議場-003 玉座の間のことは公にはなっていない
玉座の間のことは公にはなっていない。
出入りできる人間は限られているうえ、許可が必要で、さらには、謁見の儀式が必要とするほど公式な用事がなければ、あの暗い洞窟を通って行く人々はあまりいない。そのせいで、知っている人間も限られていた。しかし、昨日からの第五皇子の噂は、王宮を駆け巡り、幾人かは庭でボルト・ネット・カエランラと語り合う姿を目撃している。
ボックス席の腰の高さほどの柵の向こうを、男達はちらちらと眺め、あそこに座るのが、いつかは第五皇子になるのだろうかと詮索しだす。第一皇子の視線が気になるのか、第一皇子が茶器を動かすと声が聞こえるかもしれないと慌てたように視線をそらす。第一皇子は、お茶を啜りビスケットを口に運びながら彼らを眺めていた。
王の言葉を思い出す。自分の宮での会話をさらう。サテンへ帰れと言った言葉はどこにもなかった。なのに、サテンは聞いたと言う。唐突な、雌龍の話を王は食らいつくように聞いていた。王の振る舞いはいつもの王の振る舞いではない。信じてないはずの龍の話を、王は不思議と気にしていた。議長席を囲むように階段状にベンチが置かれ、脇には小さな箱の形のテーブルが据えられている。席に着いたままの男達は、近くに座る男達と懇談しながら、皇子がしているのと同じように近従達がテーブルに揃えた菓子を口にし、お茶をすする。上着の長い身分の高い者もいれば、マントの短い下位の者もいる。座席は場所が違っていて階級差がはっきりと分かるのだが、それでも、さまざまな人間が同じ議場にひしめき合っていた。
実際、軽食の時間になると人が移動しすぎて階級の差が見えなくなる。これが、この王国のいいところのはずだ、と皇子は思った。王が最終的な決済をするとはいえ、ここであらゆる権限を持つ人間達が集まってくる。その人々のいる前で、どの身分にもかかわらず苦情を言うこともできれば、己の権利を主張することもできる。大貴族の酷い不正は罰せられることはないかもしれない。しかし、別の審議の際にはその不正をしたが為に横車が押せなくなる。時には、王自身も動かざるえなくなり、左遷や、領地の召し上げにまでなる場合もある。また、あいつは不正をしたと嘘の主張をするものも出る。もし、それが通ったとしても、のちに発覚した時には、厳罰が待っている。直接王から言い渡される場合もあれば、担当大臣による罷免や課金で罰せられる場合もある。ひどい場合には、投獄や追放、そして、王宮への出入り禁止などと言った罰が下る。だからこそ、王の目は曇らず、誰からも命じられず、公平な視点と絶対的な言葉が必要だった。
「諸君。議席へ付きたまえ!」
議長席へ戻って来た議長が、腰かけながら声を張る。ざわめきの中で、よくとおる声だった。議長が叫ぶと、廊下にいた者達は慌てて中へと戻りだし、また、議場を離れて遠くへ出た者を呼びに駆けだす者もいる。大きな肘掛椅子の中で、長老議員でもある議長は、椅子を右に左にすわり心地を確かめながらゆっくり座る。大きいだけですわり心地は最悪という、王宮では玉座に続く名誉ある椅子は、座り心地がいいと眠ってしまうから、とか。いつまでも議論を止めずに聞き続けてしまうだろうから、と言う、笑える理由で、古からずっと腰を痛めそうなほどひどい椅子でありつづけた。名誉職に就く者の苦難の一つとして、議長が顔をしかめて腰かける。その、ゆっくりとした儀式にも似た所作の間に、議場に戻った人々は、ざわざわと席に着き、廊下と議場をわけ隔てる、大きいいくつもある扉がゆっくりと次々と閉められていく。天井の明かりとりの光が議場へ落ちて、人々の姿が光と影のコントラストになって浮かび上がる。
ついさっきまでの喧騒がいつの間にか引いていき、議長が、この角度なら長時間でも耐えられると妥協をし、顔をあげた頃には、議場の男達は隣の人達と低い声でささやきあうくらい静けさになっていた。




