子龍-005 頭の傷はないようだった
医師は、女官達に、湯を沸かして、部屋を暖かくするように指示を出すと、服をナイフで切り取りだした。
サテンはその場で立ち尽くしていた。ソファーを無表情に見下ろしている。医師も部外者が一人くらいでは動じないのか、全く無視して動いて行く。しばらく、手を動かし、女官に手伝わせて身体を拭い、長く伸びた髪をそぎ落とすように切り取って、そのまま、水をかけて洗ってしまう。頭の傷はないようだった。足の傷の中には、ピンセットを突っ込んで、中のゴミや虫を拾う。皮の中の筋肉がこそげ落ちてしまっている。サテンは覗き込みながら医師に聞いた。
「助かるのか?」
「わかりません」
「歩けるようになるのか?」
「できる限りのことはします」
「このまま死ぬのか?」
「わかりません」
と言った後、
「あなたも部屋を出て行かれますか? それとも静かにしていただけますか?」
と顔をあげて聞いた。サテンが片手を上げて、黙っていると合図をすると、よろしい、と言うようにうなずいて、再び手を動かし治療にかかった。
それからしばらく、傷を洗い、化膿を止める薬を塗って、剥がれた皮膚は糸で縫い留め、医師が長い時間をかけて、できる限りの手当てを尽くすと、手を止めた。血だらけの手を拭う。血と膿の付いた布を傍らにある盥に投げて、ソファーに置かれたナイフや鉄の引っ掻き棒も盥へ入れて、しゃがんでいた姿を止め、背を伸ばした。
「できる限りのことはしました」
医師は言いながら、ソファーの姿を見降ろした。髪は短く刈り上げられて、顔も体も足も手も、包帯と張り薬と、血の染みだしたガーゼとでほとんどすべてが覆われている。
「目覚めたら、声を出せるようでしたら、水を布で含ませて、この飲み薬を喉の奥へ流し込んでやってください。幸い、口の中には傷はないようです。飲み込む力さえあれば、徐々に回復していくかもしれません」
「飲む力がなければ?」
「祈ってください」
医師は言って、膝をついて立ち上がった。服には膿と血で異様な匂いが立ち上る。
「部屋も清潔にして、空気の入れ替えをしてください」
と、こんなのはたくさんだ、と言う顔で言った。けが人をどこから連れて来たのか、とは聞かなかった。水膨れした指に、動かず萎えた筋肉の脚に、床ずれのようになった腰や足を見て、どこにいたのか見当がついたらしい。医師は、侍従に、
「殿下には、このまま、となりの部屋から出ないように言ってください。近づいても、この男が特別元気になるわけではありません」
と言うと、自分の鞄を持ち上げた。そして、唐突に、サテンに言った。
「第一皇子殿下が戻られる前に、あなたはここを出ていきなさい。やれるだけのことはやりました。このまま見つからなければこの男の幸運で、そうでなければ、何をやっても意味がないものになるはずです。今身動きは取れません。また、もとの場所に戻されたら、こんな手当は意味がないものとなるのでしょう」
そう言ってから軽く肩をすくめて見せた。そして、
「ともあれ、幸いあなたは見るからに健康そうだ。この男と違って、今すぐにでも逃げられるのですから、すぐにここから逃げなさい。医師をお呼びになった殿下を不利にしないために。ララルーアの龍が、ここで謀反を企んでいると思われる前に。出て行きなさい。今なら逃げれるのですから」
サテンは腕を組んだまま黙っていた。サテンの服は、バイローンと同じ地下牢の水が染みついて酷い匂いを放っていた。医師は息を吐くと、そばに控えていた侍従に、
「私から殿下にご説明いたしましょう。隣の部屋ですね?」
と言って、侍従に案内させて、隣の部屋へ出て行った。この間に、サテンへ逃げろと言うことらしい。女官達も、ミラーナ様の具合を見に行かなければ、と言いながら後を追う。人気がなくなった広間で、サテンはソファーの男を見下ろしながらつぶやいた。
「最高の治療が受けれる場所で、治療を受けれた。幸運だったな」




