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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
12/139

酒場と喧嘩は冒険者の華(1)


 時刻は21時。陽も山の彼方に落ち、太陽の反射を受けたまん丸の月が闇を照らしていた。

 リンハンス街のメインストリートも昼間の喧騒はどこへやら。すっかり静まりかえった大通りを余所に、中心部から北へ入り組んだ裏路地に入ると、一部の客層の心を鷲づかみにする酒場『グルージスの酒場』は営業していた。


「ユニちゃーん、こっちエールね」

「俺はラガー頼んじゃおっと」

「はいはいただいまー!」

「『カルキーの揚げ爪』と、『マインドスネークの煮込み』ちょうだーい!」

「少し待っててくださいねー! はい、エール三つお待ちどおさまー!」


 『グルージスの酒場』の店主の一人娘で看板娘でもある『ユニ』は、ガーリッシュなエプロンと丈の長いオールインワンタイプのスカートに身を包み、小さい体に見合わないサイズの胸を忙しなく揺らしながら、元気いっぱいの営業スマイルで接客していた。彼女の笑顔は朗らかで、周囲の人々を元気にすることで人気がある。

 その父親である初老に差し掛かった店主は、忙しそうに鍋を振るい具材を調理していく。調理は全て一人でこなしているが、慣れた手つきで素早く調理する様は達人の域に達していた。

 ここは夕方から深夜までと、遅い時間帯に開店される珍しい大衆酒場で、夜間を稼ぎ時としている職種の労働者に人気がある。更に、入り組んだ路地裏が営業場所なだけに知る人ぞ知る隠れ家的名店であった。

 表通りに面する他の大衆酒場と比べると間取りは小さく、八人くらいが座れるカウンターと、四人がけの丸テーブルを四つほど敷き詰めたらもうキャパ上限という、大衆酒場店と呼ぶには際どいラインのスペースしかない。その狭さはバーの方が向いている間取りだろう。

 しかし、席はいずれも満席なことからも繁盛具合が知れる。


「はーい、エールと『白海草のスープ』ね」

「サンキュー! いやー、昼間っからこの店で何食おうか悩んで正解だったよ。これは大当たりだ」

「げ、お前もそれ頼んだのか。うーん、俺は別のにしようかな」


 繁盛している理由の大本は、酒場でありながら大衆向けの料理メニューが豊富で旨く、これから働こうとするその筋の人たちに重宝されているからだった。

 また、この街自体の治安は他と比べて安定しており、深夜帯に開業しているにも関わらず、むやみやたらと騒ぎ立てる五月蠅い客はいないのも、今こうしてこの特殊な時間帯に営業できている大きな理由になっていた。

 一応、店の壁は魔法によって防音加工されているが、この店を気に入っている常連などは五月蠅く騒いで周囲の民家に迷惑がかからないよう、各々で自主的に声のボリュームを下げるよう努めていた。

 酒場にあるまじき穏やかな空間も相まって、もはや『酒場』と形容するには相応しくなく、大衆食堂とさほど変わりない店模様だ。

 さて、こうして一定の客層から支持の高い『グルージスの酒場』だが、実はこの店の二階の空き部屋を、寝室として格安で開放していることは常連にも余り知られていない。

 と言うか、店側が大っぴらに宣伝していないのだ。

 理由としては、夜に一階の酒場が賑わうのがネックだからである。

 いくら客が音量を下げているとはいえ談笑する声くらいなら二階までなら響くし、調理機具がかち合う音や具材を料理する音で、安眠が困難となり、二階に泊まる客は自然と目が覚めてしまうことが多い。

 要するに、快適な睡眠を客にお届けできないので、それは忍びないと店が勝手に宿営業の宣伝を自粛しているのである。勿論、求められれば寝室として開放するのだが。

 まぁ、酒に溺れて希に現れる怒号を上げる客がいれば、目が覚めるどころか気になって眠気が吹き飛び目が冴えてしまうだろうと、容易に想像できてしまうのも無理はない。


「おいふざけんな! このスープ、毒が入ってるじゃねぇか!」


 そう、こんな風に怒号をあげる客がいれば目が冴えるだろう――――。


 カウンター席に座っていた大柄で肉付きのよい、右目から唇にかけて縦の切れ込みが入ったスカーフェイスの男が突然怒鳴り散らし、スープの入った皿をカウンター越しに料理を作る店主に突きつけた。

 スープ皿の側には、鈍く緑色の光沢を放つ石が置かれている。

 これは魔力を含んだ特殊な地層で採掘される『グローリー鉱石』を持ちやすいよう加工されたアクセサリで、効果を端的に言うなら《毒発見器》であった。

 普段は赤いマーブル模様の練り込まれた鉱石なのだが、ありとあらゆる毒を半径10cmの範囲で感知でき、その際に赤いマーブル模様が緑色に変色する。

 つまり大男の言い分は、グローリー鉱石の置かれたカウンター上の半径10cm内に毒があり、それはスープ皿以外に見あたらないからスープに毒が盛られているという真っ当な意見であった。グローリー鉱石が本物であれば、疑いようのない事実だろう

