酒場と喧嘩は冒険者の華(2)
「……黒髪、お前のそのバッジ、冒険者だな。後ろの奴らも」
静まりかえった店内で、出入り口を占拠する看板娘のユニと新米冒険者パーティは一番目立っており、当然大男に目を付けられた。どうやら彼は、先ほどの男娼の頭をかち割ったので変なベクトルに吹っ切れたらしく、店主を攻撃するよりも店を破壊する方向へシフトしたらしい。黄ばんだ歯とでっぷりと太った醜い外見よりも、ぎらつき血走った目と手にした凶器の瓶が、指で突いたら容易く破裂する風船のように、その危険性を物語っていた。
しかし、パーティリーダーのセノディアは、あくまでも平静な態度で対等に話す。
「えぇそうですよ、俺達は冒険者です。でもね、俺達はただ宿を借りに来ただけなんスよ。厄介毎に首を突っ込む気はないから安心してください」
「『厄介毎に首を突っ込む気がない』だぁ……? 厄介毎を生業にしてる奴がよく言えたもんだ! コイツは傑作だ! ハッハッハ!!」
「ハハハッ。確かにそうッスね、ウケルー」
「テメェは笑うんじゃねぇ!! ……さてはテメェ、コイツらみたいに俺を馬鹿にしてんだろ? なぁ、そうなんだろ? 俺がこのクソ店主に毒を盛られたっつってんのによ、コイツみたいに疑ってんだろ! この面と威勢だけはいっちょまえな汚らしいオカマみてぇによ!」
男娼を瓶で殴った興奮からか、勢いに駆られた大男は頭から血を流す男娼を足蹴にした。まだ息はあるようで、蹴られた青年は「ウッ」と呻き声をあげたが、それっきり沈黙を貫いてしまった。
セノディアは一切動揺した様子を見せず、呆れ顔を追加して繰り返す。
「いやいやいや俺達疲れてるんですって。別にな、店主が毒盛ろうがアンタの自作自演だろうがどぉーだっていいんですよ。俺はもう眠いから、早く部屋借りて休みたい。お分かり?」
「なるほどな……。だが今日は店じまいだ。怪我しねぇ内にマーマのとこにでも帰って乳でも飲んでな、クソガキが」
「俺がガキに見えるって視力悪いんスねぇ。栄養は腹じゃなくて頭と目に送ってな?」
「フゥー……。いいか、世間知らずな餓鬼に一つ良いこと教えてやる……。世の中はな……お前みたいな馬鹿な奴から――――死んでくんだよッ!」
おもっくそ安い煽りに逆上した大男は顔を真っ赤にし、男娼を殴って割れた瓶をセノディアに投げつけ、新たな瓶をむんずと掴んだ。セノディアの頭もかち割る気らしい。
セノディアは投げつけられた瓶を危なげなくキャッチしポイと捨てると、怪我をした青年から距離を取るようにして酒場内を所狭しと逃げ回った。
当然、座って眺めていた客も人ごとではなくなり、皆我先にと安全地帯になったカウンター側へ避難する。
「ちょちょちょ、待て待て待てって! 俺まだ戦う準備できてないんだけど!!」
「逃げんじゃねぇよ!!!」
あたふたとしながらも無力をアピールするセノディアだったが、お構いなしに大男はセノディアに襲いかかった。
勿論、一方的にやられるのも癪だったセノディアは懸命に応戦する。時には机を、時には椅子を投げつけ、テーブル上に置かれた食べかけの皿やナイフ・フォークを投擲して逃げ回ったが、大男の巨体から繰り出される暴力の前には無力だった。
いや、今は無力になるしかないのだ。全力で応戦するのならば腰の片手斧を使うのだが、セノディアは人間相手に戦ったことがない。手加減ができないのだ。
瓶と斧、二人の体格差を考慮しても武器の格が違うのだから、セノディアが本気を出せばマズイことになる。今まではモンスター相手だったから全力を出せたが、相手は人間、手加減できずに勢い余って殺してしまう可能性がある。
別に、正当防衛の大義名分があれば、ギルドや街中での殺人はそこまで御法度ではないのだが、彼は人殺しがしたくて冒険者になったのではないのだから、倫理的に殺人だけは避けようとする。
じゃあ力任せに押さえつけるか?
