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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
17/139

見ていたのは誰か


 完璧にセノディアの作戦は空回り。アストレイベアの本性を見誤ったのが原因としか言えない。

 当然だ。

 幾らモンスター相手に戦闘経験豊富とはいえ、中級のモンスターとタイマンした経験など皆無。おまけにアストレイベア自体情報としてしか聞きかじってなく、実物を見るのも戦うのも初めて。

 となれば必然、他の冒険者より劣る。

 戦闘経験の差、知識の差、覚悟の差――――。

 今まで彼が相手にしていたモンスターなら、彼の闘争心に気圧され、出方を窺うような姿勢を取るだろう。

 だが、相手が悪かった。

 アストレイベアは決して守りに入らない、徹底した戦闘狂。そもそも、こんな高ランクのモンスターが浅い森にいれば出るはずがないだろうと高を括り、アストレイベアに関する情報を重要視せず、赤狐の生態や森のマップを覚えるのに時間を割いた結果が招いた、謂わば奢り、自業自得。

 というか最早――――天災に近い事故だ。


「グルルルアアアアァァ!!」


 フラフラとするセノディアに、再三突進を繰り出した。

 その速度を遮る物は何もなく、さながら軽トラのような巨体は地面を揺らし、セノディア目掛けて一直線に駆け抜ける。


「――――オオオオオオオォォォ!!!!!」


 セノディアとしても、ここで死ぬつもりは毛頭ない。

 突っ込んでくるアストレイベアの一挙手一投足を見据え、腰を落としてナイフをしっかりと握りしめる。敗色濃厚だとしても、弱々しくても、彼は最後の最後までアストレイベアに抵抗の意思を貫いた。

 一応、セノディアは逃げる準備ができていた。

 キーアイテムは、先ほどぶん投げた麻袋に入っている『赤狐の死骸』。

 アストレイベアがどうして襲ってくるのか理由は不明だったが、例えば、腹が減ったなら赤狐の死骸を目の前に放置するだとか、或いは戦うだけなら遠くに放り投げて気を引くだとか、上手く利用すれば隙が生まれ、その間に逃げられるかもしれない。


(最悪だ、けど最低最悪じゃない)


 バッドだが、ワーストではない。

 彼はアストレイベアから逃げ回りながらも、最初に身軽になるために投げ捨てた『赤狐入り麻袋』の場所まで、真意を隠しながら立ち回りきったのだ。今手元には、不利なシチュエーションに一石を投じる『切り札』がある。

 まぁ、ここまで興を乗らせてしまったならば、効果は薄いように思えるのだが……。


(逃げようと思えば逃げられる……けど……!)


「ここでテメェを野放しにすんのはマズイんだよ!」


 だが、自分だけが逃げてどうする。

 セノディアは地面に転がった赤狐の入った麻袋に手を伸ばすことはなかった。一時を凌いでも、近辺で赤狐狩りに励む二人にアストレイベアが襲いかかったら――――それは考え得る最悪の事態であり、最高の悪夢だ。

 仮に、仮にだ、仮に運良く近くで狩りをしていたアトリアとモミジの二人と合流できて、パーティとして戦う。

 それは『アストレイベアを倒す』という一点を鑑みればベストな選択なのかも知れないし、その方が勝算が高いかもしれない。

 確かに、数で勝る三人で立ち回った方がアストレイベアを仕留められる可能性は高いのは、誰でも考えられる戦術だ。

 だがセノディアは、あえてベストではなくベターな選択肢を取らざるをえなかった。脳裏に過ぎる、ある可能性。その可能性を彼は危惧していた。


 それは、臆病で小胆なモミジの死――――。


 アトリアは長年の付き合いから、自分が側に居れば怯みはしないだろうことは想像できるが、モミジのあの気弱な性格だと3ランクも上のモンスターに萎縮し、満足に得意の魔法が奮えないだろう。

 そうなれば必然、アストレイベアは本能に従い、一番ひ弱で脆弱な獲物から襲いにかかる。その凶行を止められる自信が、戦闘向けではないマスタリーを選んだ彼にはなかった。

 戦闘をアトリアに全てを任せて自分は錯乱に徹し、一か八かに賭けて三人で戦うのはいいが、やはり不安材料は付きまとう。

 それで誰かが脱落してしまっては、興味本位でマスタリーを選んだ意味が元も子もなくなってしまう。戦闘向けの二人とパーティを組めているから、彼は安心して背中を預け、マスタリーの謎の解明に専念できているのだ。


(ここで殺すッ!)


 なればこそ、彼が下した判断は迎撃ただ一つ。

 完全にアストレイベアの息の根を止めるしかない。体がフラフラし浮遊感に陥り、腕が痺れ、ナイフを持つ手はプルプルと奮える。それでも彼はナイフを構えた。

 セノディアの帰りを信じて狩りを続ける、二人を守るために――――。


「舐めんじゃねえッ――――ここでお陀仏にしてやらァ!!」


 そして、その決意に応えるかのように、盤上をひっくり返すような奇跡が起こった――――。





 ピシャアアアァァン!!





