ここはどこ?
(あー……いってぇ……)
飛竜と共に奈落へ落下したセノディアは、奇跡的に生きながらえていた。最後にモミジの唱えた補助魔法がセノディアを救ったのだ。
しかし助かった理由はそれだけではない。
(木……?)
セノディアの視界いっぱいに緑色の空間が広がっていた。この部屋に自生していた大木がクッションの役割を果たしたのも相まって死なずに済んだのだ。
「いつつ……」
それでも相当高い所から落ちたのに加え、飛竜との戦いによって体の節々が悲鳴を上げる。そういえばあの飛竜はどこへ行ったのか見渡すとすぐ見つかった。セノディアのすぐ隣に、体の3割ほどをあちこちにばらまいて、草が生い茂る土の上に横たわっていた。どうやら飛竜は、木々を避けるようにして生えた芝生地帯に運悪く墜落してしまったらしい。
(もしも俺の落下地点が飛竜と入れ替わっていたら――――)
そこまで想像して、セノディアは考えるのを止めた。飛竜に勝利し、今生きている事。それが真実であり現実なのだ。
ただ、勝ちはしたもののここがどこなのかさっぱり目処が立たない。天上を見上げても暗闇しか続かないという事はいくつかの階層を吹き飛ばして落ちてきたのだろう。1階層や2階層どころでは済まないはずだ。
そうなると今度は厄介な事に、強いモンスターが徘徊している事になる。セノディアは木の上で楽な姿勢を取りながらも、なるべく音を立てずにジッと動かずにいた。もしもこの階層に見合ったモンスターと鉢合わせたら、今度こそ終わるからである。
しかし、待てども待てどもモンスターの気配は一向にしない。それどころか、徐々に意識を覚醒しつつあるセノディアは飛竜と相まみえた時と似たような違和感を感じた。
(いや待てや……この部屋おかしくない?)
そして行き着く、当然の疑問。
なぜこのフロアは深緑に映えているのだろう、と――――。
壁や草木は松明などの暖色とは別の、薄く緑色をしたボンヤリとした光りがこの空間を照らしていた。バクテリアか、苔か、はたまた魔法か。
だが直射日光は当たっていない。日の当たらない洞窟のハズなのに、なぜ草木が自生できているのか。というかそもそも、休憩所から真下にこんな空間が存在しているなんて聞かされていない。地図にもそんな説明は書かれていなかった。
(ここは一体……? 何のための空間だ……?)
疑問の尽きないセノディアはボロボロの体にむち打ち、木から降りて探索を始めた。飛竜の死体から素材を剥ぎ取ろうとしないのは、金銭欲よりも彼の《探究心》が上回ったからだろうか。
自分を助けてくれた木から降りたセノディアは、まず持ち物を確認した。バッグの中は幸いにも無事で、腰のベルトには飛竜にトドメを刺した剥ぎ取り用のミスリルの短剣が帯刀されている。
彼はバッグの中から赤い液体が並々注がれた小瓶を取り出した。『赤ポーション』と呼ばれる回復薬で、彼が持っているのは下級ながらも傷を徐々に癒してくれる効果がある。
二つある回復薬の内一つを飲み干すと、今度はナイフを手にした。モンスターの気配こそしないが、いないとも限らない。念には念を入れながら周囲に注意を払って探索を始める。
(しっかし……何もねぇな、なーんも)
部屋の広さは休憩所と同じかそれ以上だが、辺りには魔力の影響を受けたと思わしき植物が自生していたり、地上でも見慣れた花木が軒を連ねている。
後は、飛竜が墜落した時の衝撃でもげた翼や内臓などが飛び散った残骸くらいだろうか。
(出入り口も無しと……)
驚くべき事に、この部屋には出入り口らしく扉などが一切合財無かった。
天然の岩で形成された壁に突き当たり、そこに手を沿いながらグルーっと一周しても、切れ目や境目など何も無かったのである。
セノディアが落ちてきた穴だけが、この部屋と行き来できる唯一の出入り口になるのだろう。
「ん、これは……?」
しかし歩いている内に、部屋の一部がある法則に従って作られていることにも気づいた。
部屋全体は四角い平凡な造りだが、その中心には、円を描くようにして丸い線引きがされており、線の内側には背の低い草が生い茂っている。
線の外側には、セノディアを助けてくれた背の高い木々が取り囲むようにして生えていた。
飛竜の死体はそのギリギリ、草と木々が生えている境目に落ちてしまい、クッションが無いのでバラバラになってしまったのだろう。
線引きの繋ぎ目は、不自然なくらい自然だった。過去に地割れが起こったり、水源が引かれている形跡もない。
恐らく、線引きされた内側の円上は、何者かの手によって意図的に作られた空間なのだろう。
それに気づいたセノディアは、円の中心部分に歩を進めた。
休憩所の時みたいに謎の声は聞こえないし、石碑みたいに視線も感じない。ただ彼は、彼の赴くままに、円の中心部分へと歩いていった。
「……土盛り?」
その円の中心部分をよーく観察してみると、小さな出っ張りがある。
蟻塚のような、或いは掘って埋められた後のような小さな土盛り。それが何なのか、農業を営んでいたセノディアは色々と考えを張り巡らす。