無理だ。武術の心得が無いのだから体格差敵に敵うはずがない。武器を除いた単純な戦闘力の差で敗北するだろう。
「うわっとと……」
そうして為す統べなく逃げの一手を打ち続けたセノディアは、ついに壁際まで追いつめられてしまう。後ろに逃げ場の無くなったセノディアはオロオロとし、懇願するような表情で大男を見やる。
対して大男は、ぎらついた黄色い歯を覗かせ、勝利を確信する笑みを浮かべた。
「もう鬼ごっこはお終いか……。アァ!?」
「ちょっと待てって! 俺本当に疲れてるの! それに冒険者だけど弱いんだってば! 見ろよ、この情けない銅バッジ、最低ランクなの!」
「ンなこたぁ知るか! 恨むならあの場にいたテメェと店主を恨みなァ!!」
「ヒッ!」
「死ねェ!」
「もうダメだ」。
アトリアを除く誰もが諦め、目を覆った。
「おっとぉ」
しかし、セノディアは間一髪で振り下ろされた瓶を避けた。チリッと頬を掠る音からも、ギリギリで、本当にギリギリで避けたのがわかる。
だが、たかが一発避けたくらいでどうしたというのだ。まだまだ大男がマウントを取っていることに変わりはない。大男は空振りした体を立て直し、再び顔面目掛けて瓶で殴ろうとした、その時だ――――。
セノディアは、情けない顔から一転得意げにペロリと舌を出し、声には出さないが静かに口を動かした。
『バーカ』
「《フリーズ》!」
無防備になった大男の背中に向けて、幼い声色で《フリーズ》が唱えられた。
パキパキパキという小気味よい音が背後から聞こえた大男はくるりと振り返ろうとするが、自由が効くのは上半身だけ。下半身が――――より正確には、臍から下が動かないのだ。なぜか、それは一目瞭然で、氷によって腰から下が床と繋がれていたからだ。
ちなみに、彼女の味方であるセノディアの足首から下も氷によって床に繋がれている。《フリーズ》は敵味方問わず巻き込んでしまうのが欠点の氷の範囲魔法だが、これでもモミジは魔力をセーブしている方だったりする。
「このッ……! チビのドワーフ如きが――――」
「《アイスボール》!」
大男の上半身だけ振り向いたその顔面に、先ほどとは別の呪文が唱えられる。まっすぐに向けられたモミジの杖が青色に光り、杖の先端からバスケットボールほどの氷が放たれた。
「――――ッ!」
大男は腕をクロスにさせて顔を守ろうとするが、下級とはいえども魔法である《アイスボール》の前には虚しく、ミシッと鈍い音を立てて大男の腕の骨を砕いた。
そして無情にも、放たれたアイスボールは一発だけではなかった。一つめの氷塊の後ろに隠れていた二発目の《アイスボール》は、見事に無防備になった顎にクリーンヒットしたのだ。
「ガッ――――」
脳が揺さぶられたのか、大男は声にならない声をあげると白目を剥き、ペキペキと氷が剥がれる音と共に重力に従って床に倒れると、それっきり動かなくなった。
「お、おおぉ……!」
ギャラリーが俄に色めきだつ。
大男の敗因はただ一つ、最初の一手目で致命的なミスを犯した。それは、相手にしていた冒険者は一人ではない、三人だったということ。この失念が敗北を招いたのだ。
そもそも人数で不利を背負っていたのだから、セノディアとの勝負に集中するあまり冷静な判断が下せなくなった時点で負けなのだ。当然、逃げるセノディアを追いかける余り、注意力は散漫になり、ヘイトはセノディア一点に集中しているからモミジがフリーになるのは道理だ。
相手がマスタリーを持っている冒険者ならば、いくら相手が新米で自分は戦い慣れているとはいえ一旦引くべきだっただろうと思わなくもないが。
いずれにせよ負けは負け、大男の気絶で敗北と相成った。
「どうだい、傷は治りそうかい……?」
「専門家ではないので詳しくは何とも……。ただ、傷はそこまで深くないようなので、《ヒーラー》さんに看てもらって然るべき処置をすれば直ぐにでも治りそうですね」
