議場-008 窓を埋め尽くすほどの巨龍がいる
「私と陛下が争ってなんとなる? 混乱か? 反乱か? 私が? この第一皇子が?」
と第一皇子が言った途端、とても覚めた目で、偽バイローンを眺めた。そして続けた。
「何を思っているのか知らないが、陛下の治世を覆せる者などいない。今、この時に、陛下以上にこの城を掌握しておられる方はおられぬ。おまえは夢を見ているのだろう」
「夢、ですかい」
と偽バイローンがサテンの腕を引きながらじりっと下がった。そして、サテンに囁きながら、
「窓の外に龍がいる。いるのが見えよう? 巨大な龍だ。顔が窓を埋め尽くすほどの巨龍がいる」
と言って、サテンの向きを強引に変えた。サテンはすっと顔を上げた。窓を見る。じっと、床から3階程上の階まで吹き抜けになっているような巨大な窓をじっと見上げて動きを止める。窓の外は、漆黒の森の上に群青色の夜空が見えた。第一皇子の目には、白く大きな月が森を覆いそうなほど大きく浮かんで見えた。サテンはじっと月を見る。
「見えるだろう? 巨大な龍だ」
と偽バイローンは言い続けていた。サテンは視線を上げて、動かない。偽バイローンはサテンの背を押し、
「そっと歩け。慌てて動けば龍が見る。龍が吠えて、龍に食われる。気づかれるなよ。静かに、そっと、向こうへ歩け。まっすぐだ」
サテンは窓の外を見上げながら歩き出す。絨毯の上を音もなく。ガラスの窓に向かってまっすぐ。その背を押すかのように、偽バイローンの声を飛ぶ。
「そうだ。まっすぐ、そのまま、まっすぐ、歩きなさい。静かに、龍にばれたら命はない。そっとだ、そっと」
と言いながら、偽バイローンは口の端に皮肉な笑いを乗せた。そして、第一皇子に低い声で、
「所詮は人間なんてのはこんな程度さ。どんな偉そうな顔をしていたって、ちょっとそそのかされれば、すぐに信じる。声を聞いて、疑うどころか、迷う事もしないで。龍だと言って乗り込んで、ペルシール地方を我が物顔でもらうような男でも、囁かれたらこの程度だ」
と言って、暗い目で第一皇子を見上げた。第一皇子は足を肩幅に広げて立ち、軽く腰を落として、すぐさま偽バイローンへ飛び出せるように備えた。しかし、偽バイローンが、
「ほら、サテン、そのまままっすぐ、まっすぐだ」
と言うのを聞くと、低く脅すような声で、
「あの窓は強化ガラスだ。そう簡単には割れぬ」
と偽バイローンへ言った。偽バイローンは鼻で笑って、
「サテンよ。窓の外へ逃げねば危ない。振り返るなよ。背後にいる。そうだ、龍だ。恐怖の龍が後ろにいるぞ。前へ出よ。まっすぐ前へ、窓の外へ、飛んで出よ!」
と言って、第一皇子をちらりと見ながら、
「窓のふちに留め金がある。外して窓を解き放て」
とはっきりとした声を出し、それから、一言、
「走れ!」
と怒鳴った。サテンは緩慢な動きをして、ゆったりと、それから、まるで操られるかのように大股で歩き出し、まるで空間を駆けるかのように動く。第一皇子は低く息を吸って、声を上げた。
「とまれ、サテン! 何もいない!」
サテンは聞かず、まっすぐ窓へ飛び込んで、頭からガラスの真ん中に突っ込んで、鈍い音が響いた。
「強化ガラスと言っただろう」
と皇子が静かにつぶやいた。偽バイローンは舌打ちをする。
「これだから頭の悪いやつは」
とつぶやいてから、サテンに背を向けた。まるで、そこに何もないかのように、視線を外した。
頭から激突し、そのまま窓に沿ってずるずると落ちだしたサテンは、ゆかに膝をつき、片手をついて、窓を背に腰を落とす。壊れた人形のように足を投げ出し、顔を上げて座り込む。偽バイローンはすっかりサテンに背を向けながら、第一皇子にイライラっと声を掛けた。
「茶番はこれまでってことで、本題に入りましょうか」
その時、サテンの目は、やけにはっきりとした色を持って、ゆったりと動いた。まるで、偽バイーンと第一皇子を眺める為に、ガラスに寄りかかって座り込んだかのようにも見えた。