 何の前触れもなく、突如、天から一筋の光が降り注いだ。


「――――は?」


 空は快晴、雨が降らなければ雷も落ちる天気ではない。作為的に落とされた地を穿つ光りの束が、寸分狂わずアストレイベアの体を貫いたのだ――――。


「グガアァ……?」


 アストレイベアは自分の身に何が起きたのか理解する間もなく、体から煙を上げてその場にドサリと倒れ込んだ。だが、理解が現実に追いつかないのはアストレイベアだけではない。


「え……一体……何が……?」


 眼前で起きた奇跡に呆然と立ちつくすセノディア。だが、降り注ぐ光が消え去る瞬間、耳元で中世的な、しかしハキハキとした声で、セノディアに誰かが囁いた。


『「ハトラ洞窟」に来い――――』


 轟音と共に落とされた光りを前に、ナイフを手に呆然とするセノディアだが即座に身を翻して姿を探す。


「……いねぇ」


 周囲には誰も見あたらない。

 しかし不思議と一言一句聞き漏らすことなく、その言葉は何故かノイズを遮断しクリアに聞こえた。声は耳を通って頭の奥に吸い込まれ、腹の底にストンと落ちる。

 有無を言わさず一方的に話しかけてきたが、不愉快な気分にはならない奇妙な声だった。


「ガ……ガアァ……」

「そう……だったな。まだ、まだ終わってない……!」


 何が起きたのか、今の声の持ち主は誰なのか、呆然と立ちつくしたセノディアは理解が追いつかなかったが、光に撃たれたアストレイベアの悶え苦しむ姿を見て我に返った。

 そしてこの機を逃すまいとナイフを瀕死になったアストレイベアの喉元に突き立てる。


「ガッ――――」


 ナイフは鋭い光沢を放ち、硬い毛皮を者ともせずバターのように切り裂いた。


「――――アァァ……」


 蚊の鳴くようなか細い断末魔を残し、アストレイベアは絶命した。第三者の介入こそあったが、突発的に起きた事故の終着点は――――セノディアの勝利となった。


「今のは……ハァ……一体……」


 その場にドサリを座り込んだセノディアは混乱していたが、耳元で囁かれた声を、忘れないように心の中で反芻する。あの声は『ハトラ洞窟』に来るよう命令を出してきた。

 セノディアがそれに従う義理は無いのだが、あの声に助けられたのであれば恩が一つできた。

 その恩を返す意味でも行くべき義理があると言えばあるのだが――――。


(……まぁ、行かんでもいいか。うん。俺一人でも勝ってたかも知んないし。第一、助けてくれなんて頼んでないから余計なお世話だっつの)


 あの光が無ければ殺されていた可能性の方が高いだけ常人ならば泣いて感謝するべきなのだが、彼らしい身勝手な言い分で、助けられた恩を恩と認識できていないらしい。

 というか、そもそも助けられたのではなく、勝負に茶々を入れられたとすら解釈していた。

 ただ、そんな自分勝手な彼でも、自分が窮地に立たされていたことだけは自覚しており、それをある程度『手助け』してくれたのだから言うことを聞くべきだと、良心の呵責が訴えかけていた。


(……早く帰って寝よう)


 というかただ単純に、一変に色んな事が起きたせいで彼の心中はぐちゃぐちゃに掻き乱されているだけだ。一度就寝すればまた落ち着いて状況整理できるだろう。

 ひとまず脅威が過ぎ去ったので、息を整え、背中を大木に預けて休憩しようとする。


 そんな時だ――――。


 「パキッ」と、近くで木の枝が折れる音が響いた。

 すわ何事かとセノディアは立ち上がり、改めてナイフを構えた。今や満身創痍だが、直前でアドレナリンがバンバカ出ていたのもあり、行き場を失った興奮は消え去っていない。

 殺られる前に、殺る――――。


「お前は……いや、貴方は……」

「よう、大丈夫だったか!?」


 しかし以外や以外。木陰から出てきたのは、モミジでもアトリアでもなく――――胸に銀バッジが光る、剣を構えたスヴェンだった。

 周囲に気を配りながら、スヴェンは剣を手にアストレイベアの死体前に駆け出た。そして、さも当然のようにこう言い放った。


「俺がいなかったらセノディア君、君は死んでいたね……。いやぁ危なかったな」

「今助けてくれたのは……貴男だったんですか」

「そうだとも。新人が苦戦しているなら助けてあげるのが先輩の矜持だ。そうだろう?」

「……助けてくださって、ありがとうございます」


 依然として臨戦態勢を崩さないスヴェンに、セノディアは木に背中を預けたまま深々と頭を下げて礼を告げた。

 一方でその内心は感謝ではなく、懐疑の念で溢れかえっていた。

 あの日、声をかけられた日からスヴェンについての話しをフェリシーから少しだけ聞きかじったことがある。彼のマスタリーは《シーフ》だ。

 《メイジ》のマスタリーを持たない者が魔法を使うなら、相応の詠唱・触媒・魔力が必要になる。自分が奮戦したとはいえ、アストレイベアを一撃で瀕死にする魔法。それを、アストレイベアより格下のEランク冒険者が、魔法を使った形跡を微塵も感じられない人物が助けたなどとは、到底信じられなかった。

 と言うか、助けてくれたであろう人物との声色が全く違うのだが。

 ただ、それでもセノディアは頭を下げた。

 それはスヴェンが、実は自分の知らない不思議な能力を発揮した可能性があったからだ。声に関しても、もしかしたらあの光魔法による何らかの影響で変わっていたのかもしれない。


「なぁに当たり前の事をしたまでさ」

「じゃあ、『ハトラ洞窟に来い』って言ったのも貴男が……?」

「あ……? ――――あぁ、そうさ」

「どうして、あんな修羅場であんな事を言ったんですか」

「それについては後で説明するが……。……あ、そうだ。倒したの俺だからさ、熊の素材もらってってもいい?」


 いずれにせよ、彼が『助けた』と主張する以上、それを否定する実証は何一つとしてない。


「……えぇ、どうぞ。そうするのが摂理でしょう……」


 今の質問に何一つとして満足行く解答が出てこなかったためスヴェンに対する猜疑心が溢れに溢れるセノディアだったが、本当に助けてくれたのであればDランクモンスターの素材を譲るのは痛手だが、その申し出を受け入れるしかなかった。



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