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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
23/139

焼かれるよりも早く


『逃 げ ろ』







「ハァ……フゥ……」

「セノどうする!? このままモミジちゃんが!」

「分かってるよ……! 今考え中!」


 ――――こうして三人は思い思いに散らばり、身を隠したところで物語冒頭へと繋がる。


 《ヒートウォール》に守られるセノディアは、アストレイベアの時に『格上のモンスターと突然ぶち当たったらモミジはテンパってまともな戦力にならないだろう』と評価したが、どうやらその心配は杞憂になりそうで安堵する。また、モミジへの評価を改めなければならないなと自分を戒めた。


(にしても、飛竜ってマジで体でかいよな。よくこの部屋に収まって――――待てよ……)


 しかし、モミジに守られたおかげで視野を広く保てたセノディアは、ある秘策とも言える戦術を思いついた。

 それも会心の、下手すれば逃げるだけでなく、逆転勝利を収められるかもしれない策だ。


「《ブレス》が止んだら入り口まで一気に逃げるぞ!」

「に、逃げちゃうの!?」

「とりあえず今は俺の言うとおりにしろ!」

「う、うん、分かった!」

「は、はい!」


 石室の出入り口は彼らが通ってきた木製の両開きドアたったの一つ、大人二人が横たわって並んでも余裕のある広々とした通路。

 では縦幅はどうかと言うと、天井は3m前後と洞窟内に住まうモンスターがギリ通れるレベルだろうか。

 とてもではないが、4~5mある飛竜は通れそうにない。更に地図の情報によれば、休憩所レストプレイスにはモンスターも近寄れないと記されていた。実際、彼らが休憩している間にモンスターの襲撃や気配はしなかった。

 それらの情報から、セノディアが導き出した攻略方法とは――――。


「アイツ通路通れなさそうだから、一度通路まで逃げよう」

「あ、成る程! 賛成賛成大賛成!」

「でも、この飛竜、放っておくんですか……!?」

「ブレスが止んだら遠距離から魔法と矢で殴りゃいいんだ。これをちまちま繰り返して倒そう」

「りょ、了解です……」

「セノ頭良い! でもセコイ!」

「うるせ! 勝ちゃいんだよ!」


 あの巨体なら通路に入って来られないだろうから爪も牙も脅威にならなくなるし、精々ブレスを通路に吐くのが関の山。

 それも《ブレス》は何度も何度も吐けはしないだろう。モンスターも人間同様、スキルを使うときは持ち前の魔力を消費する。必ず底が尽きる時が来るのだ。

 《ブレス》を吐いたのを見たら距離を取って届かない通路まで逃げ、止まったら休憩所の出入り口にとんぼ返りで遠距離から攻撃を始める。

 そして《ブレス》を吐くなら、また届かない通路まで逃げて近づいて攻撃――――。


 恥も外聞も投げ捨てた彼が提案したのは、そう、身も蓋もなく言うなら『ハメ』だった。


 オンラインMMOなどでは処罰の対象になる最大のタブーである《ハメ》。

 しかし、これはゲームじゃないから修正パッチなんて当たらないし、運営なんていないからBAN対象にもならない。

 なによりも命のかかったリアルなのだから、彼らにとってわざわざ狭い部屋で息苦しい思いをしながら戦う必要は無い。楽ちんに狩れるならそれで良いに越したことはないだろう。

 セノディアの意見に、アトリアとモミジはコクコクと頷いた。


「もうそろそろブレスが尽きるはずだから、炎が止んでから直ぐ扉に走る。いいな」

「うん」

「分かった……」


 実は、余裕綽々でここまで悠長に話していた彼らだが、それには理由がある。

 これもまた有名な話しで、《ブレス》は竜種の代名詞になっているが、飛竜のブレスは竜種の中でも破壊力も持続力はないとされている。

 飛竜が一番脅威と恐れられているのは、他の竜種に遙かに勝る空中戦における機動力があるからだ。一般市民はおろか、近接職のマスタリー持ちと言えども、空をテリトリーにする彼らに手も足も出ないだろう。

