明日への布石(2)
「よっ……お待たせ……」
軽く手を振るその姿は酷い有様だった。一時間近くも走り続けたせいで、ズボンや上着は血まみれ泥まみれ。おまけに所々破けている。それでも彼は逃げおおせていた――――。
「セノ……! セノッ!!」
その事実にアトリアは感極まり、涙を目尻に溜ながらセノディアに抱きついた。
「あだだだだ……!」
抱きつかれて肩の傷がジンジンと痛み出したセノディアはすぐに突き放そうとするが、涙ながらのアトリアの抱擁で、要らぬ心配をかけたことを理解するとそれも取りやめ、肩を怪我をしていない方の手でアトリアの頭を撫でて安心させた。
「グスッ……僕……本当にセノが心配で……! でも、助けたくても、セノが逃がしてくれたから……我慢しようって、モミジちゃんとリリーちゃんが言っででぇ……。帰ってこなかったら……どうしようっでぇ……!」
「はっ、俺がそんな簡単に死ぬタマかっつーの。死ぬにしたって前向きに死ぬって決めてんだ俺は」
「馬鹿! 本当に心配したんだから! こんな、こんなボロボロになって……」
「いいじゃん、万事上手く行ったんだしさ……」
「セノディアさん――――」
「おおぅ……」
前面はアトリアが占めているので後方からだったが、モミジもセノディアの腰に抱きついて顔を埋める。彼女も何か言おうとすると口を動かしたが、言いたいことがありすぎて逆に何も出てこなくなり、黙ったままずーっと抱きつき続けた。
両面サンドイッチにされたセノディアは、何だかんだ言って自分が大切にされてることを知れて、嬉しそうに顔をほころばせる。
「コホン!」
しかしわざとらしいシュゼットの咳払いにより、二人はセノディアから剥がれた。モミジの目の下にはうっすらと涙の跡が見えたことに、若干の罪悪感を覚えたシュゼットだったが、それよりも事実確認が先だ。
「それで、私達に何か言うことは無いのか?」
「えぇとその……何かお騒がせしちゃってすいません」
「しっかりと全て説明してもらうぞ。……それで先ほどの続きだが、『違う』とはどういう意味だ?」
直前までの会話を振り返る。
自分達に計画のあらましを話さなかったのは何故なのか。ただ自分達が冒険者と敵対しているからではないのか。会話を中断させたのはセノディアだから、まずはそこから続けなければならない。
「俺は……メーラさんは個人的に信用しています。シアとベッティの二人もまぁそれなりに……」
「ならどうして秘密裏に行動した?」
「そりゃ、俺達がパーティだけであそこに行こうとしたら止めますよね?」
「当たり前だろう。それが私達の仕事だから」
「まぁそれはいいんですよ。けど、止めても無駄だと判断したら貴方達も付いてくるでしょう?」
「……何が言いたいんだ?」
「あー……その、先に断っておきますが、これから気分を害すような事を言います。怒らないで聞いて欲しいんですけど……――――単刀直入に言うとですね、貴方達がいたら邪魔だったからですね」
まだ春先だと言うのに一瞬で空気が冷えた。セノディアはハッキリとこう言い放った。『邪魔である』と。それも雲の上の存在である近衛兵様の前でだ。
「なッ……! お前――――もう我慢できない!」
自分達が纏めて侮辱されたと先走りしたベッティは、ガッと勢いよくセノディアの首根っこを掴み持ち上げた。
ようやく、ようやく冒険者と気が置けない仲になれたと思った矢先にこんなことを言われたら、攻撃的になるのも仕方ないだろう。それも口より手が出るのが有名なベッティなら尚更だ。
「ちょっ、いたたたた……! ギブ……ギブですって……!」
今日で二度目の首絞めだなぁと思いながら、持ち上げる手を叩いてギブアップの宣言をする。男勝りなベッティの腕力に持ち上げれたセノディアはタップを続けるが、やがてナイフを刺された肩から、じんわりと血がにじみ出した。
「セノ!? 何やってんのさベッティ離してよ!」
「セノディアさん!」
アトリアとモミジは怒るベッティの手からセノディアを開放するため、剣の、杖の、その先端をベッティに向ける。
「ベッティ! 今すぐ彼を降ろせ!」
「おいベッティ落ち着け!」
シュゼットとシアも止めに入った。二人はベッティと同じくセノディアの不躾な言葉にカチンと来たが、まだその真意を聞いていない。
なぜ真意があると決めつけられたのか――――それはセノディアの性格を理解しつつあったからだ。
彼は誠実な人間だ。オドオドびくびくしながらも『玉座の間』で王に頭を下げ続けるセノディアを見て、シュゼットはでそれを知った。
彼は比較的温厚な人間だ。『ノアの止まり木』で、行方不明になったショーンを心配する院長に気を配るセノディアを見て、シアはそれを知った
怒らせることを事前に断ってから喋るのがなによりもその証拠。それに耳を傾ければ、どうして怒らせるような発言をしたのかもキチン話してくれる人間であることを理解している。
だからその真意を問い質すまで、締め上げるには早いと弾じたのだ。
それに事態は一触即発――――。冒険者は、人間相手に手加減がし辛いと言っていた。このままだと、ベッティがアトリアとモミジに攻撃されて怪我をしてしまう可能性がある。
