悪路を抜けて(2)
王城は小高い丘の上にあり、王都のメーンストリートを歩いていけば自然とたどりつく場所にある。巨大な建造物なため王都レッドバリの門からも視野に入れることができるくらいだ。普段なら、幅の広い路地にさえ出れば嫌でも見えるのだが、人工的に発生させられた『霧』に遮られている効果は予想以上に覿面だった。
「ハァハァ……。あれ、さっきも見たなこの道……」
またしても、普通に真っ直ぐ走っていれば王城の庭園が遠目に見えていてもおかしくない距離を駆けたのだが、彼は同じ道を何度も通っていた。『霧』で完全に方向感覚が狂っていた。
現状追いつかれることは無いが、『霧』で逃げることもできない。このままだと延々と走り回されるセノディアの方が、追っ手よりも先に体力が尽きるのは目に見えている。となれば体力勝負になるが、そうなったらこっちの負けが濃厚────追っ手の方が一枚も二枚も上手だということを思い知らされていた。
(落ち着け落ち着け……! あのタギングはさっきも見たから、この道は曲がらなくてもよくって、直進すれば庭園のハズだから……! 大丈夫、通ってきた道は思い出してきた! ここは――――真っ直ぐ行こう!)
一度頭を冷静にし、さっきまで走っていた景色の映像と『ラビットフット』に来るまでの道のりを掛け合わせて、現実にリンクさせながら走ることにした。
そうすれば自然とどこがダメだったか気づく。先ほどは道なりに沿って右に曲がったから失敗したのだと。しかし左の道もダメだ、先ほど自分が逃げるときも使った樽や木箱が転がっていて足元が悪い。
(右も左もダメ……じゃあ真っ直ぐでよくね?)
ならば正面を突っ走ればいいと、消去法で第三の選択肢を取る以外に方法は無かった。しかし眼前には民家の壁。とてもではないが壁を破壊して走るなどというギャグマンガの如き強行突破は望めない――――。
(あぁもうッ……あったま来た! 上ってでも逃げおおせてやる!)
しかしセノディアは諦めなかった。ままならない現状に痺れを切らし、スススッと民家から距離を取る。壁近くには、おあつらえ向きの足場となる木箱がゴロゴロと転がっていた。また、1~2階建てと背丈の低い民家が続くため、目線の先には頑張れば上れる屋根がズラリと並んでいた。
つまり屋根に乗って、そのまま他の家々の屋根を伝いながら逃げれば良い。真っ直ぐ。ただ愚直に真っ直ぐ行けば王城へたどり着けるとの考えだ。
「ハッ! よっと!」
ホップ・ステップ・ジャンプと、タイミングを見計らいながら渾身の力を込めて木箱を踏み台にジャンプした。
「グッ……!」
ギリギリで第二関節が屋根を掴み、そのまま体重を持ち上げて屋根の上へと転がった。住人は寝ているのか、それともいないのか。住居からの反応はなかった。
「いっ――――!? 痛っつぅ……!」
体を転がしたところで、セノディアは襲いかかる疼痛に顔を歪める。《下級赤ポーション》で騙し騙し駆け抜けてきたが、ここに来て頭が冷静になったためアドレナリンの分泌も落ちついており、屋根の上へと上ろうとして全体重の負荷が肩にかかったため傷口の激痛が彼を襲った。
「けど……走らなきゃなあぁ!?」
だが痛みにかまけている余裕はない。誰に聞かせるでもなく気合いを入れ直したセノディアは、肩を押さえながら立ち上がった。全体的に背丈の低い家々が続くため、『霧』に飲み込まれない高さを稼ぐことは望めなかったが、真っ直ぐに走ることに集中するためだ。
肩を押さえ、出血量を少なくしようと考えながら、気休め程度に二本目の《下級赤ポーション》を経口摂取し、余った分を肩に振り掛ける。もう《下級赤ポーション》は品切れだ。次に深手を負わされたら逃げ切ることは難しいだろう。
そうして彼が異変に気づいたのは、走り出して30秒ほど経ってからだった。
「ハァハァ……あれ……? もう来ないのか……?」
額から汗を垂らし、髪の毛を風に靡かせて疾走していたセノディアは、走るフォームから徐々に早歩きまで戻していった。先ほどまでの背中にチクチクと感じる痛々しい敵意や、迫り来る足音に怒鳴り声が、なりを潜めてしまったのだ。
彼は「もしかして」という一縷の望みに賭けながら、チラリと後ろを振り返った。
通ってきた家々の屋根には、それらしき姿は見えない。
「よっと……」
セノディアは肩を庇いつつ、屋根からゆっくりと降りた。
降りた屋根から落ちる土塊。適当に投げ捨てられた食べ滓や瓶に生ゴミ。霧に包まれ静まりかえったグレーの路地――――。まだまだメーンストリートまでの道のりはあるが、自分が通ってきた道筋には追跡者の影も形もない。
もしかしたら、いくら『霧』を張っていたからと言っても、人目に着きやすい屋根を歩くのはリスキーだから屋根は避けたのか。それとも……それとも追っ手を振り切れたのか――――。
(馬鹿か俺は!)
パンッ!と怪我してない方の手で頬を叩き、喝を入れた。自分にとって都合の良い解釈が浮かび上がる思考は、油断に繋がり、やがて死へと直結するからだ。
セノディアは、更に早歩きから足音を潜めるために徒歩へと切り替えていく。追跡を諦めたなどという楽観視はせず、今もどこかで自分を探している可能性を考慮して、『隠遁』に専念するつもりだ。
尚も歩みを止めないのは遠くへ、とにかく遠くへと逃げるため。アトリア達と合流するため。そして王城に逃げ込んでシュゼット・メーラにアジトで見たことを全て報告するため。
農業と狩りで鍛えた体力の続く限り、彼は逃げ切るつもりだった。
「ふーっ……」
路地の曲がり角から顔だけを覗かせ、周辺の建物や風景を観察し、王城に正しく自分が歩けているのか確かめようとした。
その時だ――――。
「イッ――――!?」
やはり彼らは追跡を諦めていなかった。うじゅるうじゅると、歩みを止めたセノディアの足元から、無数の黒い手が生え伸びたのだ――――。