 最も、飛竜にとっては狭い休憩所では、雄大な翼は何の効果も為さないが。


「グゴオオオオォォォ……」


 さて、彼らが方向性を定めたところで《ブレス》は徐々に勢いを無くしていった。

 この飛竜も他の飛竜の例に漏れず、精々20秒前後くらいが吐き続けられる限度らしい。このくらいの時間ならば、テンパって魔力を上手く制御できていないモミジでも持ちこたえられる。

 やがて三人を包んでいた炎は正面からだけになり口元から煙が昇っていく。


「まだ……!?」

「もうそろそろ……」

「早くぅ……!」


 アトリアが急かすようにセノディアの肩を揺らした。

 しかし、彼らの想像とは違い、やたらと長く続く《ブレス》にモミジは冷や汗を垂らし、頬を伝って地面を濡らす。

 今や飛竜が《ブレス》を吐いてから30秒に差し掛かろうとしていた。

 ドワーフの中でも群を抜いて魔力のあるモミジであっても、《メイジマスタリー》の補正外のスキルに加え、しかるべき魔力量以上に余分な魔力を障壁維持に注いでいたからか、その体は限界を迎えようとしていた。テンパって本領発揮できないモミジは、上級モンスターとの対峙を危惧したセノディアの予想通りだったか。

 しかし、天は彼らを見放さなかった。飛竜は口を閉じて《ブレス》を中断したのだ。


「今だ! 逃げるぞ!」

「うん!」

「は、はひぃ……」


 セノディアが合図を出すやいなや、モミジは即障壁を解除し、アトリアはスタートダッシュを切っていち早く駆けだした。

 しかし飛竜は見上げるようにして天上に顔を上げた。《ブレス》をもう一度吐く準備をしているのだ。


「ヤベェ急げ!」

「は……はひ……」


 出遅れた二人はアトリアの背中を追随する。だが――――。


「モミジ……?」

「うぁ……」

「おい、モミジどうした!?」

「きゅぅ……」


 セノディアの隣を走っていたモミジが、グルグルお目々を回して倒れてしまった。《魔力欠乏症》――――出血性ショックのようなもので、簡単に言えば急激に魔力を使いすぎたのだ。それよりも症状は柔らかく、体内に残留している魔力が充填しきるのを待てばすぐに目を覚ますので、魔法初心者には有り触れた症例だ。

 だが、このタイミングでの魔力欠乏症は致命的だった。


「セノ!」

「アトリアは先行ってろ!」

「でも――――」

「俺が通りやすいようにドア開けといて!」

「……ッ分かった!」


 ここでは純粋に力の強い自分が助けに行った方が良いと判断し、セノディアは先を走っていたアトリアに出入り口の確保を優先させるよう指示を出す。セノディアは回れ右をして、倒れ伏したモミジを抱き上げた。小さな肩を上下に揺らし、《ブレス》の熱さとは別の汗が額に滲んでいる。

 しかしメディカルチェックにそこまで時間をかけている余裕はない。飛竜は鎌首をもたげて口を開き、その喉の奥を赤く点滅させている。《ブレス》が放たれる予兆だ。出血や外傷はないので体を揺らしても大丈夫だと判断したセノディアは、よいしょと横抱きでモミジを持ち上げ、アトリアの開けはなった出入り口までダッシュする。


「グオオオオオオオォォォォォ!!!!」


 猛ダッシュで、もう明日は走れなくなっても良いという気概で、ようやく出入り口まであと僅かという最中、ドラゴンが雄叫びを上げた。

 石造りの休憩室がグレーからワインレッドに染まる。無防備なその背中に《ブレス》が放たれたのだ。


「あっつ!!!」


 飛竜の雄叫びと共に放たれた炎は、20mは距離を取っていたセノディアの肌に感じられるほど迫って来ていた。それほどまでに、《ブレス》の勢いは凄まじいのだ。

 モミジを抱えてひた走る彼の背後まで、無情な炎の魔の手は迫っていた。耐火性のない装備をしていたセノディアは、背中が焼ける感覚に見舞われたが、それでも走る足を緩めることはしなかった。それはひとえに、モミジを絶対に手放さないという意地が彼をそうさせていた。彼女は倒れるまで障壁で守り続けてくれた。だから次は自分が助ける番だと気負っているのだ。

