明日への布石(3)
鳴き声は背の高い垣根を、二つ三つほど飛び越えた向こう側から聞こえてくる。
「やっべぇ……クロエちゃんに静かにしてくれって頼むの忘れてた……」
《下級赤ポーション》の効果などとっくのとうにきれている。それでもセノディアは傷に痛みに耐えながら鳴き声のする方へと走り出した。
事態は急を要する。
クロエの存在はパーティメンバー以外に秘匿している。見つかったとしてもリリーの人形ということで今までは難を逃れてきた。しかし今回は緊急事態ということで追っ手を振り切ったあとのクロエの行動は自意識に一任していたが、『庭園に着いたら静かにしてくれ』とも、『大人しく姿を消していてくれ』とも伝えていない。
そう、伝えてはいない。いないのだがクロエはとても賢いモンスターだ。普段命令せずとも自分の立場を理解して静かに『リリーの縫いぐるみ役』に徹してくれている。それが今は、傍目も気にせずギャンギャンわめき立てている。
明らかに普通ではない
「おい待て、今の鳴き声はなんだ? クロエとやらを我々は知らされていないぞ」
「話は後で!」
シアの制止を振り切り、セノディアは丁寧に植えられた木花を傷つけないように、迂回できる道を手探りで探しながら走る。
「今の鳴き声はモンスターだろう!? お前、まだ我々に隠していることがあるのか!」
「ありますけど、これは『貴方達を信用してないから話せない』ってんじゃなくて、王様に誰にも言うなって釘刺されるレベルなんですよ!」
「陛下が……!?」
「ちょっとセノ!? クロエちゃんは宿に置いてきたんじゃないの!?」
「俺のバッグに入ってたんだ……それでクロエのおかげで逃げられたんだけど……!」
もうこうなったら野となれ山となれ。クロエちゃんとは何ぞやという兵士の疑問にも、クロエを宿屋に置いてきたと思っていたアトリアにも包み隠さず話すしかないと喋り続けるセノディアだった。
「ギュアッ! キュウアァ!」
「シー! 静かにしろって!」
セノディアは体中についた葉っぱを手で払いながら、何とかクロエの元へと一番乗りで辿り着いた。
が――――。
「リリー!? おい、しっかり――――エルフ族!?」
そこには、地面に倒れ伏す《魔王様》と――――白いローブに身を包んだ、長身痩躯のエルフが側に佇んでいた。
セノディアは即座に斧を腰から抜き放ち、臨戦態勢を取った。暗闇に浮かぶ白いローブが輪郭をぼかしていた中でも、一目でエルフ族と判断したのは、頭部の耳にあたる部分がローブ上からでもハッキリ見えるくらい尖っていたからだ。
「もーセノ、脚早すぎ――――ッ!?」
「セノディア、何者だソイツは……?」
息を切らして追いついたアトリアとシュゼットも、白いローブのエルフを警戒し、セノディアに倣って戦闘態勢を取る。
「俺も知らないッスよ……! おいお前、リリーに何をした!」
「安心しろ、ただの《魔力欠乏症》だ……」
中性的な声色がエルフの口から零れた。その口ぶりからエルフがリリーに何かをしたワケでは無さそうだったが、以前として腰を低く構えていつでも飛びつける体勢をとり続ける。
「…………」
しかし庭園で何をしていたのか詳細を聞き出そうとするも、エルフはもう用事は済んだと言わんばかりに一同に背を向けた。
「あ、おい待てッ!」
エルフの足元が白く光り輝き、まるで体が砂でできていたかのようにサラサラと体が粒子に変わっていく。反射的に捕らえようと手を伸ばしたセノディアの指の隙間から残滓がこぼれ落ち、跡形も残らずその場から姿を消していく。
「あの声どっかで……あぁもう何でこう立て続けに……! おいリリー、しっかりしろ! リリー!」
しかしエルフの正体が何者なのかは気になるが、優先すべきはリリーの安否だ。
セノディアはリリーのホッペタをペチペチと叩いて反応を窺う。顔は血の気が引いているものの、スゥスゥと寝息を立てていることから魔力を使い果たして寝ているだけということが分かった。その横にはピッタリとクロエが寄り添い、健気にもご主人様に優しい鳴き声で呼びかけている。
「ちょっと早すぎるわよ……って、な、何よソイツ!? モンスター!?」
「やはりモンスターの鳴き声か……おいセノディア、その飛んでる奴は安全なんだろうな!」
遅れてやってきたシアとベッティが、パタパタと一生懸命に羽根を動かすクロエを見てギョッとする。初めて見るミニサイズの《屍飛竜》に警戒心丸出しな二人だったが、気を失ったリリーの側に寄りそうクロエからは敵意が感じられず、セノディアがクロエを無視してリリーを抱き起こしているので、駆除すべきモンスターなのか、それとも武器を抜かずとも良い生命体なのか間で揺れていた。
「……セノディア、さっきの白いローブのエルフも含めて、私からも説明を頼む」
