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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
101/139

悪路を抜けて(1)


「ハッ……ハッ……ハッ……!」


 濃霧で灰色に染められた裏路地を、黒い影が塗りつぶしながら駆け抜ける。ショートカットの黒髪と獣皮で作られた茶色いショルダーバッグが飛び跳ねていた。


「グッ……!」


 黒い影――――セノディアは、苦しげに呻いて肩を押さえた。しかし全速力でスピードは落とさない。押さえた指の隙間からポタポタと血が流れ、地面に落ちては乾いていく。


「見つけたぞ!」

「よし、スキルを使って一気に距離を詰める!」


 血痕を目印にしながら追うのもまた、二つの黒い影。

 逃走者(セノディア)の肩から血が流れていたのは、二人の追っ手が投擲したナイフによる負傷だった。刺されたナイフは既に自分で抜き取っており懐に仕舞われている。

 傷口が深くないことと、毒が塗られていなかったことが不幸中の幸いだろうか。これで神経毒や筋肉毒などが塗られていたら目もあてられなかっただろう。


(アトリア達は上手く逃げられたんだよな、信じていいんだなリリー……!)


 袋小路に追いつめられたリリーがアトリアとモミジを掴んで《瞬間移動の魔法》を使った瞬間、セノディアは屋台のおっちゃんからもらったマジックアイテム――――《シュラウドハイド》を使用して透明になり、その間に男達を出し抜いたのだ。最も、姿が見えた瞬間御覧の通り追い打ちを食らったが――――。


「逃げられると思うなよ! 《ショートブリンク》!」


 黒染めされたローブで全身をスッポリ被った追跡者は、《シーフマスタリー》のスキルを使いながら距離を詰める。


「しつこいな……これでも食らえや!」


 しかし、セノディアとて何も考えずに逃げているわけではない。這々の体になりながらも、雨水を溜めるための樽や中身がスッカラカンになった木箱などをすれ違いざまに後ろへと蹴飛ばし、足止めしながら逃げていた。この試みは上手く行っており、追跡者は思うように動けずにいる。だが数に限りがあるし、そもそも何の障害物もない道だってある。いつまでも通用する戦法ではないだろう。


「あぁクソッ! 猪口才な……おい、アイツにこの『霧』を消すよう言ってくれ! このままじゃ追いづらくて敵わねぇ!」

「ダメだ。『霧』があるから俺達も堂々と追えていることを忘れるな」


 追っ手の一人が相方に愚痴を飛ばす。この『霧』が彼らによって意図的に発生させられた事は明白だったが、それによって飛んでくる木箱や樽などを躱すのに手一杯になり、完全に裏目にでてセノディアの反撃を許してしまっていたのも確かだ。

 じゃあ消すかと言ったらそうもいかない。『霧』があるからこそセノディアの方向感覚を狂わせてここに閉じこめておけるし、何よりも目撃者がいないという最大のメリットがある。

 消したいが消せない――――ジレンマを抱えながら走るしかなかった。


「にしてもまた《シーフ》かよ! 俺も運があるんだか、無いんだか!」


 一方のセノディアは「こんな宿命懲り懲りだ!」と逃げ回りながら嘆く。リリーの封印を解くきっかけになったスヴェンも《シーフマスタリー》を保有していたため、その時の戦闘経験が僅かながら功を奏して生きていたが、追いかけてくるのはまたしても《シーフ》。どうして自分はこうも《シーフマスタリー》に狙われてしまうのか――――。


(それよりもヤベェのは……追っ手が《マスタリー》持ちっつーことだな)


 しかし、それ以上に危惧している事があった。ショルダーバッグから《下級赤ポーション》の瓶を取り出し、キュポンと蓋を開けて肩の傷口に振り掛ける。

 そもそも《マスタリーシステム》とは、異能を持たない常人が一夜にしてスーパーマンになれる夢の能力だ。保持してる《マスタリー》が、これから使おうとするスキル・魔法に適正であれば消費魔力が大幅にカットされ、また詠唱も必要なくなる。これがどれだけチートじみているのかは、《勇者》の武勇伝を聞けば誰もが納得するだろう。

