頼れる先輩!
アストレイベアに襲われてから一週間が経ち、今日もセノディアはあの日を忘れられずにいた。
(結局……アイツはただの火事場泥棒って事か……?)
スヴェンのその後に関してだが、フェリシーに森での詳細を話したところスヴェンにそのような魔法の心得があるとは到底信じられないとの事。
彼のマスタリーは《シーフ》だし、セノディアを救ってくれた《雷》のような魔法で物事を解決したエピソードなども耳にしたことが無いと言う。
つまりスヴェンは「助けたのは自分」と見栄を張り見得を切った大嘘野郎である可能性が濃厚だ。
また、あの一件以来ギルドに一度も顔を見せていないという。実際ここ一週間、セノディアもギルド内でスヴェンを見かけることは無かった。
セノディアの報復を恐れたのか、それとも棚ぼたした金で楽しんでいるだけなのか、スヴェンはアストレイベアの素材をギルドに売ったっきり、金だけを持って忽然とどこかへ姿を消したらしい。
『……セノディアさん、貴方は模範的な新人冒険者です。ですから、貴方への期待を込めてもう一つ「良いこと」を教えてあげます』
更にスヴェンが9.9割『クロ』であることを示すような情報が、フェリシーから小声で洩らされた。
『これは一人の冒険者にとって不利益になりかねない情報ですので、私から聞き及んだことは内緒にしてくださいね。……あの日、ギルドに持ち込まれたアストレイベアの素材でしたが――――』
スヴェンがギルドに搬入したアストレイベアの素材だが、全部で7000Gにもなったと言う。大銀貨7枚にもなる大金だ。
中でもアストレイベアは後ろ足で立つ習性があるため前足の肉付きがよく、魔力をたっぷりと含んだ蜜を集める習性のあるモンスターの『魔蜜』を前足で掬って食べるため、高級料亭などでもコース料理に出される『蜜足』と呼ばれる部位だったが、前足の根本にクロスに刻まれた奇妙な模様の切り傷が付いていたと言う。
解体作業をするときにそんな傷は付けないし、ましてやセノディアが戦っている最中にもそんな怪我を負わせる余裕など無かった。
だが、何人もの冒険者を育成・輩出してきたフェリシーはこのクロスに傷に見覚えがあると言う。
《クロスシュート》と呼ばれるスキルで《ソード》《シーフ》のマスタリーに適正があり、剣かナイフをクロスに斬って放つ斬撃スキルなのだが、燃費がバカでかく、その癖威力が弱いので頻繁に使われない、所謂『遠距離釣りスキル』らしい。
しかもセノディアと戦っている時にできた傷と思ってしまうほどに、傷口は真新しかった。
フェリシーはこの傷口を見て《クロスシュート》による傷だとハッキリと断言したのだ。
これが意味するのは、アストレイベアは『《ソード》・《シーフ》のマスタリーを持つ何者かに事前に襲われていた』可能性が浮上したのだ。
そう考えると、アストレイベアが何故あんな浅い場所に出現したのか、なぜスヴェンが都合良く出てきたのか合点がいく。
セノディアがあそこにいたのは偶然か、それともスヴェンがセノディアに何らかの恨みを持ってアストレイベアをけしかけたのか。
サッパリ意図は読めないが、これが《シーフマスタリー》を持つスヴェンが『クロ』であると断定した理由である。
「……ま、何はともあれ今日も無事にクエストクリアしたっつーことでお疲れ様」
「お疲れ様ー。わーい御飯だ!」
「お、お疲れ様でした……」
「よし、じゃあ食おう。いただきます!」
しかし今はスヴェンにかまけている時ではない。
労いもそこそこに、新米冒険者三人組はギルドの酒場で昼食を取っていたからだ。
アストレイベアの一件からセノディアは、パーティリーダーとして無用な混乱を避けるためにスヴェンや謎の第三者などの詳細を隠していたが、アストレイベアに襲われたことだけは情報を共有した。
安心安全をモットーに、クエストを受けるならこれからは三人で行動しようと二人に提案したのだ。二人は特に断る理由も無かったので承諾。
こうして新米冒険者一行は、ひじょーに珍しいことだが、結成してから初めて三人一組になって赤狐を狩ることにしていた。
標的を発見する効率こそ落ちてしまったが、狩り場を見出すのに長けたモミジに、狩りそのものに慣れているセノディアが合わさって今まで以上にスムーズに狩れるようになり、クエストは快適そのものであった。
「にしても、今日の敵は初めてだったけど上手く行ってよかったねー」
「そうですね……。やはりモンスターの生態や弱点を調べておくと、パターンの構築もかなり楽になりますから……」
「優しいギルドスタッフと先輩様々だな」
