反転、反撃(3)
「クソが……妙なモン持ち歩きやがって! まさか別のマジックアイテムを持ち出すとはな……!」
「《アックスマスタリー》の癖して器用な真似しやがってよォ!」
真相に踏み込んだセノディアだったが、まずは追っ手をどうにかするのが先決なため臨戦態勢を取る。
追っ手はセノディアが火系統のマジックアイテムを使ったと勘違いしていた。聞こえてきた鳴き声も、マジックアイテムを起動させる音か何かと思っているのだろう。普通の思考回路をしている人間ならばそう考えるのが道理だ。まさか、《屍飛竜》が鞄の中に収納されているとは夢にも思うまい。
「……お前達さ、俺を殺すつもり無ぇだろ?」
しかし真相を早く知りたいという知的欲求が先走ったセノディアは、鎌をかけるように質問を投げかけた。
「お前達の目的は『始末』ではなく、『生け捕り』……違うか?」
ただの疑問であり、確証はない。
「……一々丁寧に答えるかよ馬鹿が。いいか、他にも俺の仲間がいる。このまま大人しく捕まって半殺しにされるか、半殺しにされて捕まるか好きな方を選べ」
宵闇でハッキリとは見えないが、足元に散らばった黒いマスクの残骸から火の粉で着火したマスクを脱ぎ捨てた男が、怒気を含ませて最後の通告をしていた。
まさか『Gランクの冒険者』一人にここまで手こずるとは夢にも思わなかったのだろう。年端も行かない子供に翻弄されながら逃げられ、やっと掴まえたと思えば呆気なく謎の炎の反撃を食らってしまった。マスクを焼かれた男はパニックこそ起こさないものの、冷静では居られなかった。言わなくても良いことまでペラペラと喋ってしまっているのがその証拠だ。
「ほーん……やっぱ殺す気は無いのね。それに追っ手もいると」
『半殺し』というワードが殺すつもりはないことを示している。それに二人の他にも別働隊が迫っているという情報を得られ、ここでちんたら長話に興じて情報を引き出す時間が無いことまで情報を抜き取れたセノディアはこれ以上の追及は避け、さっさ庭園で仲間と落ち合い、事の顛末をシュゼット・メーラに報告すべきだと完全に気持ちを切り替えた。
「お前達に良いことを教えてやるよ。俺はマジックアイテムは使ってないし、斧をメーン武器にしてるっちゃしてるが《アックスマスタリー》でも無いんだなこれが」
「なにっ!?」
こちらの情報などいくらでも手放していい。《マスタリースキル》を使って追いかけてくるということは、並々ならぬ手練れという証。どうせこのまま放っておいても身辺の情報を集められて逃げ場が無い。
ならば今こちらが持ち得るアドバンテージを惜しみなく使い切り、逃げられる可能性を1%でも上げて、後日また仕切り直した後に反撃に転じるのが最善手だとセノディアは考えていた。
「つーわけで、予想を悉く外した二人には俺に代わって――――コイツが相手をしてくれるってよォ!」
意気揚々と宣言したセノディアは、心の中で乱暴にしてゴメンと謝りながらショルダーバッグから真っ黒な物体――――クロエを引っ張り出して宙に放り投げた。
「グガァッ!」
クロエは久しぶりに室外を飛べる嬉しさから、宙に放り投げられたことなど気にも留めず、まずは一発、挨拶代わりに火の球を口から吐き出した。
暗闇が赤光で照らされる。
「なっ!? あれモンスターか!?」
「さっきから炎を出していたのはアレか!」
再度、身を焦がす炎によってパニックに陥る追っ手の二人組。
武装からセノディアが《アックスマスタリー》であると判断したこと。それ故に《フラッシュハンズ》を消したのは触媒を通して発動した魔法によるもの――――。《マスタリー》持ちに戦い慣れているからこそ、彼らはセノディアの戦力を決めつけていた。それが仇となった。
逆にビギナーズラックとは少し違うが、新米冒険者らしいがむしゃらな逃走を繰り広げながらも、『逃げる』という一点突破を狙ったセノディアが一歩リードすることになっていた。
(あの顔……?)
そしてセノディアは見てしまった。炎に照らされて浮かび上がった、マスクを脱いだ男の素顔を――――。
目つきが細く、鼻が潰れ、左頬に火傷の跡らしき黒い斑点――――。
『《エアフィスト》――――!』
(……ああああぁっ!)
合致する人物が一人いた。ショーン少年にイチャもんをつけて暴力を働いた《マーシャルアーツマスタリー》の冒険者であった――――。
まさかこんなところでお目にかかれるとは、驚愕のあまり口元を押さえるセノディアに対し、追っ手の二人は、いきなりショルダーバッグから現れた火を吐いて牽制を続けるクロエに手を焼いていた。何とか炎を避けつつナイフを振り回して応戦しているが、身を守るので精一杯だ。
「コイツ……もしかして《テイマーマスタリー》か!?」
「そんな馬鹿なことがあるか! だったらもっと早くからモンスターを出してきたハズだ! それにアイツから横流しされた情報が一致しない、コイツは斧がメーンの武器だ!」
「だったらこのモンスターはどう説明するってんだ! 見るからに手なずけてんじゃねぇかよ!?」
「俺が知るかァッ!」
(横流し?)
狼狽える追っ手から、ポロリと零れたワードがセノディアの好奇心を揺さぶった。いつの間にか、第三者によって自分達の情報が横流しされていたらしい。
(これは……思わぬ収穫だな)
今得られた情報は兵士への貸しに使える『手柄』だと、セノディアはそう思わずにいられなかった。
彼にだって少なからず自己顕示欲がある。
飛竜のクロエを新米冒険者三人で制したことや、休憩所の地下空間を発見した時がソレだ。その時は魔王様を守るために詳細な内容を口外できず、正当な報酬などはもらえなかったが、今回の『第三者が情報を横流ししてる可能性』は表だって報告できる内容だ。
おまけにタイミング良く、近衛兵のシュゼット・メーラと顔見知りにまで仲良くなっていた。無事にこの情報を持ち帰り知らせることができれば、きっと何らかの褒章が貰えるに違いない。
仮に褒章がもらえずとも『貸し一つ』とし、何かしらの牽制くらいには使えるだろう。
「まぁ今はいいか……クロエ! 適当にあしらったら王城の庭園で合流しよう。お前のご主人様の魔力を辿れば分かるよな!?」
「ギュアアァ!」
「あ、マジで分かるんだ……。よーし、じゃあ後は頼んだ!」
前衛をクロエが体を張ってセノディアを守ってくれている。その陣形を崩さないまま、別働隊が来るよりも早く脱するために後退した。本物の《テイマー》だったら声を大にして「モンスターを犠牲にして逃げるとは何事か!」と怒りに燃えるだろうが、残念ながらセノディアは《テイマー》ではないし、クロエは体をバラバラにされても蘇る《屍飛竜》だ。
と言うか、そもそもクロエは傷一つ負うことはなかった。
小型化したサイズに加え、黒い体色が深夜の背景にマッチしてカモフラージュの役割を果たしてくれている。一応、宙を飛んでいるので目を凝らせば終えなくはないが、追っ手が一生懸命振り回すナイフをヒョイヒョイと避けて見せた。
そしてセノディアの命令通り、適当に火の球を放ってクロエはその場を去っていく。
「待てぇ! 逃げてんじゃねぇぞ! 出てこいクソガキがぁ!」
「クソッ……上に何て報告すれば……」
跡に残ったのは、クロエのプチブレスであちこちを焼かれ、まんまと逃げおおせたセノディアに苛立つ追っ手二人組だけだった。




