
31/139

主客転倒


「――――おい」

「あ……?」


 『箱』を横取りしようとする邪魔な『盗人』を処理し、心地よい狂気に身を預け、浸り酔いしれていたスヴェンだったが、虫の羽音のようなか細い声が彼の背後から聞こえてくる。


(アァ、そう言えばマダイタナ――――『箱』を狙う溢物ガ……)


 それはお前のことだろうと声を揃えて言いたいが、若さを武器に『冒険者』を夢見る、何の取り柄のない新米冒険者――――セノディアがまだ生きていたか、と。

 スヴェンが手にする前から『箱』に執着していたセノディアは、もはや素材きんを生む冒険者ガチョウではなく、彼が手に掛けた盗人と同じくらい邪魔な存在だった。

 しかし、何時でも対処できるように痛めつけていたのもあり、スヴェンは余裕綽々だ。


「残念だったな――――」


 「コイツは俺が頂いた」と高らかに勝利宣言するために、濁った喜色満面で地面に突っ伏しているであろうセノディアへ振り向いた。


 ヒュンッ!


 しかし、真っ先にその目に飛び込んできたのはセノディアではなく、透明なナニカ――――。


「ウオッ!」


 パリィンと、スヴェンは間一髪で顔面目掛けて飛んできた透明な『ナニカ』を手で弾いた。

 視界に飛び込んでからの反応としては驚異的な反射神経だ。伊達に危ない橋は渡っていないのだろう。


「んだってんだ――――」


 しかしどれだけ鋭い反射神経をしていたとしても、『箱』を透明な『ナニカ』から守るために手で弾いた防ぎ方は、悪手だったと酷評するより他ない。

 セノディアから放たれた『ナニカ』はガラス容器の『瓶』だった。

 それも、赤黒い液体がたゆたう中身の入った『瓶』――――。

 スヴェンの力が強かったのか、瓶が脆かったのか、素手で弾かれたそれはパリンと呆気なく砕け散り、瓶の破片と赤黒い液体が飛沫としてスヴェンの顔に降り注いだ。

 幸いにも、彼が一番守ろうとした『箱』に飛び散る事はなく、瓶の破片で2~3cmくらいの小さな切り傷が数カ所できただけだった。

 そう、切り傷という微量なダメージだけに注視すれば――――。



「は――――?」



 一番気をつけなければいけなかったのは瓶の中身だった。

 赤黒い液体をモロに顔面に浴びたスヴェンは全身から力が抜けていく感覚に見舞われた。足にも力が入らず、視界が二転三転してその場にどさりと崩れ落ちる。


「ハァハァ……。ハッ……ハッハッハッハ!! ザマァ見ろ!!! ウジ虫が!!! ハッハアアァ――――ゲホッゲホッ!」


 一発で無力になったスヴェンの無様な姿に、自らを鼓舞するように、そして狂人との立場が逆転したと誇示するために、セノディアは高らかに嘲り笑った。

 そう、笑いすぎて口から血を吐き出してでも――――。


「ゲホッ!ゲホッゲホッ! オエェッ――――!」


(何が起こった? アイツは何故笑っている? 何故俺は――――土を舐めているんだ? )


 ころころと、『箱』は自分の手を離れて草の上を転がっていった。

 勝ち誇り、笑いすぎてえずくセノディアをセノディアに、床に倒れ伏したスヴェンは事態が飲み込めず混乱していた。

 あの瞬間、瓶を壊した自分の身に何が降り注いだのか――――。

 しかし《シーフマスタリー》で、尚かつ闇討ち・騙し討ちの経験豊富なスヴェンからすれば、その疑問は然したる難題ではなかった。突っ伏しながらも直ぐに答えに辿り着いた。


(まさかあの液体――――毒か?)


 いや、そんなハズは無い。

 セノディアはもう毒を飛竜との戦いで使い切っていた。

 安置からの飛竜ハメを影から見ていたから分かる。声も洞窟だから響くしハッキリと『使い切った』と口にしていた。

 ならば一体――――。


「も一つ……あるぜ……!」


 混迷に陥った中、スヴェンが首を動かして視線を上げると、セノディアの右手に先ほどと同じ『瓶』を掴んでいるのが目に入った。その瓶の中には、相変わらず赤黒い液体が波打っている。

 先ほど投げた瓶の中身、それはセノディアが道中倒したキラーディプロポーダから抽出した、あの毒液だった。

 スヴェンの推理は半ば当たっていたのだ。

 ではなぜセノディアは『毒はない』とあの場面で口にしたのか。

 別にこうなる未来を予想してブラフや駆け引きに使ったのではない。セノディアからすれば、キラーディプローダの毒液は『モンスターの素材』であり、『道具屋から購入した武器としての毒』として換算していなかったからだ。


(もう一つあるが……いや、もう一つ俺は『持っている』。そう思わせないとな……)


 しかしながら、今セノディアが持っている『瓶』の中身。実はこれ、傷を癒す効能のある『赤ポーション』だ。

 色合いこそは似通っているが効能は真逆。

 彼は、色が似通っているこれをブラフとして生かしているのである。

 ブラフに使えば、万が一毒の効果が切れたとしても抑止力として働いてくれるだろう。飛竜戦の『毒が無くなった』という発言とは真逆で、今度こそ頭を使った駆け引きが必要になったのだ。


(早く……早くアレを見つけないと……!)


