議場-006 私の暗示を破れるものか
議場にいる人々は動けなかった。
おかしいと誰もが感じて、衛兵を呼ばなければと思うのに、何でもないのになぜ呼ぶのだろうと、心が迷って動けない。しかし、ボックス席の二人の声は不思議なほどよく響く。じっとりと額に汗を感じながら、二人の動きを見つめていた。
「できないからこそ、来ていただきたい、と申し上げているのですよ。殿下」
と偽バイローンはにやりと笑った。
「あなただけが、およそこの王宮で私の言葉に惑わされない」
「陛下だとて、おまえの言葉に惑わされたりはせぬわ!」
「それは、それは」
と本気にしない。
「のらくらと王宮に住む人間が、私の暗示を破れるものか」
と呟いて、再び言った。
「さあ、こちらへ! 玉座の間に行っていただきましょうか。今日からあなたが王になる。ここにいるのは、王陛下であらせられるぞ!」
と最後の部分は議場に向かって声を上げた。議場の者は動けなかった。まさか、とも。おかしい、とも思えず、バイローンが何を当たり前のことを言っているのだろうとしか思えない。しかし、王はなぜ、あれほど簡素な服を着ているのだろう、と思ったり、王太子の時代でももっと威厳のある服を着るものだが、と思い、果ては、今の王の王太子時代はいったいどんな姿だったかと考えだすと、どこかで不安な気持ちが湧き上がりだす。皇子がカッとなって。
「陛下はここにはおられぬ。私は第一皇子であるぞ!」
と怒鳴る。議場の者達は、胸が締め付けられるような苦しさを感じ始める。もっともな、第一皇子の言葉が聞こえる。しかし、あそこにいるのは陛下だから、今叫んだのは陛下のはずだ、という気持ちが大きく膨れ上がりだす。と、血の気が下がり汗が脇から流れ出す。
「惑わされてはならぬ。ここにいるのは、偽バイローン。人を惑わす者ぞ!」
「陛下。いかな陛下でも、その言いようはひどすぎます。私は龍ではありませぬか。このバイローン、そこまでの不興を買った覚えはございません」
と偽バイローンが言うと、議場の正面、議長席で音がした。見ると、議長が、椅子の上から崩れるように台座に手をつき、床へと落ちた。蒼白だった。
「マイダン議長!」
皇子が叫ぶが、バイローンは皇子の腕を掴んでささやいた。
「逆らわれぬことです。あまり、何度も私の暗示と別の言葉を聞かされ続けると、みな次々と倒れだして、正気を失う者も出始めますぞ」
「そのような脅しをうのみにできるものか。今、ここでおまえの言うとおりに動けば、私は間違いなく王位を狙う謀叛者ではないか」
「ならば、このまま、陛下と言い続けましょうか? 議長に続き、次に身体の弱い者から昏倒しだすこと請け合いです。そのまま、目を覚まさぬ者も出るでしょう。そうすれば、主の消えた領地は荒れるに任せ、それともこれ幸いと、また、身うちに土地を渡されますかね?」
「ペルシール地方の統治が気に入らなかったのなら、ララルーア殿に言えば良い。それでも話が通らなければ、国替えの大臣に苦情を言うか、私に直接話すことだってできたはずだ。だいたい、本物の龍となったなら、嫌でも手に入る土地だろう」
「そうやって、勝手に主権を替える。気まぐれに渡す。今はさらに、ララルーア殿が私兵を動かし、チェシェ村を包囲しようとしてますが、ご存じであられますか?」
「ララルーアの前に、おまえが兵を出しているだろう。おまえこそが、龍神信仰をあおっているのではないか? 人々を囲い、閉じ込め洗脳し、何をしようとしている? 謀反か? 反乱か? 知らないと思っているのか!」
「さて、人々が真実に目覚め始めただけではございますまいか? だいたい、王族など、ララルーアの横暴を見るに見かねて、と言いながらも、村を外から囲って一気に攻め落としたりするのではありませんか? 龍に渡すと言いながら、その実、武力制圧して渡すに渡せないようにするおつもりではないですか?」
「何がいいたい? 蜂起の正当性を訴えているのか? 人々を戦に駆り立てて、兵に仕立てて、平和に暮らす民を死なせる理由を話しているのか?!」
「ララルーアの名の下にペルシール地方を荒らした上に、王宮の直轄領にして、さらに好き放題にしようとしておられる、と責めているのでございます」