次から次へと舞い込んでくる事件に、寝ていたところを起こされたということも相まって頭がパンク寸前のシュゼットは、考えるのを放棄して説明を委ねた。
しかしセノディアも残念そうに首を振る。
「あのエルフに関しては知らないッス。エルフなんて今までの人生で会ったことありませんから。でもどっかで聞いたことがあるんですよね……滅茶苦茶重要だった気がするんですが……」
なんとか記憶を掘り起こそうとするセノディアだったが、あの声がどこでしたものなのか思い出せずにいた。
「――――いやよく考えたら、王城の庭園にいるってことは王城で働いてる人じゃないんですか?」
その言葉に一同は「言われてみれば確かに」と頷いた。
王城周辺は昼夜問わず、常に警備兵が見回りをしている。王命によって王城へ好き勝手出入りを許された新米冒険者一行は出入り自由とされているが、一方で《シーフマスタリー》持ちの追っ手ですら王城への追跡を諦めたのだから、警備兵は真っ当に仕事をこなしていることが分かる。
警備兵に気づかれずに入れるかと問われれば、リリーのように《瞬間移動系スキル》を使うか、クロエのように高度上空から侵入する以外難しいだろう。
白いローブを纏ったエルフは《瞬間移動系スキル》で姿を消したが、使用する魔力量を鑑みるとそうホイホイと使えるスキルではないことは、ぐったりと眠るリリーを見れば一目瞭然だ。その前提ありきだと考えると、最初から王城にいたとすれば辻褄があうし、それならば王城で仕事をしているとの考えに至るのが妥当だった。
「逆にメーラさんに心当たりは無いんですか?」
「私は思いつく限り無いが……シアとベッティはどうだ?」
「その白いローブのエルフを私達は見てないですが、知りませんね」
「俺もです。そもそもエルフを王城で見かけたという話そのものを聞いたことがありません」
「んーじゃあとりあえず、リリーが起きるまであのエルフは一旦保留にしましょう。俺も頑張って思い出すんで。で、このちっこいのは――――」
「クアアァ~……」
「詳しい説明は後回しにするけど『敵』じゃないです。天地神明に――――それこそ《マスタリー》の女神様にも《勇者》にも誓います。それだけで今は納得してください。さっきも話しましたけど王様に言いふらすなって言われてるんですよ」
セノディアは無理矢理話を切り上げると、クロエに鞄にもう一度入るよう手招きした。クロエはご主人様の心配をしていたが、2~3回鳴くとバッグの中へとスッポリ収まった。
「モミジ、この鞄持っててくれ」
「は、はい」
クロエが入ったバッグをモミジに渡して身軽になると、気を失ったリリーをよいしょとお姫様だっこで持ち上げた。
肩の傷に顔を歪めるが、腕の中でスヤスヤと眠るリリーを起こさないように我慢しながら振動を抑えて歩く。アトリアが代わりに抱こうと申し出たが、「そういうのは俺が持つ前にやってくれ」とキッパリ断った。セノディアはこういうところが妙に意地っ張りだった。
情報を整理して行動に移すのは明日でもいい。まずはアジト発見の功労者であるリリーをいの一番に回復させなければならない。
「ところでメーラさん、このまま俺達が泊まってる『始まりの宿』に戻れると思います?」
「……話を聞いた限り相手はグループで動く手練れだろう。無事に戻れる保証はできないな」
「ですよね~……」
「しかし、この一件は私達が君たちに『手伝ってくれないか』と頼んだことで、君たちが王都に居座り続けてしまったのが発端だ。それに君たちは――――私達に黙って独断で動いたが、町を脅かす犯罪シンジケートのアジトを見つけてくれた。それ以上の価値ある情報もプラスアルファで、だ。その功労に免じて宿舎くらい貸しても文句は言われんだろう。君の肩の怪我もケアしなければならないし……シア、ベッティ、宿舎までの案内を頼んだ」
「隊長はどうなさるんですか?」
「私は信用できる衛兵を手配してくる。明け方には戻るから、そこから作戦会議をしよう」
「隊長、もしかして明日にはもう?」
「ベッティ、彼らがアジトを見つけたということは、奴らがアジトを廃棄する可能性だってある。兵士たるもの、常に最善を尽くし迅速な対応を常に心がけなさい」
「は、はい!」
そう言い残し、シュゼットは庭園から王城とは反対側へとスタスタ歩いてしまった。
「さ、アンタ達付いてきなさい。早く休んで明日に備えるわよ」
「やーマジで助かる。サンキュな」
「良かったー。僕たちこのまま庭園で野宿かと思った……」
「あ、ありがとうございます」
こうして新米冒険者一行は案内されるがまま宿舎に赴き、慌ただしくなるであろう明日に備えて、短い一夜を過ごした――――。