 セノディアの本命は毒などではない。先ほどの一戦でスヴェンにはじき飛ばされたナイフだ。

 最初の毒液入り瓶で麻痺した時間、それにブラフで稼げる時間を想定しつつ、ジリジリと、スヴェンから片時も目を離さず、瓶を掲げたまま一定の距離を保ちながら、本命はナイフであると悟られないよう細心の注意を払い、視線をあちらこちらに散らしてはじき飛ばされたナイフを探した。

 全てを一度にしなければならないのは、飛竜と戦って、数十m落下して、腹を刺されたセノディアには一つ一つがAランク並のミッションに感じられた。


(アレは低級ポーションに似ているが……恐らく毒……。さっきあの手にあるのも恐らく毒……)


 スヴェンはそのブラフに全く気づくことは無かった。自分が投げつけられた瓶の液体が、目先の草葉から垂れるのを見逃していなかった。その色や艶は、毒で霞んだ網膜フィルターを通して見ると殆ど同じ液体と思ってしまったからだ。

 アレのせいで体の自由が奪われた事実だけはボンヤリとする頭で理解できた。

 しかしそれと同時に、とある一つの事実に辿り着く――――。


(――――あの毒、致死性が無いか、極端に薄いな……?)


 先ほどの毒は皮膚からだけでなく、ガラス瓶の破片によって顔面にできた数カ所の創傷からも体内に入っただろう。だから即効性のある麻痺効果が現れたのだ。

 しかし、身体の異常として検知できたのは体の痺れだけ。脳に一番近い部位に毒をモロに食らったのに、頭がボンヤリとし、目が霞み、手足に力が入らず異常に痺れているが、どれもこれも致命傷には至っていない。

 ならば、彼が取る行動はただ一つ――――。


「ま、待て……。悪かった……俺が悪かったんだ……すまない……」

「……あ?」

「俺だって、昔はまともな冒険者だったんだ。本当なら俺もお前みたいに……若くして冒険者のホープを目指していたさ……。だが半年前に仲間に裏切られ、ヒーラーにも見放された傷を治すために……闇ヒーラーに治してもらうために、莫大な金が必要だったんだ……」


 毒の効能を見抜いたスヴェンは、人が変わったように非を認めた。

 詰まるところ自分が『箱』を守るためには、お涙頂戴話による命乞いをすべし、との結論を下したのだ。

 もちろん、内心ではこれっぽっちも悪かっただなんて思っちゃいないし、つらつらと語られる話しも誤魔化し、ペテン、嘘100%であった。それでもスヴェンは自分の行いを後悔しているように懸命に振る舞う。

 全ては『箱』を我が物とするために――――いや、『箱』を全ての悪しき者から守るために――――。


「俺はまだ死にたくないんだよ……。頼む、見逃してくれないか……。ほら、お前も脇腹の傷が痛むだろ? どうだ、ここは休戦と行こうじゃないか……」

「休戦……ね……」

「あぁそうだ……俺のカバンにさ、傷を癒す赤ポーションが入ってる。それも『上級の赤ポーション』だ。俺は満足に動けないからさ……お前が取りに来ても安全だ……そうだろう? 俺は元々殺す気は無かったんだ、本当さ! 最初の一撃だって眠らせるだけだったんだ……。殺すつもりは無い……。だからさ、まずはお前が先に傷を癒せば良い……。その後で俺の処遇を決めてくれ……な?」


 スヴェンは這々の体で休戦を提案した。もう自分には戦う意思がサッパリ無いと、もう戦闘手段も失ったと、そうアピールするために近くに落ちていた剣を震える腕で退かせ、手ぶらになった両手を地面の上に倒置する。

 おまけに、セノディアが有利に運ぶような提案もした。セノディアの手に持っているのが、ブラフである下級赤ポーションなどとは知るよしも無いが、より治癒能力の高い上級赤ポーションを渡すと言い出したのだ。

 しかしこれもまた、その全ては本意・本心ではない。

 スヴェンはまだ奥の手を残していた。ズボンの裾の内ポケットに、ナイフを一本仕込んであるのだ。


(アイツが俺を信じた瞬間だ……。一気に仕掛けて、『箱』を俺の手中に……!)


 スヴェンは虎視眈々と付け入る隙を狙っている。

 麻痺が幾分か治るまで話しを長引かせ、セノディアが納得し、こちらへ歩み寄ってカバンを開いた時がチャンスだ。

 『箱』の狂気に汚染された精神から、冷酷無比な蛇が舌を覗かせ、獲物が罠にかかるその瞬間を今か今かと待ち侘びていた――――。


「テメェなに寝惚けた事言ってんだ……?」

「――――は?」

「断るっつったんだよ……ゲホッゲホ」


 が、しかし悲しいかな。

 セノディアは痛みに耐えながらも、一定の距離を保ち続けていた。それどころか、ハッキリとした拒絶の意思を示した。

 普通の新米冒険者であれば、幾ら致命傷を免れたとは言え、身を切り裂く痛みに耐えかねるはずだ。

 痛みを和らげるどころか即座に治癒できる『上級の赤ポーション』があるならば、躊躇なく餌に食い付くはずだった。

 それに、セノディアは未来ある有望な若者だ。どんな理由があったって、人を殺せば《殺人者》。

 多少なりとも倫理観が警告を鳴らすはずだ。その過ちだけは犯してならないと。


(何でそんな冷静でいられるんだ……。コイツ本当にGランクの冒険者かよッ……!)


 それを何故、あんなに即断即決できるのか。

 スヴェンは今まで手にかけてきた冒険者とは、また違った『新米らしさ』に、例えようのない威圧感に戸惑った――――。


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