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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
22/139

いくつもの隠された秘密


「ぁん……?」


 セノディアは不意にスープを飲む手を止めて顔を上げた。

 周囲をキョロキョロ見渡したかと思えば、ある一点を注視し始めたのだ。


「セノ、どうかした?」

「まさか……モンスターですか……!?」


 挙動不審なセノディアに、二人もスープを飲む手を止めた。モミジは水筒を机の上に置くと、杖を握りしめる。

 しかし、セノディアは首を横に振って否定の意を示した。


「……誰かに見られてる。多分、モンスターじゃない」

「と言うと……?」

「アストレイベアとの一件は話したよな。アレより前、赤狐狩った初日に似た視線を感じたんだ。敵意は無い、かと言って善意もない。ただ監視されてるような視線だったんだが、アレと同じだ……」


 セノディアは、再三誰かの視線を感じたと言う。

 二人がセノディアの視線を追うと、部屋の奥の奥――――地面から突き上げるようにして設置された石碑や、天井に届くほど長く太い石柱に囲まれ、壁に埋め込まれた一つの『石版』だった。

 実に、実に不思議な話だったが、人はおろかモンスターの気配すら無いのだが、セノディアは自分に向けられた視線は間違いなくそこから注がれているように直感で感じられた。


 それが彼の追い求める謎の一つ、《エクスプローラーマスタリー》のパッシブスキルだとも知らずに――――。


「何だってんだ一体……」


 セノディアは立ち上がり、壁に埋め込まれ、他と一線を画す際立った『石版』の方へ行こうとする。それに追随する形で、アトリアとモミジも椅子から立ち上がった。



『――――『石版』に触れなさい。全てがそこから始まるでしょう』



「アァ!?!」


 声は上からでも後ろからでも、ましてや前方からもしない。アストレイベアの時と同様、声は直接耳元で囁かれるようなイメージだ。

 反射的に思わず振り返るが当然そこには誰もいない。


「ヒャッ!」

「こ、今度は何!?」


 ――――いや、セノディアに驚いたモミジとアトリアがいた。


「……声」

「声……?」

「声聞こえなかったか? 男だか、女みたいな、アトリアみたいに区別の付かない声」

「ちょっとバカにされた気がする……。でも、声なんて聞こえなかったよ? ねぇモミジちゃん」

「はい。私には何も……」

「そうか……」

「その声は何て言ってたの?」

「『アレに触れ』ってさ。そしたら何か起きるらしい」

「へー」

「何かって……?」

「さぁ? そこまで説明してくんねーのよ、不親切だよな」


 会話を続けながら歩き続けたが、『石版』にあと10歩というところでセノディアは、ピタリと歩みを止めた。


「……どうしたの、セノ? あの『石版』に触りに行くんじゃないの?」

「うーん……。……いや……やっぱ行かねぇ」

「「へ?」」

『は?』

「『は?』じゃねーよ。行かねーっつってんだ」


 初めこそ壁に埋め込まれた『石版』に興味津々な様子だったが、声の主に言われるやいなや拒絶の意を表した。

 理由を聞き返されるのも一々癪に触るので、セノディアは声の主に向かって、そしてパーティメンバー二人にも聞こえるように少し声のボリュームを上げて説明を始めた。


「俺はこのダンジョンに来いっつわれて来たんだ。そこでアレしろこれしろなんて言われてねーからな。このダンジョンに来た事で借りは返した。俺はそう思ってる」

「い、いいんですかセノディアさん? ここで終わりにして……」

「いいのいいの。モミジも付き合わせちまって悪かったな。今日はこれまで! 解散!」

「えぇ……?」


 冒険者たるもの、それが依頼であれば受けただろう。

 だが、今回は助けられた借りを返しに来ただけだし、何よりも彼の目的は既に達成されている。『洞窟に来い』と言われて、実際にこうして来たのだから。


(あーそっか……)


 それを後ろで聞いているモミジはおろおろしていたが、アトリアはセノディアとの付き合いから、彼の本心を推し量っていた。

 セノディアの年齢は17歳。

 一般的に反抗期と言われる13~15歳に何をしていたかといえば、家を出て行った兄の代わりに家督を継ぐこと。彼は反抗期を抑制して畑仕事に精を出して仕事をしてきたのだ。