 しかし、自信作の料理にあらぬ疑いをかけられた店主は凶相に臆することなく、怒気を含めて反論する。


「テメェこそふざけんなよ! 俺は自分の作った料理に誇りを持っている、毒なんか入れやしねぇ! それに、俺とお前は初対面だ、一度もこの店に来たことが無いだろう、そんな見ず知らずのテメェに毒を盛る意味がねぇだろ!!」

「ハッ、いいや意味ならあるぜ。お前、俺が『会員』だって知ってワザとやっただろう。シラを切ろうったって無駄だ!」

「なにをデタラメな……お前なんか本当に知らん! 大体、お前みたいな礼儀知らずが『会員』かどうかなんて怪しいんだよ!」

「俺が『会員』だって証拠が欲しいのか? なら見せてやるよ!」


 そう言って男は、懐からバン!と机に金属質なメダルを叩きつけた。それを見た店主は一瞬で顔色が変わる。何か心当たりがあったようで、大男の言い分を肯定するように悔しそうに歯ぎしりをした。

 今が好機と睨んだ大男は、汚らしく黄ばんだ歯をぎらつかせながら、ここぞとばかりに畳みかけた。

 有ること無いこと店主や店の評判を乏しめるような罵詈雑言を吐き散らし、自分を殺そうとしたのだから詫びの一つでもしたらどうだと謝罪も要求し、挙げ句の果てには賠償金を支払えと、飲んでいたジョッキを机に叩きつけた。このまま論争が続けば暴動も厭わない姿勢だ。


「おいどうする……」

「どうするって、どう考えてもおやっさんが毒入れるわけ無いじゃない……」

「じゃあお前が行けよ……」

「いや私はこのあとお客さん予約が入ってるし……」


 周囲の客はと言えば、ヒソヒソと声のトーンをいつも以上に下げて話し合っていた。店主の態度から察するに、大男の言い分は正しい可能性は大いにある。しかしそんなのを抜きに、皆は店主の人柄を信じていたからそんな狡いマネを、ましてや自分が作った料理をぶちまける所業などするハズがないという確信もあった。

 だが、一人として間に割ってはいる者はいない。この店に集う者は、夜を稼ぎ時としている職種が多いと書いたが、ぶっちゃけた話、娼婦や男娼がメインの客層なのだ。彼・彼女らはスリムな体型を保っているから単純な力勝負で非力な上、大事な商売道具である体に傷をつけたくない。故に、間に入って止めるべきか否か、客は各々悩んでいた。


(ハッ……どいつもコイツもチキン野郎ばっかじゃねぇか……! こんな店が酒場として営業し、繁盛してるのかよ!)


 その一部の客達の優柔不断な態度がまた、大男の横暴な態度に一層拍車をかけていたのだが、それは与り知らぬところだろう。

 さて、ユニは看板娘として、店主の一人娘として、この状況をただ眺めていたわけではない。扉を叩いた訪問者をとっつかまえ、時間惜しそうに頼んだ。


「貴方達冒険者でしょ!? お願い、お父さんを助けて!」

「えぇ……」


 そしてそれは、胸に銅の冒険者バッジを付けた新米パーティ三人組にとって、難しい頼み事だった。


「助けて、って言われてもなぁ……」


 セノディアは露骨に嫌そうだ。

 今日一日でいろいろな出来事が起き、もう心身共にクタクタに疲れて、早く寝ろと脳みそが指令を下しているのだから仕方ないし、一部始終を見聞していたセノディアからしてみれば、毒殺しようとした店主の方が悪いんじゃないかと思うのも、これまた仕方がなかった。毒殺しようとした店主も、それを過激に責め立てる大男も、正直どっちもどっちだからだ。真偽が不明な以上はどちらかに肩入れするのはマズイ。


「いいじゃんセノ!」


 ただし、正義感に燃えるアトリアは助けても良いんじゃないかと、セノディアの方針に反対意見だ。


「助けようよ! どう見たってあっちのが悪いでしょ!」

「お前なぁ……」

「ね、モミジちゃんもそう思うよね?」

「え、あ、私は……その……、どっちが悪いか判断できないので……すみません」


 モミジはセノディアに習い、どちらかというと中立な意見だ。

 狼狽える店主も威張り散らす大男も初対面の人間。この店では異人差別はしないと聞いていたが、これまでの国や町で、少なくない差別を受けていたモミジは消極的な態度。消え入りそうな声で中立な意見しか出せずにいた。