「だって隊長! コイツ、私達の善意を踏みにじって、あろうことか邪魔だって……! 今までは隊長に免じて許していましたが、我慢の限界ですッ!」
「彼はその理由を喋ろうとしていたんだ! 私達を邪魔だと切り捨てた原因を。すぐ感情的になるのは君の悪い癖だ!」
「何で隊長は『崩れ者』の肩を持つんですか! どうせ、コイツ等だって『ラビットフット』や『バダスの矢束』と変わらない、クズ冒険者ですよ! 私達の善意を無駄にしたのがその証拠じゃないですか!」
「いやだって……アンタ達がいたら出てこないじゃないスか、尻尾が……」
「尻尾ォ!?」
「そう、『人攫いの尻尾』……。国家の紋章が掘られた鎧を着た兵士が、集団で街中を闊歩してるんですよ? アジトに引き籠もって出てこなくなるじゃないスか。だから――――……その……お、降ろして……俺もう限界……」
「……チッ!」
ベッティは露骨な舌打ちをするが、言い分には納得したようで渋々手を離す。急に手を離されたセノディアは地上へと落下し、苦しそうに身悶えしながら咳をした。
「ちゃんと理由話してよね!」
「分かってる……。俺は……ゲホッ……個人的に、貴方達を信用している……。だから俺は『始まりの宿』に戻らず、ここに逃げてきたんだ……」
「……セノディア、それはどういう意味だ?」
「クッソ重要な情報を掴んだって事さ、シア……ゲホッゲホ」
苦しそうに咳をしながら指を三本立てた。
「三つある。まず俺達は人攫い連中のアジトを掴んだ」
「それは彼女達から聞いた」
「二つめは――――王都のどこかに『内通者』がいる」
「ッ!?」
その場にいた全員が息を呑んだ――――。
セノディアはそのまま話し続けた。確かにあの時セノディアは手斧を持っていたが、弓こそ二つ折りにしてバッグに仕舞われていたものの腰には矢筒を携えていた。それなのに《アーチャーマスタリー》をケアせずに《アックスマスタリー》持ちの冒険者であると決めつけていたことが決め手だ。
王都にいると決めつけたのは、やはり《アックスマスタリー》であると誤認情報を口走ったからだ。リンハンスにいるなら彼が《エクスプローラーマスタリー》だと簡単に知れる。
続けてセノディアは、最後の爆弾を投下した。
「あとは、追っ手の一人が《シーフマスタリー》だったことと、もう一人はショーン少年をに暴力を振るっていた冒険者だった……。俺を足止めしようとした《サポートマスタリー》持ちもどこかにいたよ」
「待てよセノディア、君の言う『追っ手』というのは子供を攫ってた連中だよな……それが《マスタリー》持ちだと……?」
「あぁそうさ……。シア、そうなんだよ。子供を攫っていた連中は《マスタリー》を持っていたんだ……!」
「セノ、もしかして人攫いしてたのは冒険者ってこと!?」
「その可能性が濃厚かな……。クエストで遠出しているハズの男があの路地裏に逃げ込み、そして今夜、あちら側に肩入れして俺を捕まえようと躍起になっていた……」
クロエが追っ手のマスクを焼いたシーンを思い返す。追っ手の片方は間違いなく『ラビット・フット』で捜していた冒険者であったと。
「で、これで納得してくれた? 俺がアンタらを信用してるってこと」
シュゼット、シア、ベッティは顔を見合わして頷いた。
セノディアは間違いなく自分達を信頼してくれている。そうでなければこれだけの情報を――――特に『内通者』がいるという情報は語らないだろう。
もしもその内通者が自分達だったらどうする? それこそ、今この場で仲間を呼んで一網打尽にされたら一巻の終わりだ。そのリスクがあったのに教えてくれた、これを信頼から来る行動でなくてなんなのだろう。
ベッティは罰の悪い顔をしてセノディアに頭を下げた。
「……首、絞めて悪かったわね」
「それが聞けりゃいいよ。お互い水に流そう」
しかしあっさりと許したセノディアだったが、どこか落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回している。安全圏の庭園まで来たのだから、追っ手を警戒しているのではないのだろう。
「ところで……リリーはどこ行った?」
彼が気にしていたのは、陰の立て役者であるリリーだった。
空間を跳躍する魔法は死ぬほど魔力を使うとリリーは言っていた。だから自分よりも先にリリーを休ませなければ、後日の行動に支障を来してしまう。
兵士やアトリア達も、ハッとした表情で周囲に視線を散らばした。
「リリーってあの肌黒いチビッ子よね? さっきまでここにいたけど……おかしいわね」
「あぁ、俺達を呼びに来てくれたのもあの子だったからな」
「どうしたんだろ……大人しいね?」
先ほどまで四阿の中にいた上に、シュゼット達を連れてきたのは彼女だった。それなのにセノディアが締め上げられたときも含めて、これっぽっちも存在感がないのは妙だ。
全員が首を傾げた時、新米冒険者は聞き慣れた鳴き声が耳に飛び込んできた。
「キュイィッ!」
今回のMVP候補である《屍飛竜》――――クロエちゃんがセノディアの言いつけを守って庭園に来たのだ。