「そうか……。良かったな、クレール……」
ちなみにセノディアが逃げ回っている間、新米パーティの一人であるアトリアは、セノディアが逃げながら大男を青年から引きはがすよう誘導しているのだといち早く察し、倒れていた男娼の損傷した頭部の血を清潔な布で拭き取りながら、半開きの口に赤ポーションを注いでいる。
幸いにも傷は浅く、彼は自分の頭から大量の血が流れ出たのと、大男を前にした緊張と殴られたショックで気絶しているだけである。先ほど蹴られた時に上げた呻き声は、反射的に出たものだろう。
「ヒュー! やるなぁ嬢ちゃん、小さいのに大したもんだ」
「本当に、綺麗な『氷雪系魔法』だったわ。ありがとう」
「いやー助かった! たまーにいるんだよな、あーゆー荒くれ者ってさ! ったく、こういう肝心な時にいつもの飲んだくれの兵士がいねーでやんの」
「ねー、お嬢ちゃんがいなかったら私達まで怪我してたかも知れないもの。助かったわ」
「い、いえ、私なんて、そんな、恐縮です……!」
時間が時間だからか、ここ一番の重要なシーンで大男を仕留めたモミジに、客達から控えめな拍手と声援が送られた。モミジは称賛に慣れていないのか、顔を赤くしながらも、ゴスロリ服をフリフリしながらぺこぺことお辞儀を繰り返していた。
「やったわね! 貴女、ドワーフなのに魔法が使えるなんて凄いじゃない!」
「ふぇ……わぷっ――――」
これにはユニもニッコリ。モミジが異人族と、彼女はとっくのとうに見抜いていたが種族差なんて何のその。ちんまりとした佇まいのモミジを抱きしめ、お礼を言いながら、頭を何度もなで続けた。顔面が豊満な胸に包まれたモミジは少々苦しそうだが、それでもどこか、認められて嬉しそうである。
「さて、と……」
店中が歓喜に沸く中、セノディアはペキペキと音を立てて凍り付いた靴を床から引きはがし、倒れた男の服を漁る。セノディアは大男と店主の言い争いを聞いていたが、店主のあの言動から察するに、大男が何かしらの因縁をつけて吹っかけてきた可能性が高いと見ていた。看板娘であるユニの動揺を見ても明らかだが、もしも店主の言動が全て演技だとしたら、彼は劇団にでも転職すべきだろうとも思いながら。
しかしグローリー鉱石は確かに反応を示していた。間違いなく、何かしらの『毒物』が絡んでいたのは揺るぎない事実。であれば、店主が料理に毒を仕込んだのでないと仮定した場合、大男本人か、それか大男に寄与する第三者が関与した可能性が高い。
後者は大男を兵士に引き渡して経歴を洗えば関連人物が浮き上がり、そこから共犯者を絞り込めば済む話だから、今この場で前者の可能性を立証する証拠がないか、男の衣服を探してみることにした。
「お」
果たして、割とあっさりとソレは見つかった。服の上から怪しい膨らみはないかと触診検査の真似事をしていたが、ズボンの内側に縫いつけられるようにして動物の皮で作られた水筒が左右に一つずつ見つかったのだ。
巨体や顔の傷痕にばかり目が行きがちだから、なるほど、下半身に水筒を仕込めばそう簡単にバレはしないだろう。縫いつけられた糸を手斧で器用に切り、水筒を二本とも取り出して持ち比べてみると、その内の片方はかなり軽くなっており、中身が減っているのだろうと容易に推察できる。これが犯行に――――というか、自作自演に使われた毒だ。
「動機はともかく、大男の自作自演で決まりっと……。コイツは戦利品としてもらってくか」
なんとセノディアは、毒がたんまり入っている方の水筒をカバンにコッソリしまった。こうも堂々と盗みをするのは冒険者としてどうかと思わなくもないが、彼からしてみれば予定になかった突発的なトラブルを解決したので、その報酬としてソレをもらう事にしたらしい。
(にしても……、何でコイツ、この店の二階で宿屋やってるって知ってんだろ。それに『組員』って、何の?)