(モグラが掘り返した穴……? いや違うな、土が盛られた上に草が生えてるから……特別根っこでも太い植物か? それか干ばつで隆起……はあり得ないな。洞窟だから水不足は無いだろうし、植えられてる植物は何か知らんが活き活きしてるし……)
「……掘ってみりゃ分かるか、うん」
この盛られた跡が何なのか意味不明だったが、好奇心を擽られたセノディアは、とりあえず何も考えずに土を掘ってみることにした。
ナイフを取り出し、不自然に盛られた土周辺の草を刈る。そうしてはげ山になった土を、今度はナイフの柄で穿り始めた。
ザックザックと小気味良い音を奏でながら土を掘り返すこと数分、すぐにその正体が判明した。
「なにこれ……『箱』……?」
恐らく木でできたであろう『箱』には、所狭しと文字だか絵だか区別の付かない奇妙な記号の羅列があり、蓋と本体の繋ぎ目には、焼きごてとロウで刻印された紋章で封がされている。
如何にも触るべからずと言った、異質な気配が漂っていた。
「これは……?」
セノディアは、危険か安全かを確かめることをせず無造作に『箱』に手を伸ばした。
重さは『箱』の素材である木の重みしか感じず、左右に振っても中から音はしない。
試しに、封蝋を土とほこりで汚れた爪で引っ掻いたが、切れ目はおろか傷一つ付くことは無かった。
ナイフを器用に操り刃先で切ろうとするも、失敗に終わった。
このことから、封蝋は封印系統の魔法が施されていると簡単に推察できる。
また、これだけ厳重な封がされているのだ。『箱』そのものも、中身は相当なお宝に違いない。もしかして、これが噂に聞く、ダンジョンに置かれた《宝》――――。
「あの飛竜……これを守ってたのか……?」
ふと、セノディアは眼前の芝生地帯に落下し、臓物をまき散らして息絶えた飛竜に意識を移した。
謎の声に誘われるまま、初心者向けの洞窟に不釣り合いに配置された飛竜。そして厳重に魔法で封蝋された『箱』。
不可解なこの二点を結びつけるのは自然な推理だった。
そうと仮定すれば、あの飛竜の存在がこの箱を守る門番だったと考えたら、突然部屋が崩壊した事も説明がつく。
この部屋が、なぜ緑化現象でお洒落な黄緑色に着飾っているのかまでは頭が回らなかったが、それでもセノディアは、次々と迫り来る謎に興奮した。
そしてこの『箱』が、ダンジョンに隠されていた、誰にも発見されていない魔族の遺産――――《宝》だとしたら。
(……いや、この際これが《宝》なのかどうかなんて些細な問題だ。重要なのは、もしもこの『箱』に、あの謎の声の言う通り《エクスプローラー》に纏わる手がかりがあるとしたら――――)
一度想像を始めたら、止まらなかった――――。
この『箱』は飛竜が守っていた物、封からしてみても、中身はきっと重要な『ナニカ』。
それはダンジョンに置かれた《宝》ではなく、謎の声の通りならば、《エクスプローラー》に纏わる中身の可能性も浮上している。
『箱』の中身には、一体どんな秘密が隠されているのだろうと思いを馳せる。
(それにこの部屋……)
また、この部屋の存在をギルドやパーティメンバーに知らせたら、どんな反応を示してくれるのだろうか。セノディアは自分が、ギルドの――――いや、このダンジョンを知り得る誰もが、知り得ない未知の謎に迫っているのだと確信していた。
こんな初心者向けの洞窟に、何百何千と冒険者が訪れたこの地に、こんな神秘的な空間があったことも、箱も、飛竜も、前情報として聞かされていなかった。
ギルドから支給された地図にも書かれていなかった。それはギルドが知らなかったからだ。全ては自分達のパーティが戦いの末に辿り着いた、一つの開拓地。それも冒険者としてまだ日の浅い自分が、だ。
(やっべぇ……手柄ってレベルじゃなさそうだな……)
その事実を自覚するとセノディアは、生まれて初めてと言っても過言ではない程に興奮した。心臓がバクバクと鳴る。
そう、ずっと昔、子供の頃にセノディアが夢見た理想の冒険者は、御伽噺や絵本に描かれた冒険者は、手に汗握り、胸が熱くなるような冒険をしていた――――。
それと同じ冒険を、一人だけの力では無かったとはいえ成し遂げようとしていたのだ。
(俺は……俺が目指していた冒険者に……。いや、『冒険』ができたんだ――――)
――――だがそれの胸の高まりは、同時に隙が生まれた瞬間でもあった。
「――――ん?」
セノディアは自分の背後から気配を感じ、振り返ろうとした。
その気配は唯ならぬ敵意。
ドスッ!
――――瞬間、肉を抉る鈍い音と共に、真っ赤な鮮血が辺り一面に飛び散った。
その血はセノディアからで、脳裏を抉られるような痛みから脇腹を突かれた傷から飛び散った血だと気づくのにそう時間はかからなかった。
(しまっ――――)
『ダンジョンには気をつけてくださいね。何時如何なる時も死と隣り合わせ、それを忘れた者から死んでいくんです――――』




