子龍-015 自慢の子ですな
サテンは王に、
「第一皇子を議会の間へ連れていけばよいのだな」
とだけ言って、第一皇子へ視線を向けた。
蒼白な顔をしていた皇子は、何か声を出そうとして失敗していた。王は厳しい声を出し、
「何をしている! 偽バイローンの思惑に乗りたいのか? 議会の間を、どう扇動されるか分からぬのだぞ! バカもんが。第一皇子は名だけのものか?!」
「はっ」
と皇子は乾いた喉から音を出した。サテンはふらりと部屋を出ようと歩き出す。第一皇子はサテンを追いかけ、ふと立ち止まって王を見た。
「しかし、今、玉座の間は」
「心配ない。そこのアントラックがうまくやるわい。あれは、わしに借りがあるからの。やらねばならぬとわかっている」
それでも動かない第一皇子を見ると、王は不思議なほど穏やかな声で、
「第五皇子の傍にはララルーアもおる。おまえが出れば逆効果じゃ。偽バイローンを、このまま玉座の間に縫い付けておく。今は、近衛が動いておる。近衛が周囲を固めだし、それが終われば、第五皇子に心酔しだした官吏達も目が覚めるじゃろう。籠城が無理だと悟れば何とでもなる。無策ではない。安心せよ」
と言ったのだった。皇子は口を結んで顎を引き、今度ははっきりした声で、
「議会の間は、おまかせください」
と言って、今度こそサテンを追って走り出した。王の言葉は、これまでの、つまりは、王が厳しくなる前の、王の声そのものだった。それでサテンを追って走りだしたのだが、なぜか不安になった。王の穏やかな声を思い返すと、皇子は動揺しそうになった。
王は皇子を見送って、扉が閉まるのをじっと見ていた。アントラックはソファーの傍から離れ、王の傍へ近寄った。王は背を向けたまま、何の警戒もなく、後ろに立ったアントラックにぽつりと言った。
「よく育ったと思わぬか」
「自慢の子ですな」
「手放したくはない」
「手元に置かれるのがよいのでは」
「ふん。龍の雌のようになれ、身勝手になれと言いたいか」
と不機嫌そうに言った。それから、さて、と言うように、アントラックを椅子から見上げ、
「何か策があるのだろう。お前のことだ。えげつなくても構わぬ」
「普通の策でございます。先ほどおっしゃっていた以上のことは必要ないかと」
「ララルーアを籠絡し、第五皇子に傷をつけずに、そのまま、こちらへ戻させよ」
と王が言うと、アントラックは表情も変えず、
「御意のままに」
と会釈をした。ソファーに横たわっていた、バイローンが目を見開いて、
「どうやって?」
と声もなくつぶやいたのだが、アントラックは素知らぬ顔で出て行った。
少女のミラーナは全てをじっと目を見開いて聞いていた。王はまるで気づいていないとでも言うように、ミラーナを見なかった。そして、ミラーナは、黙って考え込む王を見ながら、侍女に手を取られ自室へと戻って行った。そのあとに、王は深く息をついた。近従の運んできたお茶を、静かに口につけると、固く眼を閉じ、さらに深く息をついた。
そして、やっと、この時になって初めて、皇子の近従の一人が、バイローンの薬のことを思い出して、慌てて、バイローンの口に運んだ。バイローンは薬を水で流しこむと、そのまま深い眠りに落ちて行くのだった。痛みのない世界へと向い、目が覚めた時には全てが終わっているのだが、それが幸せな結末のはずだと信じて、そのまま眠りについたのだった。




