反転、反撃(1)
セノディアが「やらかした!」と気づいたときには既に遅く、真っ黒な複数の手が太股をガッチリ掴んで離さなかった。驚いて振り解こうとするも前のめりにつんのめってしまった。
地面から生える影の手は、《サポートマスタリー》が適正スキルの《フラッシュハンズ》と呼ばれる拘束タイプ魔法だ。
《サポートマスタリー》保持者であっても、発動までに10秒前後もの時間がかかるが、それに比例して拘束時間もかなり長いのが特徴で、大型モンスターなどを足止めする時に使われる魔法として有名だ。
(どっから俺のことを見てたんだよ!)
セノディアはサポートに秀でたスキルを一通り囓っていたため、《フラッシュハンズ》の厄介さは知っていた。
しかしデメリットとして、対象を視界に入れ続けないと効果が発揮されないという特徴がある。使用者はどこから自分を見続けていたのだろうか。また、濃霧が満ちる中で姿を隠していたはずなのに、どうやって『霧』に紛れた自分を補足できたのだろうか。
その疑問は、セノディアを追いかけていた追っ手はによって直ぐに解けることとなった。
「ターゲットを捕獲したそうだ。場所は『霧』が薄いところらしいぞ!」
「ったく、上から眺めつつ命令出して方はいいよな。もう少し現場で走る回る俺達を考えてくれよ」
(上から……ッ!?)
空を見上げたセノディアは合点が行った。自分の上部だけ『霧』が薄く掃けている。
この『霧』を発生させた《サポートマスタリー》持ちの追っ手が、どこか街の高台から屋根を走るセノディアを監視していて、部分的に霧を薄くして彼を視界に捕らえたのだ。
今も監視者は、高台から身内にしか伝わらない手段で追っ手に合図を送っているのだろう。追っ手はどこか安堵の表情を浮かべながらセノディアを探し続けている。
「しかしここで《フラッシュハンズ》とは、あいつも博打に出たな」
セノディアは追っ手の言葉でハッとした。
このスキルにはもう一つの弱点があり、手が足を掴もうとするタイミングでターゲットを掴み損ねると、手は役割を果たしたと勘違いしてすぐに消え去ってしまう。再使用のクールタイムは長く、また最初から捕獲先を視界に留め続ける必要があるため失敗したときのリスクは計り知れない。
つまりセノディアには、屋根から飛び降りても《フラッシュハンズ》から逃げられるだけの猶予があったのだ。それを悟られないよう、セノディアが足を止めたタイミングを見計らい、尚かつ霧に乗じて姿形がシルエットのスキルを使ったのも、流石は場数を踏んだ追っ手なだけあった。
その上で追っ手が安堵したのは、子供一人にここまで手こずらされたことと、奴隷商人と築いた関係を台無しにしないで済んだ一心からだった。
(チッ! やっぱホームでの追いかけっこはあっちのがうめぇなぁ!)