 おかげで、炎とのレースは、果たしてセノディアが勝ちそうだ。

 アトリアが開けはなった廊下の扉との距離は5mもない。


「セノ!」

「どいてろアトリア!」


 セノディアはモミジを抱きかかえたまま、ラグビーボールを持った選手のトライよろしく勢いを殺さずにダイブした。

 モミジになるべく衝撃が来ないよう、自分が下になって背中から落ちる。


「よい――――しょっ!」


 それを見届けると、アトリアは間一髪で扉を閉めた。

 しかしまだ終わっていない。

 ドアは木製だ、唯一の《ブレス》に対抗できるモミジがこれでは、《ブレス》によってドアを溶かされ無防備な彼らは焼き尽くされてしまうだろう。

 セノディアはすぐに体勢を変える。

 《ブレス》からモミジを守ろうと覆い被さった。飛竜からは相当距離を稼いだはずなので、いくら強力無比な《ブレス》とは言えども火力は減っているはずと目論んでの行動だ。

 しかし、同じく焼かれる運命にあるはずのアトリアは締め切ったドアを背に、余裕綽々で口を開く。


「大丈夫だよセノ」

「大丈夫って、何が……」

「ドアね、《火耐性のエンチャント》付いてるみたい」

「は……?」



 アトリアは締め切ったドアを指さした。壁とドアの隙間からちろちろと炎が舌を伸ばしているのが見えるが、ドアは依然としてその形を保っていた。


 《エンチャント》と呼ばれるスキルは、端的に言えば《魔力の付与》である。

 武器に、装備に、アイテムに、日用品に、ありとあらゆるものに様々な恩恵をもたらしてくれる。

 例えばアトリアが言う《火耐性のエンチャント》のように、炎による魔法の攻撃を軽減・無効化してくれる便利な効果があれば、武器の切れ味を強化する《シャープカットのエンチャント》なんてのもある。


 アトリアは、モミジが《ヒートウォール》で守り、セノディアが作戦を練っている間、自分も何か手助けできないかと飛竜や部屋に目を凝らしていた。

 その時、蝋燭や松明など照明の類は延焼しあっていたが、部屋の調度品や机椅子といった家具が、《ブレス》に焼かれていても平気な有様が目に付いたのだ。

 そこから、この部屋にある物全体が、まるで《ブレス》の餌食になること前提に作られている様子から(もしやこのドアも……)と推察したのである。

 そして慧眼はピタリと当たり、鍋の蓋よろしくこうして炎を部屋の内に閉じこめてくれているのだった。


「よく気づいたなぁ……」

「えへへ。部屋の備品は平気だったけど、ドアも《火耐性のエンチャント》が付いてるかどうかは、一か八かの賭けだったんだけどね」

「……やるじゃんアトリア」

「セノこそ、ナイスガッツ」


 二人は互いの健闘を称え、グーでコツンとタッチした。とりあえず、サイズ的に飛竜はあの部屋から出られないことが確定しているので、二人とも安置で一息吐く。まずは飛竜ハメハメ大作戦の要であるモミジの目を覚まさせるのが先決だ。


「う、うぅん……」

「ほら、起きろ」

「ングッ……!」


 セノディアはバッグから、スカイブルーの液体が詰まった瓶を取り出し、蓋を外して中身をモミジの口に添えた。これは魔力を回復させる効能のある青ポーションだ。冒険者からは《青ポ》の愛称で親しまれている。

 今使っているポーションはかなり安い下級ポーションなので、回復時間・回復効果共にしょっぱいのだが、駆け出し冒険者には欠かせない必需品なのも確かだ。

 ちなみに余談だが、ポーションは液体なので口径から摂取され、気道を通って胃まで届くが、そこからは不思議な事に、あっという間に『ポーションの全て』が体内に吸収されるというドッキリビックリな性質がある。

