議場-002 皇子は無表情に茶器に手を伸ばす
第一皇子はつづけた。
「ですから、あなたが本当に時を止める力があるなら、第五皇子を玉座の間から連れ出すことができるでしょう。そうすれば、けが人もなく収めることができます」
「今、アントラックという商人が駆け引きに行っているはずだが」
「商人に借りを作るような事はすべきじゃない。陛下は貸しがあるからとおっしゃったが、ただで何かをするような商人なら、陛下の傍にはいない。王宮の者の手で、おさめるべきです」
「なら、誰かが何かをしてくれるのを待つのだな」
「しかし」
「私は王宮の者ではない。忘れてもらっては困るのだが」
「しかし、あなたは、王宮に居続けることはない。今だけの人間だ。商人のように後日の駆け引きにするようなことは…」
ないと言おうとして口を閉じた。なぜ、「ない」と言い切れるのか、と自分に聞いた。根拠はなかった。自分はどうして、この人間をこんなに信じているのだろう、と思うと不安になった。サテンは、第五皇子を洗脳し、その罪で牢に捕らえられていた。その事実を漫然と思い出す。
「時を止めれるはずだ」
皇子は声も雰囲気も変えて聞いた。サテンは口の端で笑った。皇子の気持ちが声の響きで見えたのかもしれない。
「だから?」
「今、あなたが逃げても誰も気づかないし、誰もとがめることもない。だから、もう、逃げてはどうだ?」
サテンは笑った。今度は声を殺しているとは言え、皇子にも聞き取れるほどだ。皇子はむっつりした声で、
「何がおかしい」
と聞いた。
「いや。王と同じことを言う」
「陛下と? どこかでお会いしていたのか?」
「いいや。ついさっき、お前の前で言っていたではないか」
「言わない」
「気づかなかったか? それならそれでいいのだが」
と言ってサテンは口を閉じた。が、皇子は違った。
「いつだ。いつ、陛下はおまえに言ったのだ? 私は聞いていなかった、ということは、どこかで時を止めたのか?」
「いいや、違う」
「では、いつ!」
と言って、皇子が席を立った。議場の人々は気にしていないようだった。だが、事情を知っている人間は気になるはずだ。声を殺して、皇子の動きを目で追い出した人が出始めた。それが、議場の雰囲気に伝わる。皇子は気付いて舌を打つ。そのまま、立ってサテンの脇に立ち、回廊の扉を開けた。すぐ扉の前に控えていた近従に、お茶の支度を運ぶようにと言いつけた。そして、何事もなかったような顔をして、自分の席に戻る。その間に、幕の間に立ちつくすサテンを強い目で睨みつけただけだった。
皇子が座るとすぐに、近従が軽く扉をたたいてボックス席の扉を開いた。サテンが脇へよけると、議場で人々がお茶をしているのと同じように茶器を運んで、果実やチーズが乗ったビスケットの皿を運ぶ。目の前に小さなテーブルを二つ置き、茶器にお茶を注いでビスケットを添えると、その脇の小テーブルに指をすすぐ銀の盥とタオルを置いた。皇子は身じろぎ一つせず、沈黙を守り、近従が離れるのを待つ。近従は、手早く皇子のひざかけを直し、サテンの隠れる幕の襞を直すと、入口で深く会釈をしてから出て行った。遠目に見ていた人々が、皇子が飲み物の催促をしたのだ、と思って、再びざわめきが下に戻り始めた。
「ひやひやしている人間がいただろう」
とサテンがつぶやく。皇子は無表情に茶器に手を伸ばすと、あたりの視線はなくなった。苦情でも言ったのだろうと興味を消した。皇子が文句を言うなどあまりない。
しかし、さすがに、第五皇子がああやって出てくると、焦りが出るのだろう、と彼らは小声で話しだした。