「ふふーん。それもこれも僕の世渡り術が上手いからかな?」
「え、えぇと……その、コミュニケーションがヘタでごめんなさい……」
「わわ、そんなつもりで言ったんじゃないよ! モミジちゃん落ち込まないで!」
「今度はお前が泣かせてやんの」
また三人で動くようになってから、もう一つの変化も生まれていた。
彼らは別のクエストにも手を出すようになっていたのだ。
いつまでも最下級冒険者のままではいられない。ランクアップしたければ、登竜門となるギルドが発注する特殊なクエストを受けなければならないのだが、先輩達やギルドスタッフから話しを聞くに、そのクエストのモンスターは獣型ではなく人型らしい。
であれば、早いうちから様々な種類のモンスターと戦い、経験を積む必要がある。
「にしても、人型って相手にするの大変だね……。特に他のモンスターと違って武器を使ってくるっていうのが一番大変」
「獣タイプのモンスターは体全体を使って来ますけど、人型ですと武器や道具を使ってきますからね」
「まぁ急所は俺達と同じだから分かり易くていいんだけどな」
三人は街の外れに出没する《メノレノ》と呼ばれる人型のモンスターの狩りを終え、一人頭報酬の80Gを受け取り、ギルドの憩いの場として親しまれている酒場で昼食を取っていたのだ。三人とも思い思いの料理を注文し、小皿にとってシェアしながら舌鼓を打っている。
このお金は二日もすれば宿代・食費・アイテムなどに消える金額だが、彼らはお金を目当てにしてクエストを受けているのではないので収入面は気にしていない。
アストレイベアに襲われるまで赤狐で荒稼ぎし、貯金をこまめに行っていたので懐も暖まっている。
金銭面での切迫感から解放された故か、会話内容もほのぼのとしててかなり初々しい。
人型モンスター以外にも、今日は新しい魔法を使えるようになっただの、明日は別のクエストを受けようかだのと他愛もない会話に花を咲かせ、セノディアが感じていた一抹の不安すら忘れさせてしまうほどに、冒険者としての毎日を充実させているようだ。
「よ、新米冒険者のお三方」
「んぁ……? あ」
そんな彼らに、背中に大剣を背負い、頭の禿げたガタイの良い男が三人に声をかけてきた。
右手には上級ランクだけが受注できる紫色のクエストペーパー、胸にはプラチナに輝くバッジ、四つ上のCランクの人物だと分かる。
最近では、真面目にクエストに取り組む三人に、クエストを発注した人やそれを見届けるギルドスタッフからの評判は良く、故に上級ランクの冒険者からも一目置かれる存在になりつつあり、こうして同業者から声をかけられることも珍しくなくなってきていた。
しかし、彼らは単純に『品行方正で噂になっているから』という理由で交流している訳ではない。これには冒険者諸君の今後を左右しかねない理由がある。
将来性が見込める新人に唾を付けているのは、自分の所属している派閥――――というかパーティに取り入れてコミュニティの規模を大きくしたいのだ。
端的に言ってしまえば『青田買い』――――。
三人の新米冒険者一行に声をかける冒険者は後輩だからと可愛がっている者もいるが、殆どは自分のパーティ強化に努めているだけであった。
これがギルド内でのし上がる一つの手管だから、それらを責め立てるのはお門違いである。
「チッス、レギナルド先輩。ご無沙汰してます」
「こんにちはーレギナルドさん。……あ、セノそのお肉僕の!」
「こ、こんにちは……」
「ほら、逆にモミジちゃんはもっとお肉食べないと。セノみたいに体大きくならないよ?」
「ありがとうございます。でも私もうお腹いっぱいで……」
「いや種族的に体大きくなんなくね?」
「それもそっか……。あ、ごめんねモミジちゃん! 今のは異人族差別的な発言じゃなくてね、悪気は無かったんだよ!?」
「分かってます、分かってますから……」
新米冒険者三人組が別のパーティに吸収合併されるかどうかは別として、既にハゲと顔見知りの三人は気軽に挨拶を交わす。
『レギナルド』と呼ばれたハゲでガタイのいい男はアトリアと同じ《ソードマスタリー》の冒険者で、ギルド内でも有名なA~Dで構成された上級パーティに所属している強者だ。
「おぉう……お前ら相変わらずだな」
しかしギルドの酒場にそぐわない、若者特有の軽ーいのほほんとした和の空気に面食らったのかレギナルドは一瞬面を食らったが、気を取り直してヒラヒラと手を振った。
レギナルドは、彼らが普段から大衆食堂じみた酒場兼宿屋を拠点にしていると知っているからだ。冒険者ギルドの酒場ならもう少し冒険者然とした振る舞いを求めるのだが、そういう場所を拠点しにているのならば、御飯を食べるときにそういう気分になっても仕方がないと諦めているのである。