 パーティの利益を一番に考えるリーダーとして、人格ができているように錯覚していたが、彼の心の奥底は、年相応の好奇心と共に、抑圧されて押し込められていた『反抗心』が残っていたのだ。


 勿論、彼にだって《エクスプローラー》を選択した時に覗かせた知的好奇心がある。謎の声に誘われなくとも、見るからに意味深な『石版』くらい、彼ならば自ら調べに行っただろう。

 だが謎の声が語りかけてきたが為に、この反抗心が絶妙なタイミングで後押しをした。


 その結果、起きたのがこの拒絶反応だ。


 皆も身に覚えがあるのではなかろうか。

 宿題やろうとしたタイミングでオカンに「宿題やりなさい」って言われてやる気無くしたり、お風呂に入ろうとしたタイミングでオカンに「お風呂に入りなさい」って言われて入る気無くす経験が。

 今回は『石版』を見に行こうとしたタイミングで謎の声に「『石版』見に行け」と言われてしまい、やる気が削がれるシチュエーションが原因となり、彼は首を横に振った。


『な、何を屁理屈を……! いいじゃないですか、あと少しくらい付き合ってくれても!』


 彼の事情を知らない声の主は戸惑った。

 目と鼻の先に『石版』があるのに、しばらく彼を監視していた『声の主』からすれば、好奇心を何よりも優先させる彼が触らない理由が無いからだ。


「屁理屈だろうが事実は事実。つーかさ、声の主さん、あの時『ハトラ洞窟に来い』なんて言わないでよ、ちゃんと『ハトラ洞窟で○○しなさい』とかもっと具体的に言えたんじゃないすかね。なんで抽象的に言っちゃったんスか。明確な目的を俺に伝えなかったそっちにも、落ち度ってもんがあったんじゃないスかね」

『ぐぬぬ……確かに私の言葉足りずだったかも知れませんが、折角ここまで来たのでしょう? 手ぶらで帰るんですか?』

「手ぶらじゃないっすよ。モンスターの素材手に入ったし、出費分は稼ぎました」

『この分からず屋……! えぇい、《エクスプローラーマスタリー》に関することなんですよ! 貴方はそれでいいんですか!』

「……それもっと早く言ってくれません? だから言葉足らずって言ってんすよ」

『黙りなさい!』


 態度が軟化し、雰囲気が明らかに変化したセノディアに、アトリアがちょいちょいと袖を引っ張ってアピールする。


「セノ、セノ、何て言ってるの……?」

「……俺のマスタリーの手がかりがあるってよ」

「えぇ!?」

「マスタリーって、その、何が何だかサッパリだった《エクスプローラー》ですか!?」


 謎の声が聞こえない二人は驚いた。ギルドの受付嬢・フェリシーから聞いた通りであれば、勇者と魔王の戦いから100年後の400年も前に、ぱったり途絶えた珍しいマスタリー。

 それに纏わる『ナニカ』がその『石版』に隠されていると聞けば誰だって驚くだろう。


「あー……うぅーん……」


 セノディアは逡巡した後、重苦しく口を開いた。


「ハァ……。二人とも……わりぃ、マジでごめんな。帰ろうとか言っておいた手前悪いんだけどさ、ダンジョンアタックとは関係無くなっちまうけど……俺はあの『石版』を調べてみようと思う」

「何で謝るのさ、ほらモミジちゃん、急いで片付けないと」

「あ、そうですね! 何が起こるか分からないですもんね!」


 モミジは、トテトテとゴスロリ服を風に揺らしながら机に走り、机上に出しっぱなしの水筒や休憩中に読もうとしていた《スキルブック》を仕舞う。アトリアも水筒を回収しに先ほどの机へと走った。

