子龍-014 龍の子が誰か
王はじっとサテンを睨み上げていた。
サテンはその目を見下ろしていた。二人は睨みあっていた。と、サテンが静かに告げた。
「雌龍の話を王族にするようにと私は呼ばれたのだが、いまだに、一度もしたことがない。それが私の使命なれば、話さねばならぬと思っていたのだ」
と話だした。唐突だった。何を話だしたのだ、と皇子どころか侍従も、ミラーナも兵も、誰もが驚いた。サテンは続けた。
「雌龍は頑固で思い込んだら動かぬものだ。どんな雄龍の説得も効かず、たいていの者が哀しい憂き目を見る」
不可解だと言う視線を受けてサテンは話す。
第五皇子の病が雌龍のせいだと言いたいのだろうか、と思ったものもいた。ソファーのバイローンは何事だと身体を傾けて聞いているし、アントラックも面喰ったような顔をしている。ただ、第一皇子だけが蒼白な顔になって、サテンを食い入るように見つめていた。その第一皇子の表情を、ミラーナが侍女に手を取られながら不安そうに見つめている。王はと言うと表情もなく、サテンを見上げ、止めることもなく話をさせつづけていた。
「雄龍を亡くし絶望の底に落ちると、雌龍は数日のうちに命が空に溶けていく。その最後の声は、暗く世界が沈むほどの哀しい音色になるのだが。それは、子を身ごもっていたとしても同じこと。番いのいない世界に生きる雌はいない。が、ごく稀に、これと思い定めた者を見つける者もいる。長く生きることはできないのだが、それでも、子を産み終えるほど生きながらえる者もいる」
「すぐに死なんだのは奇跡だと言うのか」
「そうだ」
「別の龍を呼べばまだ何とかなったとは思わぬか?」
「雌龍は呼ばなかった」
「なぜじゃ? なぜ」
と王は言って身体を椅子から浮かせた。サテンは王の動きを静かに見つめ、
「雌は頑固だ。最後の時を邪魔されたくはなかったのではないか。気性の荒さで、龍の雌を超える者はないと言う。実際、誰もが手に余る」
「ばかな話だ」
「しかし、おまえと居たかったのだ。一人ではない。相手を見つけた」
「こんな人間と共にいたい? バカなことだ」
「ご満悦であっただろう。悠々と逝ったのではないか」
「何が分かる?!」
「わかるさ。ここには龍の歌がある。思わず聴き惚れてしまいたくなるような喜びの歌だ。己がためだけに憂い、己がためだけに祈る。自分だけを見つめ、死を看取り泣き叫ぶ熱い男の視線の中で、満足げに空に散って行った者の声が、今もこの地に風となって揺れている」
王は顔色を変えたままだまりこんだ。
「雌龍はわがままで自分勝手で、誰もがそれに振り回される。番い以外でその苦労を背負いたいと思う者は誰もいない」
とサテンが言う。サテンはさらに、
「礼を言う」
と言うと、王はぽつりと、
「少しは生きながらえていたと言うのか」
と言って、一点を睨む。何を言っているのか分かった者がいたようだ。第一皇子は蒼白な顔で見つめていた。雌龍の産んだ子龍が王宮にいた。そして雌龍は死んだ。それを看取ったのが王だった、と言う話だった。
第一皇子は、誰が子龍だと不安になった。サテンは、その後の子龍については語らない。あれほど龍が大事だと言っていたのに何も言わない。第五皇子のはずだ、と皇子は思った。自分には親がいる。王の息子が自分の父で、嫁いだ公女が自分の母だ。だから、王は、第一皇子だと言って、自分に地位をくれた。もし、知っていたらなら、そんなことはできないはずだ、と皇子は思った。だから、自分は両親の子供で、王の孫のはずだった。第五皇子のようにサテンに傅きたいとも思わない。自分は人間なのだからと考えた。
しかし、洞窟の回廊で、サテンが唐突に歌い出した歌を思い出すと怖くなった。サテンは嬉しさに思わず歌いだしたくなるような不思議な歌を歌って聞かせた。そして、それは誰にも聞こえていない歌だった。確かめれば、もしかしたら聞こえたと言う人間もいたかもしれない。確かめればよかったのだがしなかった。今でも、聞こえなかったと言われるのが恐ろしくて、どうしても確かめられない。王はそれを知っている。つまりは、誰が龍の子なのか知っている。そして、それをサテンに云わせようとしているのだ、と皇子は気付いた。だから、ここへ呼んだのだ、と気が付いた。アントラックは何もかも知っていたのかもしれない。龍の子が誰かも知っているのかもしれない。アントラックは、表情を変えず、ただ、王へ視線を向けているだけだった。訳が分からず聞いていたバイローンだけが、
「雌龍が本当にこの王宮にいたことがあったんだ」
と驚いたように言う。そしてさらに、
「第五皇子の言葉は、あながちウソではなかったんだ」
と言うと、全員の気が引き締まった。




