子龍-006 悲鳴を飲み込む度量もある
サテンはそう言い腕をといた。
とソファーの男が目を開けた。痛さに朦朧としているのか焦点が合っていない。しかし、何か言いたいらしい。口を動かし、顔が歪んだ。わずかな動きが痛いのか、額にじっとり汗が浮かぶ。
「ほぉ、意識があるか。悲鳴を飲み込む度量もあるか」
そう言って、サテンはくるりと背を向けた。と、
「待って」
とバイローンの口から低い声が漏れ、額からどっと汗が噴き出した。サテンが振り返ってじっとバイローンを見下ろしている。バイローンは、目をすがめ、探すような顔でサテンを見る。
「待ってくれ。俺も、連れてってくれ。頼む」
サテンが無表情の目で見返すと、
「時を止めて出て行くんだろ? 俺も連れてってほしい」
バイローンは視点の定まらない目で、サテンを探すように目を動かす。そして、何度も喉の唾を飲み込み話しだす。
「メローに子ができた。俺は嬉しかった。俺の子だと思った。俺の子じゃないかもしれないとも思った。でも俺は嬉しくて俺の子にした。でも、赤子は逆子で母子ともに危ないと言われた。まじない師の薬を買って飲ませたら逆子が治ると言われた」
そう言ってから唾を飲み込んで、
「生まれるまで飲ませ続けたら、無事生まれるって薬を買おうとした。高かった。俺はこの身を売った。カエランラって男が、王宮で王子の子守にって言うのに乗った。でも、実際はそう言って牢に落として朽ち果てさせようとした。けど、それが目的だったら、俺は牢で朽ち果ててなきゃならねぇ。メローの子ができるまでは、朽ちてなきゃならねぇ」
と一息で言った後、
「生きて牢を出たってばれるわけにはいかねぇ。連れてってくれ」
と言って目を強くすがめた。と、天井を向いていた目がサテンを見つけた。サテンはその目を見つめておかしそうに笑って、
「カエランラとやらも、薬を餌に、龍を釣ったか」
と低くつぶやいた。バイローンは大きくせき込んで悲鳴を飲み込む。目が白濁し始める。サテンが見ているうちに、バイローンの意識が飛んだ。
「さて」
とサテンがつぶやいたところで、
「それがバイローンか」
と表情のない声がした。入口に、侍従に扉を開けさせて、大股で入り、ソファーの後ろに来て止まる。背の高い男だった。黒を基調にした、銀と赤のふち飾りの上着に長マントを肩にかけて、ひょうひょうとした顔の男がそこにいた。
「元気そうだな」
とけが人を見てつぶやいた。アントラックだった。第一皇子が同じように踏み込んで、アントラックの脇に立つ。ミラーナは、女官に守られるようにして、となりの部屋との境に立って見守っている。サテンはすぐに理解した。彼らは、アントラックを呼んだのだ。けがの手当てをしている間に、カエランラの手足となって、バイローンを探したであろう商人であるアントラックを呼んだのだった。第一皇子なら当然か、とサテンは思った。
「カエラックではなく、アントラックか」
とサテンがつぶやくと、アントラックが軽く肩をすくめた。そして、
「仕入れた物の納品違いを聞かれては、確認に来てもおかしくありますまい」
と軽く言った。そして、鼻で荒い息をしている男を見下ろすと、苦い顔になった。サテンが見ていると、低く考え込むような声で話し始める。
「これが、バイローンだ。山の兵士で、気の良い男だ。子供の面倒見も良いだろう。酒場まで身を持ち崩した女の出産経費を、自分の子でもないのに払うと言って、身を差し出すほどのお人よしだ。第五皇子に根気よく付き合えるだろうと拾ってきた」
「なぜすり替えた」
とサテンが聞くと、
「すり替えてなぞいない」
と荒っぽくアントラックは言った。イライラしているようで、
「そんな事をしてなんの意味がある? 誰も知らないバイローンを、なぜ、すり替える必要がある? もともと別の人間をバイローンだと言って連れてくればいいだけの事だ。酒場で人の良い男を探してくる必要なんかない」
「では、なぜ、バイローンがここにいる」
「なぜ、今の今、これが本物だと思いだせた?」
とアントラックは別の事をつぶやいた。