彼は店主と初対面だったハズだ、店主側や常連らしい客の反応を見るに間違いないだろう。しかし、普通の客ならば普通はこの店が『大衆酒場か食堂』と思うのが普通だ。
なのに、セノディアが『宿』に関する話をした際、内容を掘り下げる話題もせず、さも『宿』として営業しているのが当たり前のような口ぶりだった。
更に店主に向かって口走っていた『組員』とは一体――――。
(……ダメだ、やめやめ。情報が少なすぎるし今日は疲れてんだ)
未だに謎多き大男に釈然としないが、ひとまず彼を倒したことを区切りとし、セノディアはもう一つの中身が減った毒入り水筒を手に、客やユニによってカワイイカワイイされているモミジと男娼の治療を続けるアトリアの元へ戻った。
大立ち回りをしたセノディアに客はモミジ同様感謝の言葉を投げかけるが、それらを一切無視して店主の前に立った。
「あぁ、君、助かったよ。本当にありがとう……。それで、あの男は……」
「失神しています。僕はロープとか持っていないから彼を縛り付けられませんでしたので、早く憲兵に引き渡す事をオススメします。で、あの男は自分で毒を盛っていました。男のズボンから水筒が見つかって、中身は少しばかり減っていました。これがその証拠です。俺からは以上、はい終わり!」
これ以上の面倒事はゴメンだと、質問を挟まれる前に早口で捲し立て、パンと両手を叩いて店主を無理矢理黙らせた。
疲れと眠気で鼻に皺を寄せたセノディアは、モミジを抱きしめているユニに向き直った。
「で、宿は。三部屋それぞれ個室で空いてます?」
「え、あ、あぁ……う゛うん。勿論空いてますよ! 今ご案内しますね~」
何度も言うが、彼の主張は、この酒場に来たときから『宿泊客』の一点張り。彼は怒濤の一日を過ごした倦怠感から、一刻も早く夢の世界へと旅立ちたいのだ。
その苛立ちを肌で感じた客達と店長はシーンと口を閉じ、ユニは彼らを空き部屋を宿泊部屋として開放している二階へ案内した。
――――そう、モミジに抱きついたまま。
「ふふっ、モミジちゃん、ここの人たちに受け入れられてよかったね。セノ」
その後ろに着いていくアトリアは、どこか嬉しそうにセノディアを肘で突っつき、コソコソと耳打ちする。
「元から偏見の無い人たちだって話だし、そりゃ美味しいシーン全部食ったんだから、それくらいの見返りはあって当然だろ」
「もー、またそうやって照れ隠しするんだから。モミジちゃんにトドメ上げたの、セノの策だったんでしょ?」
「どうだかな。モミジの手助けが無くったって、俺一人で倒せてたかもしんねーじゃん。モミジはあそこがベストタイミングだと思ったから、自分の判断で魔法を使ったんだろ。そこに俺が手柄を誇る余地が無ぇだけだよ」
「ふふっ、その照れ隠し……あの時に僕を助けてくれたのと同じだね」
「いやだから照れ隠しじゃ――――待てよ、あの時?」
「あ、そっか。セノは覚えていないんだよね……。じゃあいいや」
「おい待てよ、途中で切られると気になるだろ? せめて最後まで言えよ。俺が覚えていないかどうかは別として、とりあえず言ってみ?」
「ダメー。忘れてるなら内緒にするって決めてるんだ」
「んだよそれ……」
アトリアの意思は自分よりも強固、それを理解しているセノディはあっさりと引き下がった。しかし、昔の自分と重ねながらやたらとヨイショするアトリアだが、流石は付き合いの長い従兄弟同士。
実はセノディアがモミジに手柄を上げる発言は正鵠を射ていた。
セノディアが戦闘が起こる前、モミジに耳打ちした内容はこうだ――――。
『魔法の準備しといて。アイツを気絶させられるくらい強力なの』