 確かにポーションは液体として瓶に入っているのだが、体内に入れば『全て』が跡形もなくどこかへ消え去ってしまうのだ。

 つまり何が言いたいのかというと、ポーションでお腹がタプタプになる事は無いし、おしっこが近くなることもないので安心してほしい。

 逆に言えば、ポーションでは水分補給ができないのは難点だが。


「う……うぐおおォォ……」


 少しずつ、少しずつ、瓶から零れないように青ポーションを流し込んでいくと、モミジはロリ体型に似付かわしくない唸り声を上げてゆっくりと目を覚ました。

 脳筋として有名なドワーフ族の血が流れている証拠――――いや、薬が効いている証拠である。


「う……ん……」

「モミジちゃん、大丈夫!?」

「アトリアさん……? あ……わ、私……ドラゴンに……」

「今は生きてる、それが事実だ。お前は焼かれてない、安心しろ。な?」


 モミジは意識を手放す前の恐怖がフラッシュバックしたのか、目尻に涙を溜め始めた。セノディアが慰めるようにモミジの肩に手を置くが、モミジは逆にそれが堪えたのか一層しゃくりあげる。


「す、すいません……。私……、お二人に迷惑ばかりかけてしまって……! あ、足手まといにならないようにって、決めてたのにッ……!」


 モミジは心中で渦巻く感情を吐露した。

自分が《ヒートウォール》を上手に張り切れなかったこと。そのせいで倒れてしまい、セノディアの背中から上がっている煙に、身を挺して自分を助けてくれたのだと現状を察したこと。そしてなによりも、キラーディプロポーダの時と合わせ、二回に渡りパーティの足枷となってしまったこと。

 これらから、自分がヘマをしたせいでパーティに危険が及んだことが許せなかった。

その目から溢れた涙は、飛竜の《ブレス》による恐怖でなく、力量不足から来る悔しさからだった。


「……モミジちゃん」

「あ――――」


 セノディアが口を開くより早く、アトリアは泣きじゃくるモミジを抱きしめ、優しく頭を撫でながらあやした。飛竜とのランク差を考えれば負けて当たり前なのだが、それを加味してもやはり悔しいらしい。


「ううん。僕たちモミジちゃんに助けられたんだよ、迷惑なんて絶対にない」

「頑張ろうとしたんですけど……でも……グスン……」

「分かってる。僕たちはモミジちゃんを責めたりしないよ。ね、セノ」

「たりめーだろ。モミジがいなかったら、俺たちゃもっと早くから焼け死んでいたさ」

「ほら、セノも言ってるようにモミジちゃんがいてくれたからこれだけで済んだんだ。だから……だから、自分を責めないで、これからどうやって挽回するかだけを考えよ……。ね?」

「グス……はいぃ……」

「ま、今が上手く行ってるだけでよ、これからは俺が滅茶苦茶足引っ張るから今の内にミスしまくっとけ。何てったって俺、マスタリーが意味不明だし。だから失敗の一つや二つくらい何でもねーって。俺は多分、これからそれ以上にミスしまくっからな。うん」

「ううぅ……セノディアさぁん……」


 セノディアもセノディアなりにモミジを励ました。今のところ、セノディアが一番貫禄があるからパーティリーダーになっているが、近い将来、武勲や知名度は、戦闘向けなマスタリーを持つモミジとアトリアが名を馳せていくだろう。

 だから彼は大ヤスデの時同様、こんな失敗、屁とも思っていない。

 というか最初から失敗とも思っちゃいないし、むしろモミジの緊張や機敏に気づいていれば、未然に防げた人的事故であったとも思っている。

 彼はバッグから赤ポーションを取り出すと、背中の火傷を治すために飲み干した。下級の赤ポーションでは気休め程度にしかならないが、何もしないよりはマシだろう。


「グオオオオオオォオォ!!!」

「ま、機が熟したっつーことで、ここは一つ……」


 セノディアはアトリアのバッグからショートボウを抜き取った。


「――――奴さんの討伐開始な」


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