子龍-009 偽バイローンが知ったらどうする?
「アントラック」
サテンは言った。
「ペルシール地方の山を買い、材を集めた。ペルシール地方はきな臭い。チェシェ村の近隣も。それに気づいて事前に手を打つ商人の鼻は、王の好むところだろう。しかし、偽バイローンに気づかれたと思ったのなら、こんなにあからさまには動けまい。逆に、気づかなかったと言えるように、ペルシール地方には近寄るまい」
「どういうことです?」
と第一皇子が聞いた。サテンは扉に手をかけた。
「私が地下牢に落とされて、そこから、本物のバイローンを引っ張り上げて、ここに籠った。という事実を、もし、偽バイローンが知ったらどうする? 第一皇子よ、おまえは、アントラックをどうやって連れてきた? 第一皇子に呼ばれた事を気にした者はいなかったのか? 医師はどうした? 本当になにもかも隠しておけたか? もし、偽バイローンがばれたと気づけば、すぐさま動き出すのではないか? すぐにも、偽バイローンの意図が分かると言うもの。だからこそ、音が違う」
と言って、サテンは再び外を見た。森を見ているように見えた。
「動いている、ということか。音が聞こえるのか? 彼らの音か?!」
第一皇子は、食い入るように聞き返した。
「ペルシール地方を荒らす者は許せんな」
とサテンはつぶやき、さらに、
「ララルーアはチェシェ村を守ると言った。兵を送り、村を囲んで、私を脅すつもりでいたが。しかし、それで充分だった。何もないよりずっとましな守りになった。はずだった。しかし」
「何があった? ペルシール地方へ侵略か?」
と言うと近侍を見た。
「ペルシールからの連絡を受けた者はいるか?」
「申し訳ありません。あの地方から戻る者はここ数日皆無でございます」
つまりは、それほど頻繁に、地方へ手の者を放っていると言うことになるのだが、今はそれを気にしているものはいなかった。それよりも、皇子の指示に耳を傾ける。
「最後に戻って来た者をすぐにこれへ」
「先日お引き合わせしたばかりでございます」
「ならば、再び、これへ!」
「かしこまりました」
と言って、近侍が会釈をしてくるりと身をひるがえして部屋を出た。が、すぐに扉を開けて戻ってきた。
「殿下! 殿下。外に、廊下に」
と言った直後。扉が大きく開け放たれた。そして、
「王陛下のお越しです」
とひきつった顔で告げたのだった。
声とともに身体の大きな衛兵達が入り込み、入口と廊下をふさぐように立った。扉の中には近侍達が両側に控えると、ゆったりとした動きで小柄な姿が中に進む。王は、鈍い光を放つモスグリーンの上着に白い斑点柄の毛皮の肩かけをかけ、腕にからめて、長く下へ引きずりながらやってきた。手にはいくつもの宝石をちりばめた指輪や腕飾りで上着の縁を止めている。握りに獅子の顔が彫られた杖を持ち、足には歩きやすそうな短い黒革のブーツを履いて、老齢で先が危ぶまれていると言う噂が嘘のようにしっかりと床を踏みしめていた。
王が片手を上げると、近侍の一人が下がって衛兵の多くを外へ残して扉を閉めた。中に残った衛兵はそれが合図であったかのように、部屋の中や奥へと散って、扉を抑えた。誰も入れず、誰も出れず、サテンの前にも立ちふさがって、ガラス扉の前に立つ。中にも外庭にも人が散り、彼らは、王の安全を確保した。王が杖を手に、腕を上げると、近侍達がさっと下がった。まるで、人の緞帳が横へ開いたかのように、王の周囲から人が消えた。王は、入口の大扉の前で、顎を上げて銀色の髪を逆立てた姿のまま、杖をどんっと床についた。
「龍よ。教えてもらおうか。これはいったいどういうことか!」




