反転、反撃(2)
火の出所はセノディアの背負っていたショルダーバッグからだった。火の粉を振りまいて追っ手の眼前に迫る。
「ウォッ!?」
「何だ!?」
しかし追っ手は元から《アックスマスタリー》による反撃を警戒していたためナイフの腹で払い、これを退けた。
「熱ッ!? あっつ!?」
が、不意打ちには違いなく理想通りとは行かなかった。振り払われた火の玉は破裂し、一人の追っ手の口元を隠していたマスクに飛び火、着火した。追っ手は思わずマスクをかなぐり捨てて地面に叩きつけるが――――。
「ガアアァッ!」
ボウッ、ボウッ――――。立て続けに二度三度と飛び出す火の玉が焦がし続けた。
「おい魔法は使えないんじゃなかったのか!?」
「何なんだよ畜生!」
何度も火の玉を振り払ったが、やはり破裂した火の粉が服に飛び火するのを防ぐ事はできず、二人組の追っ手は狼狽え、パニックになった。
「な、何だ一体……」
事態が飲み込めずに驚くのは、セノディアも同じだった。彼は魔法の類は使えない。魔法を使うための触媒や呪文一つも知らないのだ。
にも関わらずショルダーバッグから火の玉が追っ手に突き刺さった。
「……そう言えば」
しかし、火の玉が出たときに何か鳴き声らしき音が聞こえたのを思い出す。心当たりが一つだけあったセノディアは、パチンパチンとショルダーバッグの留め具を外した。
すると、鞄の中から翼の生えた物体が顔を覗かせた。そこには、飼い主であるリリーの魔法によって全体的にスケールダウンされ、ついでのように可愛らしくデフォルメ化された小さな竜――――クロエがいた。
「おーやっぱり! サンキュークロエちゃん!」
「クァッ!」
窮地を救ったクロエのサイズは50cmの縫いぐるみレベル。かつてセノディア達を焦がした炎とサイズが違い、かなり力がセーブされていることが一目で分かる。飛竜の一種である《屍竜》としてのサイズならば、『火耐性のエンチャント』がなされていないここら一帯は焼き払われていただろう。
今は飼い主の仲間であると認識しているのか、有り難いことにセノディアに味方してくれているのだが、精々がCランク冒険者が放つ《ファイアアロー》という魔法と同等の威力で、追っ手二人を相手取るには文字通り火力不足が否めない。
ならば即断即決、当初の予定通り逃げるが吉だ。
「クロエちゃん、もうちょい火力弱めでこっちも頼む!」
「ガァッ!」
一鳴きすると、小さな口を目一杯広げてセノディアの足元に火力低めの炎を吐いた。セノディアの足を焦がさないよう掠らせるよう角度を調整して炎をはかせた。果たして、シュウゥと蒸発する音と同時に『フラッシュハンズ』が消えていった。
しかし状況が好転したとはいえ、『霧』や《フラッシュハンズ》を発動した主は今もどこかでセノディアの動向を監視している可能性が高い。今すぐにでも王城まで逃げ出して三人と合流しなければならなかった。
「待てやガキィ!」
クロエを抱えて走り出そうとしたセノディアの背後から、ヒュンヒュンと、二丁のナイフが踝と太股を掠めて飛んでいった。振り向くと、パニックからなんとか復帰した追っ手の一人が新たなナイフをホルダーから抜いていた。
《シーフマスタリー》には、《スローイングダガー》という投擲スキルがあるのだが、今のは何の仕掛けもないナイフ投げ。《スローイングダガー》は飛距離や貫通力が増し、1割の確立で自動的に急所に命中するというスキルなのだが、その分コントロールがブレるのが難点だ。
しかし、リリーが《瞬間移動魔法》を使ってモミジとアトリアを連れて逃げ、セノディアが《シュラウドハイド》を使った際、彼の肩へ直撃させた一撃も普通の投擲だった。その時のセノディアは棒立ちだった。スキルの影響でコントロールが悪くなろうが流石に当てられるだろう。
今もそうだ。背中を向けて真っ直ぐに逃げていただけなのに、どうしてわざわざ動いて狙いづらい脚部を狙う必要などあるのだろう。
(まさか……)
じんわりと痛む肩の傷で覚醒している脳内にふと過ぎるのは、牢に繋がれた少年少女達――――。
(コイツ等ッ……!)
殺傷能力のない罠の《フラッシュハンズ》にしろ、逆に殺傷能力の高い《スローイングダガー》を使わなかった事にしろ、今までの状況から推察するに、彼らの目的は「セノディアの生け捕り」なのだろうとアタリを付けた。それなら、全て足止めするスキルばかりを使われたことに辻褄が合う。
頭の奥底でカチリとピースが嵌った音がした――――。
(俺も……商品に勘定されてたってのか……)
彼らにとって、セノディアという人間はどう映っているのだろうか。
『追っ手と追われる側』として考えるのではなく、『人攫いと攫われる側』と考えてみるとしっくり来るではないか。
逃走劇が始まる再、太った男は自分を指さして騒ぎ立てていた。アトリアでも、モミジでも、リリーでもなく。それは自分が口封じの対象であり、また商品でもあるのだと想定すれば、今こうして殺そうとしないのも辻褄が合うではないか――――。
捕まれば自分に待ち受けるのは死ではなく、あのアジトに並べられた"調教道具によるおぞましい変態嗜好を満たすための道具になる"だろう――――。
「……ッ!」
踏み込んではいけない領域に踏み込んだような気がしたセノディアの背中に、悪寒が走った。