「どうだ、もうクエストは終わったのか?」
「えぇ、今日は《メノレノ》を五体ほど狩りましたね。報酬は一人80Gと安かったですけど」
「初めての人型モンスターで大変だったんですよ! ぐねぐね動いて先が読めないし、《ソード》のスキル使っても耐性るから効かないし、僕は二匹倒したのにセノは一匹でギブだしさぁ……」
「余計な事言うなっつーの。俺は戦闘じゃなくで頭脳で活躍する指揮官タイプだから」
「ガハハハ! あいつらを初見で一匹狩れるなら大したモンだ。しかしそうか……、もう人型モンスターにも着手したのか。これだとランクアップの日も近いな……」
レギナルドは感慨深そうにうんうんと頷くと、ふと思いついたように手持ちの紙をペラペラさせる。
「どうよ……この後暇か? お前達さえよけりゃウチのパーティの荷物持ちくらいさせてやってもいいぞ、ん? 上級モンスターが間近で見られるチャンスだぞ?」
彼は嫌味でパーティの荷物持ちをさせようとしたのではなく、善意100%で聞いている。
上級パーティと行動を共にすれば魔法やスキルの使い方、仲間との連携の取り方、モンスターとの戦い方などなど勉強になる点が多く、将来目指すパーティとして参考にできる。
それに、荷物持ちは倒したモンスターの素材や大事な消費アイテムなども任されるため上級者が守ってくれる。安全が第一に保障されいるのだ。
なにより荷物持ちは立派な仕事であるため、支払われるお金は荷物持ちをさせる側の裁量で決まるが賃金が出る。
安全が保障されて金がもらえるのだから、「是が非にでも私にやらせてください!」と我先にと食い付く『寄生』のような冒険者が名乗りを上げてしまうくらい優良な提案であった。
「へー……どうする?」
「うーん、僕は初めてのモンスターと戦ってへとへとに疲れちゃったからパスかな」
「すみません……私も魔力をかなり使ったので休みたいです……」
「……てことで、有り難い提案ですが今日はこれでお終いにしようって決めてたんです。また今度、お誘いお願いしますね」
しかしセノディアは休憩を優先する。無理して体を壊し、後日支障を来してしまっては元も子もないからだ。
レギナルドは「ほぉ~」と感心したよう溜息を漏らす。自分から名乗り出たのではなく、上級冒険者側から誘われたならば必ずと言っていいほど食い付くだろうと踏んでいたからだ。
それを欲に囚われず、自分達のペースを乱さないように足並みを揃えているのは流石としか言えない。
周囲の先輩冒険者に一目置かれるだけはある。
「そうか、そりゃ残念……。ま、俺だけじゃなく他のメンバーもお前達の事気に入ってっから、何か困ったことがあったら相談しろや」
「はい、ありがとうございます」
『おーいレギナルド! まだかー!』
「おう! 今行くぜ!」
『黒骨の集い』入り口付近から若い青年の声が酒場に響いた。レギナルドも大声で返事を返し、クエストペーパーをクルクルと巻いて腰のポケットに入れた。
素振りを見るに、声の主は彼のパーティメンバーなのだろう。
「じゃ、俺はパーティ待たせてるからこれでサヨナラだ。――――あぁそうだセノディア」
レギナルドはスッと身を屈め、息がこそばゆく感じるほどセノディアの耳持ちに口を近づけると、周囲に洩れないよう注意を払いながら小声で話す。
「お前、スヴェンについて嗅ぎ回ってるらしいな」
「……そうですけど?」
「アイツに関わるのは止めておけ。悪い噂しかない」
「……ご忠告どうも」
「ギルド内でのゴタゴタは控えろ。お前の将来も考えてな」
「まぁ……前向きに考えておきます」
最低限の納得できる返事が聞けると、レギナルドはセノディアの肩をポンポンと軽く叩いて屈めていた腰を持ち上げた。
「おし。じゃあ今度こそ失礼するぜ」
「ほらモミジちゃん、バイバイーって」
「さ、さようなら……」
「ガハハ! じゃあな嬢ちゃん達!」
豪快に笑い飛ばしのっしのっしと外に出て行った。異種族にも気軽に接する彼からも分かる通り、このハゲ坊主――――ではなく、ハゲがトレードマークのレギナルドは元より、他のパーティの面々も差別意識はない。
それどころか、彼らを気にかける素振りを隠すことなく、むしろ後ろ盾アピールのように開けっぴろげにしている。
本気で新米冒険者一行を自分達のパーティに取り込もうとしているのかは不明だが、三人にとっては掛け値なしに頼れる兄貴分達であることは確かだった――――。