 だからこそ、彼らが住まう王領モリノティスには一つの法令あった。それは『《マスタリー》が授けられるのは、国に仕える兵士か冒険者のどちらかだけ』と――――。前者は国を守るために当時の王が、後者は勇者によって冒険者が生まれるきっかけになった決まりだ。破れば当然罰せられ、《マスタリー》が没収された上に牢に投獄されるか、酌量の余地なしと見られれば即死刑である。

 それともう一つ重要なのが、そもそも《ミディエーター》と呼ばれる選定者を介することでしか《マスタリー》を授けられることはない。《ミディエーター》は、ある女神からの啓示を授けられた女性にのみ与えられた称号であり、それと同時に《マスタリー》の授与・剥奪の権限を持っている重要人物だ。当然こちらも、女神を祈りを捧げる教会――――ではなく国によって管理されている。

 追っ手は《シーフマスタリー》が適正のスキルを幾度となく使って来ていることから《シーフマスタリー》なのは疑いようがない。でなければとっくのとうに魔力が枯渇してぶっ倒れているだろう。

 では上記の決まりを踏まえた上で、一体『何者』なのだろう――――?


 まさか国の兵士が造反したか――――?


 はたまた冒険者が甘い汁を啜ってるのか――――?


 セノディアは走りながら考えを巡らせていた。いずれにせよ、今分かっているのは子供を中心に誘拐している犯罪シンジケートの一員であることだけだ。


(あぁクソッ! これで変なのに目を付けられたら全部アトリアに擦り付けてやる!)


 ろくでもない連中に関わっちゃったなぁと舌打ちをしながら、セノディアは狭い裏路地を逃げ回り続けた。


「《ショートブリンク》――――あぁクソッ! ここじゃ狭すぎて使えねぇ!」

「右――――いや左か! チッ……また入り組んだ所に逃げやがって」


 レッドバリがホームの追っ手側が、地形を覚えているため有利なのはずなのだが、幾度となくセノディアにフェイントを入れられてイライラを募らせていた。

 おまけに逃げ道は路地であり、整備された平坦な幅の広い道路ではない。樽や木箱などの障害物だけでなく、不規則に曲がった路地にでこぼこして湿気によりぬかるんだ道。《ショートブリンク》は一瞬だけ移動速度を加速させるスキルなため、障害物にぶつかったり転んだりすると大怪我は免れない。

結局の所、稼げる距離は駆け足で追いかけるのと大差なく、ただ愚直に先回りなどをして追いかけるしかなかった。


「よっ、ほっ、とォ!」


 一方のセノディアは、肩を負傷しているなどと微塵も思わせない、軽々とパルクールの要領で裏路地を疾走する。閑散とした村に生まれ、幼い頃から大自然に囲まれて育った彼にとって、屋根や木箱や凸凹した足場の悪さなどの障害物は、木々の枝葉や岩と大差なく駆けられていた。時にはワザと肩の血を逃走経路と反対側に散らして、時には物陰に隠れてやり過ごしてから来た道を戻ってみたりと、逃げ方に工夫を凝らしながら走っているの時間を稼げている要因として大きい。


(ヤベー……こっちであってるよな……?)


 しかし逃げる方向はぐっちゃぐちゃ。《下級赤ポーション》で痛みをどうにかしても、初めて訪れたから土地勘は無いし、逃げるのに有用な《マスタリースキル》も無い。

 そこまで方向感覚が悪いワケではないのだが、全速力で逃げるのに夢中になりすぎているのと、また追っ手を欺くために自分でも分からないくらいフェイントを入れたためぐるぐる同じ所を回っているからだ。


「あーもう……これさえ無ければ……!」


 セノディアは、視界を阻んで止まない『霧』を邪魔そうに振り払おうと手で煽った。


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