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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
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熊だクマー(2)


 《アストレイベア》。強さとしては、アストレイベア一匹に対しDランクの冒険者が3~4人の徒党を組んでようやく狩れる程度だろうか。

 セノディアのように駆け出しのGランクの冒険者一人では、客観的に見ると到底敵わない相手。アストレイベアの放つ殺気にあてられて、パニックに陥ってもおかしくないだろう。


「おいマジか」


 セノディアは目を疑った。ギルドのクエストカウンターで、フェリシーから「この森の奥にはアストレイベアが出没するから気をつけろ」と忠告されていた。

 セノディアは忠告を素直に受け止め、あまり森の奥深くへ踏み入れないよう警戒しながら進んでいたし、パーティメンバーにも進みすぎないよう伝達してある。

 実際、今いる場所も、十分くらい歩けばすぐ森の外へ出られるくらい浅いのだ。

 無論、アストレイベアは森の奥でなくとも出没する可能性はある。

 時折、人里に降りてきて被害を加えるモンスターとしても有名なことから、森の浅いところに出没してもおかしくない。ましてや近くには、先ほどまで赤狐を狩っていた《魔力溜まり》がある。

 それでも森の奥よりは可能性は極端に低い。それなのに、こんなところで三つもランクが上のモンスターと対峙するとは――――。


「グウアアァ……」


 姿を大きく見せるために後ろ足で立っていたクマはドシンと前足を降ろし、口の端から涎を垂らして低い唸り声を上げて牙を剥き出しに威嚇する。

 二足から四足歩行になったのだが、それでもセノディアが隠れてしまうくらいに体が大きかった。肌で感じられる狂暴さに、セノディアは手に汗を滲ませてジリジリと後ずさりをしながらも、熊から目を離すことはしなかった。

 フェリシーからはこんな警告もされていた。

 『もしも運悪く出会ってしまったら、背中を向けるのは絶対にNG』と。

 元々、普通の熊は図体に見合わない速度と瞬発力を兼ね備えており、走る速度は50~60kmと言われている。であれば、魔力で身体能力が強化されたモンスターならば更に素早く、俊敏に動けるだろう。背中を見せれば雑魚と見なされ躊躇なく襲いかかってくるハズだ。

 まず足の速さでは絶対に敵わない。特に、赤狐の入った麻袋を手に逃げ回るのは至難の業だ。

 また狩猟直後というのもマズイ。熊の嗅覚は犬の嗅覚の7倍近いとも言われている。嗅覚も魔力によって強化されているだろうから、仮にセノディアの走力がアストレイベアを上回ったとしても、赤狐の血の臭いを追ってどこまでも跡をつけてくる可能性が高い。


「ああそうかい……ってやるよッ……!」


 逃げるのは難しいと判断したセノディアは、アストレイベアの爪に見劣りする斧をしまい、麻袋をその辺に適当に放り投げて迎撃態勢を取る。

 しかし、幾ら狩りに慣れているとはいえ、熊と戦うのは、それもモンスターの熊と1vs1で戦うのは初めての経験だった。こうした大型のモンスターは、村では冒険者を呼んで退治してもらっていたし、それが無理な場合は村の大人達が率先して先頭に立っていた。

 つまり、これまでセノディアが相手をしたことがあるモンスターは、大人達が取りこぼした下級モンスターばかりだ。

 戦力が足りずに、やむをえず中級モンスターと戦う時もあったが、流石に大人達と一緒であったから、やはり1vs1の経験は皆無。


「グルウウゥゥ……!」


(クソッ……震えが……!)


 故に、セノディアは冒険者になって初めて正面切って相対する格上モンスターに、その風貌に、恐怖していた。

 村の時のように助けてくれる大人はいない、パーティメンバーに頼ることもできない。それでもセノディアは、アストレイベアを相手に引くことはなかった。

 こうして睨み合っているのは脚の早さで逃げられないのもあったが、セノディアは決して自暴自棄になったのではない。

 彼はいざとなれば『ある物』を使って逃げる算段があったから、限界ギリギリまで『格上のモンスター』がどの程度の強さなのか、それを推し量ろうとしていたのだ。

 それに加え、近くにはモミジとアトリアがいる。ここで逃げれば、標的を失ったアストレイベアによって二人に危害が及ぶ可能性がある。であれば、可能であれば、仕留められるのならば、ここで狩るのがベストだ。


「ガアアアアァッ!!」

「来いやァ!」


 喉を鳴らしながらジリジリと距離を縮めるアストレイベアだったが、セノディアの行動に隙ができたと見るや否や、即座に地を蹴った。恐るべき瞬発力、魔力で補強された体は一瞬でトップスピードに到達する。

 恐ろしいことに、公道を走る車に近いスピードを維持しながら木々の合間をすり抜けながら来るのである。その軽トラのような巨体を揺らしながらアストレイベアは一瞬で距離を詰めた。

 その牙が向かう先は一直線、本能の赴くままに獲物ののど笛へと吸い込まれていく。

 直に食らえば即死の一撃、幾度も行われてきた精密無比な動作に寸分の狂いも無かった――――。


(来たッ!)


