議場-001 いつもの大会議場
打って変わって。
女官や官吏達がいつもと変わらぬ様子で足早に王宮の中を駆け巡り、議場の準備や、それぞれの大臣達の控室の支度を整えていた。何一つ変わっていない。いつもの王宮だった。
昼から始まる、会議での議事は、大陸からの流民の処置や、大街道の整備や管理の不満から始まって、担当と資金の拠出の話へと移ろう程に紛糾していく。大声を上げる大臣の意見が通ることもあれば、大貴族達の言葉で拒否されることもある。必死の訴えをせせら笑って退けようとする者もあれば、これ幸いと便乗して訴えだす者もあり、議場とはその名と異なり怒号の場に近いものがあった。
それがいつもの大会議場での一こまで、夕方には休憩になり、官吏によって軽食が配られ出すと、めいめいの仲間や打ち合わせをしたい者同士が固まって、お茶と菓子とを口にしながら今後の話し合いを始め、夜半から再開する議場での先行きを憂うのだった。
第一皇子もいつもと同じように議長席の横にある小さなボックス席に入り、議場に埋まった熱気に満ちた男達の様子を見下ろしていた。正面の一段高い場所にあるボックス席からは議場がよく見渡せた。皇子は、いつもながら、執務室で官吏に指示を出した方が全てのことがもっともスムーズに動くのだがとイライラしながら男達の様子を見ているた。
それでも、貴族が、領主が、訴えに来た商人や石膏などの組合の者達が、何を憂いて、何を喜び、何がそれぞれの領地で大きな問題になっているのか、大臣達が何を基準に彼らに権限を与え、また、権限を奪っていくのか観察しながら、一人蚊帳の外のようなボックス席で彼らを見つめた。絶対的な王権の下、彼らにどこまで自由を許すべきなのか、それが皇子の役目になる、と言う建前で、単なる部外者として座っていた。
実際には、王が考え、王が判断を下す。王の目は、議場の後ろに立つ王の近従達の役目であった。皇子にできることと言ったら役人を動かすことくらいで、しかも、問題の仲裁や、犯罪の取り締まりや、判決は、町の者達を対象にするくらいで、議場に来る人間達を裁けるのは王くらいのものだった。
そんな皇子を、彼らは別の世界の人間として議場の下からちらちらと見上げていた。第一皇子はいつもと同じように無関心を装いながら、いつもと同じようにつまらなそうに彼らを順ぐりと見まわしていた。これが単なる仮面だと知っている者は見向きもしないし、知らない者はお飾りだからと気にかけることもない。あまり議場に入ることのない者達だけが、珍しそうに眺めるだけで、そんな彼らも、議場に来た理由のために、つまりは、訴えたいことをどうやって主張すれば話が通るのかと言った、周囲と話し合いに没頭しはじめるせいで、いつしか皇子の存在を忘れて行った。
「本当に、玉座の間ことを誰も知らないかのように見える」
皇子が低い声でつぶやいた。
「唇を読める人間も中にはいる」
第一皇子の後ろから、サテンが低い声で声をかけた。ボックス席の後ろには幕がある。廊下へ続く扉の前に、衛兵や侍従が姿を隠すための幕で、サテンはその影に立っていた。サテンは衛兵のような恰好をしていた。動きに無駄がなく、ゆったりとした所作のため、衛兵と言うより近衛のような雰囲気を醸し出していた。皇子は正面を向いたまま低い声で答えた。
「知っています。唇はほとんど動いていません」
「それはよかった。異変を知っていて、おまえの姿がここにあるのをいぶかしんでいる者もいるはずだからな」
皇子は膝に置いた手で軽く払って指に力を入れる。
「玉座の間へ行っていただけませんか」
皇子は声を殺して聞いた。遠目に見ても、後ろに誰かがいて話しているようには見えない。サテンは気づいているのかどうかわからなかったが、気軽に会話に応じた。
「何をしに?」