経験不足を噛み締めながら、自分の迂闊さをマジマジを感じさせられたなと、舌打ちをしながらセノディアは地面から伸びる手を切り落とそうと斧に手をかけた。
手を切り落とすためだ。それが手を振り解くのに有効的な対処法かどうかは知らないが、形振り構っていられない。
「霧が薄いのはここら辺――――いたぞっ!」
既に追跡者はそこまで近づいていた。あちらは人数の利を生かし、追跡役と見張り兼足止め役に分担しながら機をうかがっていたのだ。
のんびりとしていられない。早く斧で手を切り落とすしかない。
「あぁクソッ……! んで気づかなかったんだよ!」
斧を抜き放って自分の愚かさに悪態を吐きながら舌打ちをした。
彼は今、焦っていた。
村を出てから長らく頼りになるパーティメンバーと苦楽を共にしてきたセノディアにとって、久々に訪れた『孤独』とも戦わなければならず、一人でどうにか窮地を脱しなければならないという焦燥感は冷静な思考を真っ白な更地にする。
「フッ!」
セノディアは肩の痛みに耐えながら、右足に絡んでいる手の根本目掛けて斧を思い切り振り下ろした。
「クッ、ダメか……!」
――――しかし切れない。
グミかゴムにを踏みしめているかのように手応えが感じられない。よく目を凝らすと、グニャグニャと手が変形しながら衝撃を吸収して刃を受け止めていた。ならば、のこぎりのように押して引いてを繰り返して切れ目を作ってみてはどうかと試すが、めぼしい効果は現れなかった。
文字通り悪手。《フラッシュハンズ》の性質を知る者ならば誰もが彼の行動に苦言を呈するだろう。フラッシュハンズに物理的攻撃は一切効かない。引きはがすならば魔法しか無いのだ。
セノディアには状況を打破する解決策が取れる。一人で王都をぶらついていた時に買ったマジックアイテム『炎の魔石』の粉末だ。魔力を込めれば発火する特性を持っているためそれで対処できるのだが、焦りと痛みで支配された脳がそれに気づくことはなかった。
「手間かけさせやがって!」
「おい気をつけろよ! ソイツ、《アックスマスタリー》だ」
気づけば、周囲の『霧』はすっかり薄くなっている。追っ手もこれ以上視界を奪う必要はないと判断したらしい。ここで終わらせるつもりだ。
座り込んで《フラッシュハンズ》と格闘するセノディアを遠目に発見した二人は、ナイフを手に、警戒に警戒を重ねて有効な距離を測っていた。
斧を持っていることから、セノディアの《マスタリー》が何であるかを想像したのだろう。反撃をもらわないよう慎重に、ジリジリと、しかし着実に近づいていく。
幾重にも重ねた鉄のプレートを一刀両断するスキルや、ブーメランのように投擲するスキルなど、《アックスマスタリー》には一撃必殺のスキルが多数存在している。座り込んだセノディアの様に一見無防備に見える体勢であっても、警戒に警戒を重ねないと瞬く間に脳天をかち割られるだろう。
こういう、一手一手が重要な正念場だからこそ彼らは用心する。冒険者たらしめる用心深さ。それはセノディアにも見られた特徴だったが、比べものにならないくらいにありとあらゆる可能性を考慮して動いていた。
それに加え、セノディアとの違いとして、彼らは雇われた冒険者だ。バックにいるクライアントの存在が大きすぎるから慎重にならざるを得ないのだろう。
「チッ……クソ!」
セノディアは《フラッシュハンズ》を切るのを諦めて、斧を構えて立ち上がった。彼らの言うとおり、自由の効く上半身だけで反撃に転ずるつもりだ。しかし追っ手の危惧していたように《アックスマスタリー》は使えない。虚勢で頑張るしかなかった。
「魔法は使えないから《フラッシュハンズ》をふりほどけないだろうが……手負いとは言え侮るな。先ずは反撃されないように腕から潰すぞ」
「あぁ」
だが、冒険者業を謳歌するセノディアと、《マスタリー》を金の道具にする彼らの間に、ある一つの決定的な違いが浮き彫りになった。
セノディアは「真剣に、慎重に、そして楽しく」がモットーの冒険者だが、時には博打を打てる大胆さも兼ね備えていた。逆に彼らは失敗したときに失う物が多すぎて博打は打てない。何というか、RPGでも一つの戦闘が終わる毎に回復したがるとか、カードゲームでも盤面を処理したがるとか、とにかく自分が安心しなければ最後の一歩を踏み出せないでいる。
それもそのはず。彼らは、殺人と同等の重い犯罪である『奴隷売買』の手伝いをしているのだ。
それも、売った買ったの数は1や10ではない。これが公になったらタダでは済まされないし、なによりもバックについているスポンサーの存在を考えたら、失敗は許されないという考えに至るのも仕方ない。だから《フラッシュハンズ》という博打技を使った監視者に驚いたのだ。
だが、今回ばかりはその用心深さが仇となった――――。
「グギャアウゥ――――」
「……何だ今の声?」
「さぁ? あの坊主から聞こえた気がしたが……」
「――――グガアアアァァッ!!!」
ボウッ――――。嘶きと同時に大人の顔ほどの火の玉が、勝ちを確信した追っ手目掛けて飛んでいった。




