都会育ちは虫が苦手
駆け出し冒険者御用達の洞窟ダンジョンに出てくるモンスターは、節足動物やコウモリなど、我々の世界でもお馴染みの生物が主だ。ただし、始祖からモンスターとして生を受けたのではない生物が、『魔力の満ちる洞窟』という特殊な環境に適応すべく、モンスターとして進化した生物もいる。
気をつけたいのは、そういったモンスターは魔力の影響を体にモロに受けてしまい、現実離れした巨大サイズで登場するということ。
一例を挙げるならば、この洞窟には《キラーディプロポーダ》と呼ばれる『Eランク』の巨大ヤスデモンスターがいる。
コイツは見た目こそヤスデだが、なんと全長が大の大人サイズまで大きくなっている。おまけに、体の構造や生物学上の見地によって『ヤスデ』と便宜上使われているが、本来のヤスデにはない『毒』を有しているのも特徴の一つだ。ただし、致死性は低く、噛まれたとしても一時的に噛まれた部位が麻痺する程度の毒だ。こういう生体をしていると、どちらかというと『ムカデ』と呼んだ方が正しいのかもしれない。
それに下級モンスターに分類されるだけあり、おどろおどろしい見た目の割に危険性は低い。
なにせ攻撃手段が『噛む』くらいしかないのだ。
脚などに触れたとしてもかぶれる心配はないし、胴体で締め付けてくる、なんて攻撃手段もお披露目したことはない。
とにかく『噛んでくる』。それだけ。
「「キャアアアアアァァッ!!!」」
まぁ、虫に慣れていない者が初見で戦おうものなら、そんなのは然したる問題ではないのかもしれないが――――。
「うわあああぁぁぁ!! くっ、来るな来るな来るなァ!!!」
「ヒッ……ヒイィ……!」
石造りの通路を塞ぐようにして大きな体をうねらせるキラーディプローダを前に、各々武器を構えて戦闘態勢を取っていた。
が、アトリアは後ずさりしながら片手剣を滅多矢鱈に振り回し、モミジは顔面蒼白で身の毛も弥立つ生理的嫌悪感に苛まれ、杖を握りしめたまま棒立ちでいた。
どうやら節足動物の代表格であるヤスデの不快指数は、二人にとって相当高かったらしい。
「……お前らもしかして虫ダメなの?」
「だ、ダメ、ダメです……! 気持ち悪いですぅ……!」
「無理だよあんなの見るだけでもおぞましいよ! 鳥肌がヤバイよ! ていうか何でセノは平気なのさ!」
「何でって、そりゃ農作業やってりゃヤスデの一匹や二匹出てくるもん」
「キシャアアァァ!!」
「「ヒッ!」」
セノディアは二人の悲鳴をバックに、勘弁してくれと言わんばかりに斧を振り上げ、勢いよく飛び出してきた巨大ヤスデに振り下ろす。
彼は元々、住んでいた所がド田舎村だから家にいてもヤスデくらいならたまーに侵入してくるし、普段から農業で土いじりをして生計を立てていたので、形状の似通った節足動物などサイズが大きかろうがお茶の子さいさいである。
「クキャアアアアァ!!」
脳天に直撃した手斧から手応え有りだ。硬い甲殻の割れる音と滑る粘着質な音が入り交じり、傷口からは巨大ヤスデの赤黒い体液がセノディアへと降りかかった。
常識を逸脱したサイズのモンスターに忘れそうになるが、ここは初心者向けのダンジョン。つまり出てくる敵は見た目こそ大きいが虚仮威し、Eランクモンスターの名に恥じぬ弱さであった。
「おっと」
「キャアアアァァ! こっち飛んだ! ちょっと触覚が飛んできた!」
「ア……アァ……足、足が……破片が……!」
呆気なく一撃で死に絶えたヤスデから飛び散る血を見て、更にパニック状態に陥る二人を無視し、彼は露骨に嫌そうな顔をして飛沫から距離を取る。
それでも皮膚や髪の毛に少量ばかり付着してしまった液体は、バッグから清潔な麻布を取り出して水筒の水を浸透させ、丁寧に拭いた。
死には至らないものの液体には非常に強力な麻痺成分の毒が含まれているので、目や口に入ったら大惨事だ。
例え被服上から浴びても注意しなければならない。
「す、凄いねセノは……」
「格好良かった……」
二人はパチパチと拍手しながら彼から距離を取り始め、顔も明後日の方向背けている。巨大ヤスデを視界に入れたくないのか、それとも体液の匂いがキツイのかは定かではないが、相当にヤスデが苦手なのが窺える。
アトリアとモミジは自然豊かな農村育ちとは違い、人々でごった返す都会育ちで虫に触れる事は滅多にない。
たまに見かける昆虫なんかも蟻や蜘蛛やゴキくらいなもので、節足動物の免疫はサッパリだったことが、ここに来て響いたのだ。
「……二人がこんなんじゃ、先が思いやられるよ」
セノディアはぼやきながら、短剣を手にピクピクと動く巨大ヤスデに近づく。
「うげっ……まさか……」
アトリアの嫌な予感は的中。頭部が胴体とおさらばした切断面に短剣を突き刺し、大きく縦に切り裂いた。
「ヒイイィィ!!」
「あわ……あわわわ……!」
巨大ヤスデはビクンビクンと大きく跳ね、アトリアとモミジは思わず悲鳴を上げるが、セノディアはそんなのおかまいなしに更に短剣で四角い切り傷を作った。
これはトドメを刺すだけでなく、巨大ヤスデの液体を効率よく回収する為の、穴開けの役割が大きい。
ヤスデが大きくなっただけとは言え一応はモンスター。毒腺から滲み出る液体や魔力の混じった体液を売れば、それなりに価値があるのだ。
「よっ……と……。案外難しいなこれ……」