 そうして二人は慌ただしく片付すと、『石版』の前に立ちつくすセノディアの元へ戻った。


「準備万端です……!」


 杖を手に、フンスと鼻息をならすモミジ。


「僕もいつでもいいよ」


 次いでアトリアも剣を手に構えた。


「……何が起きるかわかんねーんだぞ。罠の可能性だってあるし、めっちゃ強いモンスターが出るかも知れない。それでも本当にいいんだな」

「セノディアさんの、その、リーダーだからって遠慮しいな所、私もう慣れちゃいました。元々私はこういう、戦う役割で私はパーティに入ったんです。ヤスデ相手には役立たずでしたが……モンスターが出るなら願ったり叶ったりです……!」

「僕はとっくの昔から慣れてるけどね。まぁ冒険者になってからそれが増えたけど……お互い持ちつ持たれつでしょ、セノ」

「お前ら……。じゃあ、行くぞ……」


 これ以上の言葉は不要だろう。セノディアは深呼吸をし、『石版』に歩み寄った。いつの間にやら謎の声はパッタリと途絶えたが、二人に感動してしまい、さほど気にはならなかった。


(これに触れたら……俺のマスタリーに何か変化が起きるのか……?)


 謎の声は『何が起きるのか』までは教えてくれなかった。《エクスプローラーマスタリー》の謎の解明に一歩近づける。そう言っただけだ。

 この先に何が待っているのか――――。

 不安と期待に駆られ、ポジティブとネガティブな感情が胸中を渦巻く中、生唾を呑み込み、一歩、また一歩と歩みを進める。

 そうして一歩一歩を踏みしめながら、『石版』の前に立ったセノディアは最後の確認をするように、無言で振り向いた。

 アトリアとモミジは何が言いたいのか察すると、コクリと頷いた。


「フゥッ……!」


 それに応えるようにしてセノディアもまた頷き、恐る恐る『石版』に手を伸ばした。


 すると――――。


「うおッ!?」

「わッ!?」

「キャッ!?」


 セノディアの手が触れた瞬間、『石版』は神秘的な光を放ち、それと同時にボロボロと『石版』が埋め込まれていた壁が崩れ始めたのだ。

 思わず三者三様に悲鳴を上げる新米冒険者一行。


(アレと同じか……? いや……違うな)


 一番近くで光りを浴びたセノディアは自分を助けてくれた光を想像したが、全く別物の光であると瞬時に判断した。

 なぜならば、『石版』に炙り出されるようにしてその光が、崩れゆく壁の中に徐々に徐々に影を生み出していくのを目にしたからだ。

 それに気づいたセノディアは崩れる壁から離れ始め、背後にいたアトリアと肩を並べるまで後退した。

 やがて光が崩壊した空間に投影する立体像はやがて大きくなっていき、ある一つの形状を取り始めた。

 縁取られていく影は、何か縦に細長く丸っこい形状をしているが、その先端に二本の尖りがある。影の下半分には足らしき土台も形取られていった。


(この形……どこかで……)


 セノディアは、浮かび上がっていく姿形にどこか見覚えがあった。

 まだ自分が童心ながらに冒険者に憧れた頃、絵本や小説の挿絵で見たことのある強敵。冒険者のお話には欠かせないソレは、いつか自分もこんなモンスターと戦ってみたいと夢を抱かせたモンスター種――――。


「ド……《ドラゴン》……!」


 モミジがポツリと呟いた。セノディアとアトリアは信じられないように光りを眺めていた。

 そう、徐々に立体化していく影は紛れもなく――――超上級ランクに位置し、上級者の登竜門として有名なドラゴン種のモンスターであった。


「グガアアアアァァ……」


 やがて光が収まると、そこには巨大な翼に身をくるんだドラゴン種・《飛竜(ワイバーン)》が鎮座していた――――。


「キャ――――むぐッ」


 セノディアは咄嗟に、叫び声をあげそうになったアトリアの口を塞いだ。

 その行動は正しかった。


「グアウゥ……」


 飛竜は封印されていた名残からか動きが鈍い。まだ寝惚けているのだ。

 眼前の三人に気づいた気配はなく、前足と一体化した翼を手狭そうにゆっくりと広げ、その口から小さな炎をチロチロ舌のように覗かせながら小さく欠伸をすると、また眠たげに翼を畳んだ。


 セノディアはこれを好機と捉え、ソッと二人に合図を出した。




『逃・げ・ろ』




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