「ウオラアアアァァッ!!」

「グオオオオォォ!!!」


 だからだろうか。狩りに慣れていたセノディアは、アストレイベアが『一撃で仕留めにくるだろう』と読んでいた。

 セノディアは迷い無く、赤狐のカウンターと同じ要領で斧を顔面目掛けて思い切り振り下ろす。真っ正面から突進を受け止め、その上でこちらも一撃で仕留めようとの算段だ。

 迎え撃つ側は無事では済まないだろうが、それは相手も同じだろう。

 セノディアとアストレイベア、手斧と熊。果たしてどちらに軍配が上がるのか――――。


「死ねやオラアアアアァァァ!!!」

「ゴオアアァ……!!」


 果たしてセノディアの読み通り、熊の脳天に斧は命中した。タイミングもバッチリのクリーンヒット。突進の勢いは弱まった。


「ッジかよ!」


 だが、桁違いの速力でスタートを切ったアストレイベアの勢いは止まらない。牙こそ首元に届かなかったが、その巨体が弾丸となってセノディアに襲いかかる。


「――――ガアアアァァァ!!」

「ガッ……!」


 当然、迎撃したセノディアは避けられない。元々捨て身の戦法だったのだから仕方がないだろう。

 自分の体躯を大幅に越えるアストレイベアを受け止められるはずもなく、突進のエネルギーは斧から腕へ、やがて体全身に受け止めて吹き飛んだ。

 ただの熊の突進ではない、魔力で強化されたモンスターの突進。セノディアは為す術なく5m近く吹き飛んだ後、幸いにも柔らかな草原の上にドサリと落ち、そのまま転げ回った。


「ッテェなクソ……!」


 しかし、そのまま地べたに寝たきりにはならない。セノディアは転げながらもすぐに立ち上がる。まだ決着が付いていないからだ。


(文字通りバケモンだな……。Dランクのモンスターってのは……)


 セノディアは斧を振り下ろしたとき、力の入れ方、斧刃の当たる位置、今までの経験から、全てにおいてベストタイミングの捨て身のカウンターだと確信を持っていた。だが、いざアストレイベアの頭に斧を当ててみると、想像以上に手応えが無かったのだ。

 あまりにも体毛と皮が分厚すぎたため皮膚を切り裂くような感触はサッパリ伝わらず、感触はまるで鉄の板を木製バットで殴ったような硬質加減に近い。


(チッ、斧が……)


 現にアストレイベアへのダメージは少なく、逆に斧の方が刃こぼれを起こしてしまい、殴った側であるセノディアが吹き飛ばされてしまった。

 また、突進をモロに真っ正面から受け取った衝撃が彼の腕を襲い、凄まじい痺れと激痛で腕が震えている。ここで武器を手放さずに我慢したセノディアは流石だが、目立った外傷こそないものの、彼の方がアストレイベアより重傷なのは間違いない。

 アストレイベアは頭からほんの少しの血を流してはいるが、依然として獰猛さを失っていない。一方のセノディアは、たったの一撃で斧を握ることすらままならない。

 だが、それでもセノディアは立ち上がるしかなかった。


 立ち上がらなければ負け。


 それはつまり――――死。


「グガアアアアアァァ!!!」

「こんの――――まだ負けてねェぞ!」


 斧が効かない現状に為す術無しかと思いきや、歯を食いしばり活を入れ、衝撃に痺れる手を無理矢理動かし、腰の鞘から刃渡り10cmほどのナイフを抜き出した。刀身は青白く不気味に輝いているが、このナイフもギルドから贈られる初心者支援の物資の一つで、上質なミスリルで作られた切れ味に特化した特注品らしい。

 そんなものをまだ日の浅い新参者に貸し出しても良いのかと聞いたら、これには場所を感知する魔法がかけられているらしく、もしもこれを持ち出した冒険者が帰って来なかった場合、その魔法を履行して場所を突き止めることが可能だから、貸し出しても別に問題は無いのだとか。

 このナイフの主な用途はモンスターの素材を剥ぎ取るためで、赤狐の血抜きもこれで行っていた。ギルドが貸し出しを許可しているのも剥ぎ取りだけに限っている。切れ味がずば抜けているからと言って、戦闘には推奨されていない。


(どうかギルドにバレませんように!)


 が、しかし、今は緊急事態なのだ。用途云々に拘っている余裕はない。

 戦闘用のナイフとしてはリーチの短さが心許ないが、その切れ味を存分に生かす時は、今なのだ――――。


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