バッグから空っぽの瓶を取り出し、素手に液体が付着しないようあてがい慎重に注いでいく。八割ほど瓶の中身が赤黒い液体で満ちると、中身が漏れないようしっかり蓋をしてバッグへと仕舞った。
「なぁなぁ二人とも……これくらいはできるようにならないとさ、流石にマズくない?」
「う、うん。僕も頭では理解できてるんだけど、その……実物を目にすると……ね?」
「無理ですぅ……。わ、私は後衛で大人しくしています……」
「んな事言わずにさ。ホラ」
そう言って彼はバッグから新たに空っぽの瓶を取り出した。それが意味するのはつまり――――。
「い、いやいやいや僕は遠慮しておくよ! ほら、僕素手だしさ! 毒なんでしょ! 触ると危ないんでしょそれ!」
「俺も素手でやったんだが……」
「私はもう……匂いと見た目で限界が近……うぷっ」
「あ、モミジはもう限界……? 背中さすってやるから吐くなら通路の隅っこでね?」
セノディアの要求に、二人とも顔を真っ青にして首を横にブンブン振り拒否反応を示した。それなりにショッキングだったのか、モミジに至っては乙女の尊厳をぶちまけそうになっている。
こんな調子で、一体全体どうやってドワーフの集落からここまで旅をしてきたのか気になるところだ。
「……にしてもおいおい、前途多難だなぁ? これだとパーティ組んでる意味無くない?」
セノディアは頭を振る。アトリアはともかくとして、そもそもモミジとはなし崩し的にパーティを組むことになったのだ。元々モミジとの関係性は希薄で、冒険者になったらそこで手を切って終了のハズだったのが、戦闘力が大きく上昇するならばと目論んで一緒にパーティを組んだ関係にある。
それが、ここ一番で力が発揮できないとなると、一緒にパーティを組んだメリットが無いではないか。
「うぐ……す、すみません……。め、迷惑かけないように努力します……」
モミジ自身、モンスター一匹で大騒ぎするのは由々しき事態であることは自覚はしていた。
虫を見慣れているワケではないのだが、それでも冒険者になった以上は避けて通れない問題だからと、この洞窟に入るときに覚悟していたつもりだった。
それがいざ目の前に現れるとどうだ。
生きている状態でも気持ち悪いヤスデは視界に入れたくないのに、死体にナイフを突き立ててそこから止めどなく流れる体液の匂いを嗅いだ瞬間、ガクガクと脚が震えるし吐き気も催すし、気分は最悪のどん底だった。
ギルドに所属する冒険者である以上、クエストをクリアしたお金だけで生計を立てていくのは難しい。
お金は日用品や宿代に食費、それに加えて装備品やアイテムを調達しなければならない。だからこそ、モンスターの素材を入手して売るのは自明の理だ。
その第一歩に躓いた事を彼女は恥じた。現在進行形で反省中である。
「ご、ごめんねセノ。僕も、次こそは戦えるようにするから……」
アトリアはアトリアで、申し訳なさでいっぱいだった。
セノディアは前衛職か後衛職かすら判明していないマスタリーなのに、前衛向けなマスタリーの自分は、先の戦闘で怯える事しかできなかったからだ。
これでも赤狐相手には対当に戦えていたし、人間の形をしたモンスター『メノレノ』相手にも引けを取らなかった。
新米冒険者一行で唯一の前衛職。アトリアは自分がパーティの要になるとの自負・自信もあったのだが、見た目から来る生理的嫌悪感で巨大ヤスデには手も足も出ず、非戦闘職であろうセノディアにおんぶに抱っこだった。
これがもしも、初級ダンジョンでなかったらと考えると――――。
それが溜まらなく悔しいのだ。
「えっ……、いやまぁ、二人とも今すぐどうこうできる問題じゃないだろうし……、これから少しずつ慣れてけば良いよ。うん」
それはそれとして、二人がしょげ込んで反省する様子にセノディアは少し、ほんの少しだが胸が痛んだ。
さっきのは大して意識せず、「今朝方の天気めっちゃ悪かったよね~」程度の軽い気分で言っただけで、ぶっちゃけた話、これからも二人が苦手とする相手ならば自分が担当しても良いと思っていたからである。
なにせ自分は戦闘の役にも立たないであろう謎の《エクスプローラー》のマスタリーを持っているからで、敵が強くなればなるほど戦闘向けの《ソード》や《メイジ》を持つ彼女達がパーティの実権を握るのは明白の理。
そうなったら、蚊ほどの戦闘力も持たないであろう自分がお荷物になること間違いなし。
だからこそさっきの言葉は別に深い意味で言ったワケじゃない。
ちょっとだけ口から本音がポロリしただけで、いつも通りの気軽なやり取りで行う言葉として聞き流してくれればそれでよかったのだ。
それをこうも真剣に受け取られると、胸が締め付けられるような気分に陥ってしまう。
(ごめんねセノ……僕もっと、強くなるから!)
(冒険者になったのに何時までも彼の温情に頼ったままじゃダメ……。見捨てられないように頑張らないと……!)
しかし、想定外に落ち込む二人に調子を狂わされたセノディアの言葉は、二人にとっては別の意味に捉えられてしまったようだ。
足手まといにしかなっていない二人に、優しい言葉をかけてくれたセノディアに――――特に異人族差別の経験があるモミジは、冒険者にとって致命的とも言える弱点を克服しなければと、密かに誓うのであった。