「ねぇ貴方――――」

「おっと」


 ユニは、唯一味方になってくれそうなアトリアに縋ろうとしたが、それをセノディアは手で制す。


「ダメですよ。俺達は宿を借りに来たのであって、それ以上の用事はありませんから」

「でもさセノ、ここで見過ごすのは――――」

「今朝のモミジの件、忘れてないよな?」

「だ、だって、こんなことになるなんて思ってなかったし……!」


 あの時、セノディアは『貸し一つ』と付け加えて、モミジの付き添いを許可したのだ。

 その『貸し』を今、この場で返せという意趣らしい。

 アトリアは痛いところを突かれてしまい、ゴニョゴニョと二言三言反論したが、それっきり黙りこくってしまった。味方になってくれそうな冒険者を先に抑えられたユニは宿の主人の娘と立場もあって、少々キレ気味に突っかかる。


「な、何でですか! 冒険者って何でも屋みたいなものでしょう!? ちょっとくらい助けてくれたっていいじゃないですか! 貴男、それでも人間ですか!?」

「いや、まぁ冒険者はその認識で間違っちゃいないけど……俺達が『冒険者として』ゴタゴタを解決するには、クエストを受注する決まり事が大前提にありましてね?」

「何よ、助けてやるからお金が欲しいっていうの!?」

「いやいやいや、何かしら見返りがあるのは助ける手前当たり前だと思うけど……。それとは別に、冒険者の本懐はモンスター討伐専門家だから、一般市民に手出すのはタブーっつーか、俺だって気が引けるっつーか。だってこういうのは兵士さん呼べば一発解決じゃないですか」

「うっ……」

「つーか逆に聞きたいんですけど、何で呼ばないんです? この時間だし、夜間の見回りしてる兵士さんだって外にいるでしょう」

「うぐっ……それは……、騒いでるのは一人だけだし、そこまでの規模でもないと言いますか……、飯にケチ付ける程度の騒ぎで兵士さんを呼ぶのは恥ずかしいと言いますか……」

「ほーう、兵士がダメで冒険者なら良いって言うんすか? それに体面なんか気にしてる場合ですか。このまま放置すれば、この店の評判、落ちちゃいますよ?」

「あ、いや、今のは差別的な意味合いを含めて言ったわけじゃ――――」


 ユニからしてみれば、兵士を呼ぶと今以上の騒ぎになるし、周りの民家に迷惑がかかるのでお店の評判を落としたくないという意図から、なんとか事件を表沙汰にせずに事を収束させて欲しかったのだ。

 しかしセノディアからすれば、今は惰眠を貪りたいただの宿泊客その1だ。

 例え、これが自分の乗っている乗り合い馬車が盗賊に襲われ、「お客様の中に腕の立つ冒険者はいらっしゃいますか!」の状況に陥ったとしても彼は無言を貫くだろう。それは最初から用心棒を雇わなかった馬車サイドに責任があるからだ。リーダーである以上、自分とパーティメンバーの身の安全を第一に行動するだろう。

 それと同様、今回だって、大衆酒場っぽさはあるが一応は酒場として営業しているのだから、不埒者が現れることを想定し、何かしら対策を打つべきだったと示唆しているのだ。

 故に、責任の所在は酒場サイドにあると割り切って、自分達に火の粉が降り注がない限りシラを切り続けるだろう。その後ろでは、アトリアが飛び出したそうにウズウズとしているのだが――――。




「キャアァー!!!」




 その時、ガラスが砕け散る音と絹のような女性客の悲鳴が響き渡り、店の中は静まりかえった。

 ユニがすわ何事かと振り返ると、そこには体つきの細い青年が頭から血を流して俯せに倒れていた。その周りには、砕けたガラス瓶の破片が散らばっている。

 青年は男娼で争い事は得意ではないのだが、彼は立派にも、店主は無実であると擁護すべく、怒鳴り散らす大男に悠然と立ち向かったのだ。 義憤に駆られた青年の行動に、固唾を呑んで事件の行方を見守る客もいれば、青年に触発されて大男に野次を飛ばす客も出てきた。

 ――――しかし、恐らくこれがいけなかった。

 野次によって萎縮させるどころか、逆に神経を逆撫でしてしまったのだ。

 客が全員敵に回ってしまい、完全に冷静さを欠いた大男はカウンター越しに積まれたワインボトルを鷲づかみにし、青年の脳天目掛けて一直線に振り下ろしたのだった。

 ここは酒場。野次を飛ばした客達は、いずれも酒が回っていたのが凶行の一因にあると言っても、過言ではないだろう。こうなる未来は楽に予測できていたはずなのだが、アルコールの魔力には打ち勝てなかったようだ。


「……モミジ」

「え……? キャッ――――」


 皆が男の凶行に唖然とする中、セノディアは、ビックリして涙目になっているモミジの体に腕を回し、少々乱暴に手繰り寄せ、屈んで耳に口を寄せる。


「セ、セノディアさん? こんな時に、どうしたんですか……?」

「――――――――」

「ふぇ」


 唐突に抱きしめられたモミジは、セノディアの唐突な耳打ちに、息が間近で当たるこそばゆさから間抜けな声が漏れたが、セノディアに頭をポンポンと叩かれると、杖をギュッと握り、緊張の面持ちで静かに頷いた。



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