明日への布石(1)
「そうか……。魔法の壁でコーティングされたアジト……『ラビットフット』の近くにそんな場所があったとは……」
夜分遅くに衛兵伝いに呼ばれたシュゼット・メーラは、煌々と満月に照らされる四阿で、最も信頼の置ける部下のベッティとシアと共に事の詳細を聞いていた。
「お願いします! セノを助けてください!」
アトリアは必死で頭を下げる。セノディアのピンチにもう形振り構っていられないのだ。シュゼットはどうしてこのような暴挙に打って出たのか問いつめたかったが、それらをグッと飲み込んでただ一言――――。
「……分かった」
そう告げた。
「隊長、まさか『崩れ者』を助けに行くんですか!? 自分から勝手に捕まりに行ったんですよ!?」
「私もベッティの意見に賛成です。明日私達が直々に探索すると言ったのに、待てずに行動した末に捕まった。完全なる自業自得じゃないですか」
ベッティとシアは、自分達に何も告げずに行動したセノディア達を助けに行くことを拒んだ。二人はそれなりに友好的な関係を築けていたつもりだったのに、何も言わずに彼らは勝手に宿を抜け出して探索した。それが裏切られたように感じられたからだ。
だがシュゼットは頑として引かなかった。
「陛下は私達を信頼して彼らを預けてくださったのだぞ。私達が陛下の期待に応えなくてどうする。それに……ベッティ、その俗称は気に入らないな」
「……すいません。けど私達はちゃんと忠告したんですよ、何か異変が起きたら私達を呼ぶようにと。それなのに忠告を無下にして……!」
「ち、違うんです! 全部僕が悪いんです! セノは……セノはちゃんと、シュゼットさんに報告しようって……それを……それを僕が無理矢理押し通したから……! お願いです、ちゃんと罰は受けますからセノだけでも助けてあげてください!」
アジトを見つけたとき、セノディアの言うとおり報告するために大人しく宿に帰って明日を待てばこうはならなかった。懺悔しつつ、アトリアはセノディアを救助してくれるように懇願する。
「ちょっといいか」
シアはジッと腕組みしたまま、眠気を押し殺した声で疑問点を口にする。
「彼はパーティリーダーだろう。パーティメンバーはリーダーの決定に口を挟まないのが、君たち冒険者の決まりではないのか? 本当にセノディアは君の意見を受け入れたのか?」
ここは白黒ハッキリ付けなければならない線引きだと、シアはそう語る。アトリアの独断なのか、それともセノディアが了承してパーティとして動いた結果なのか。
それによって今後の対応、引いては自分達が助けに行くべき人物かどうかが変わるからだ。そしてこのパーティを見る目も変わる――――。
「あの、私達のパーティって、私達が所属してるギルドで、『パーティって言うより兄妹みたい』ってよく言われるんです……。だから……だからセノディアさんは私達を逃がして……一人で……」
「えーっとね、お兄ちゃんは優しいからパーティメンバーの意思を尊重……? するの! だからリーダーが決定したことが気にくわなかったら話し合う。それがパーティの方針なんだってー」
言いたいことが纏まらないモミジに代わり、リリーが説明する。
『パーティメンバーが困っていたら他のメンバーが助けてあげる』。それがある種、暗黙の了解としてパーティの方針でもあった。
それは現代に蘇ったリリーのケアだったり、魔法を試し打ちしたいとうモミジのお願いだったり、困っている人に手を伸ばすアトリアの道徳心だったり。形は変われど、セノディアは立場上パーティの生存を第一に考えるためパーティリーダーの権限を持ち出すが、結局最終的に折れるのはセノディアということが多々あった。
今回も例外ではない、ただそれだけ――――。
「なによそれ!」
だが、『個』ではなく『集団』で動くことがベッティには信じられないようだ。
「統率が取れない奴をリーダーに据えて、あんた達みたいなのをパーティなんて呼んでいいわけ? 大体、リーダーの言うことに反発するくらいなら抜けなさいよ!」
「ベッティ、釈然としない気持ちは分かる……。しかし今重要なのはそこじゃないだろう?」
「でも隊長、今の話を聞いていると今回のはちゃんとあの男に従っていればこうはならなかったじゃないですか!」
「確かにそうだが終わったことを責めるな。……それに、私達にも落ち度が無いわけじゃない。そもそも彼らの主体性に任せず、キチンと宿前で見張りでもしておけばこうはならなかった……違うか? 彼らは子供なんだ、何をしでかすかなんて分かりっこない。だが私達は仕事をかまけたんだ。ここはお互い様、そういう事にしよう」
「グッ……まぁ……隊長がそう仰るなら……」
ベッティは、13歳のモミジや、それよりも年下に見えるリリーがいる手前、年齢差まで持ち出されては何も言えない。自分達は大人で、彼女達よりも良い出自であることは自負している。だからこそ、余裕のある大人の対応を心がけるべき。そう敬愛すべき隊長が諭しているのだから。
「しかし……自分達だけでどうにかしようとするのは関心しないな。どうして私達に、隠し部屋を見つけるに至った『声』を教えてくれなかったんだ? やはり……私達が冒険者に辛く当たっているからか……?」
シュゼットは、悲しそうな声色で三人に詰め寄った。
確かに、兵士達は冒険者を兵士になれなかったなり損ないという意味を込めて『崩れ者』と蔑むが、自分だけは――――シュゼット・メーラという、一人の人間としての信頼を得ていたつもりだった。
いや、自分一人ではない。ベッティとシアの二人もセノディアとアトリアと打ち解けていたハズだった。それなのに自分達が信頼に至るまでの人間でないと、そう判断されたのが、彼女はただ悲しかったのだ。
「それは――――」
アトリアは否定しようとした。
「――――……そりゃ違いますよ……」
しかし意外にもその問いには、四阿の外から飄々とした男の声が三人に代わって応えた。
「誰ッ――――!?」
くるりと全員が四阿の外を見やる。額や首筋から汗を流し、血で真っ赤に染まった肩を押さえたセノディアがいた――――。




