子龍-012 王の為の座を作る
「申し訳ございません」
と言って第一皇子が続ける。
「しかし、陛下、今一度お聞きください。あの王宮を闊歩しているバイローンは偽物にございます。そこにいる、牢にいた男が、本物のバイローンにございます」
「一度で充分聞こえておるわ」
王は言って、首を振る。と思うと、近従達が慌ててテーブルを運び、椅子を出して王の為の座を作る。椅子には大きなクッションを置き、足もとには台座を据えて、いつでも王が腰かけれるようにと用意をする。王は動かず立ちつくしたままだった。近従達は、王の視線の真下にテーブルを据えると、そこには地図とペンとを並べ、王の視線を見ながら、王宮内の見取り図も広げて行った。王は、テーブルの角に杖をコツコツとぶつけ、見取り図を見つめていた。そして聞いた。
「第一皇子よ。まだ、申し開きを聞いておらぬ。なぜ、ここにサテンがおるのじゃ」
「あの者が、牢からここへ来たからでございます」
「なぜ、あれはお前の下へ来たのじゃ」
「ララルーア殿のもとでは、この牢のけが人の手当てができるか、心もとなかったからではありますまいか」
「おまえなら手当てをする、と思うたのか。やさしいから付け込まれたのだと言いたいのか、それとも、おまえになら駆け引きできる要素があると思って来たのか。何を駆け引きされたか、聞きたいのぉ」
「何もございません」
龍だなんだと言いに来ただけだ、と第一皇子は口をつぐんだ。王はそんな皇子の顔を眺めて言った。
「つまり、おまえは、サテンの動機は分からぬ、と言いたいのだな」
まさしくそうだったため、第一皇子は言葉を控えた。王は地図から顔を上げてサテンを見た。サテンは、腕をねじあげられたまま、退屈そうな表情で王や皇子を眺めている。ふてぶてしいと言うよりも、ひょうひょうとして掴みどころがない。こんな男の動機をいったい誰が知れようか、と周囲の人々は思ったようだ。しかし、王は一言言った。
「なぜ、おまえはそこにいる?」
「龍なれば」
とサテンが答えた。声は笑っているようだった。サテンは続けた。
「と、言いたいのだが、その男の怪我が酷い上、私はここ以外は、第五皇子の宮しか知らぬ。他へは行ったことがないのでな。まさか、昨日捕まったばかりの部屋へのこのこ行く気になならなかった故、ここへ参ったまでのこと」
「理屈よの」
「屁理屈かもしれぬが」
とサテンが言うと、王は腕を振って衛兵に命じた。
「その腕を外すがよい」
「しかし、陛下」
と言ったのは、細い、影のように付き従っていた近従だった。王は苦笑して、
「牢から怪我人を引っ張り上げて、誰にも知らせず抜け出して来た人間じゃ。今更、捕まったとて、再び逃げられるが落ちであろう」
「しかし、陛下」
「武器はない。と思うがの。これだけ近衛が守っていれば構わぬであろう」
「しかし、陛下」
と今度はアントラックが続けた。王は初めて、そこにいたのか、と言う顔になった。アントラックは穏やかに会釈をし、ご機嫌伺いの奏上までして見せて、不愉快そうな王の顔にも構わず告げた。
「その者、時を止める術を持っているとのことでございます。牢を抜けたのはその力を使ってのことと聞き及びました」
「ほぉ。時を。ならば、誰が押さえていても無駄じゃの」
と言って王は笑って、衛兵に下がれ、と合図を出した。その合図は強く、衛兵は思わず、さっと槍を下げて、サテンの手を離した。しかし、そのあとに、本当に王に危険はないだろうかと、不安そうにサテンを睨んだ。
「して、アントラック。なぜに、そこまでその荒唐無稽な話を信じるのじゃ? お前らしくもない」
「ついうっかりと」
アントラックが答えると、王はいらっとした顔になり続けざまに言った。
「ぬかりのある商人だ」
「まったく面目ございません」
「恥ずかしい限りよな」
「おっしゃる通りでございます」
「本気で信じる気になっておろう。これは、おまえに大きな貸しじゃのぉ」
「おめでとうございます」
とまるで掛け合いのような言いあいをして、唐突に王が厳しい声に変えた。




