子龍-001 いっしょに来るか
それから。サテンは眼を見開いて、身体を起こした。
土壁に背を付けてゆっくりと立ち上がる。寝息が聞こえる。寝苦しそうな息苦しそうにうめき声を上げる男に、
「いっしょに来るか」
とささやいた。寝息が止んだ。僅かに息が速くなる。
「牢の事を知らせてくれた。礼をしよう」
子龍はここに、いたいと言った。しかし、王位争いは、龍を地下へ落としかねない。安全にするために戻らなくては。サテンは土壁に手を当て、ぐっと力を入れて拳を埋めた。固められた土壁に拳がずっくり突き刺さる。サテンは、足をかけて、もう片方の手を伸ばし、さらにぐっと土をつかんだ。
「夢見てぇな事を言えるのは初めの頃だけだ。悪いとは思わねぇ。でも、俺に話しかけてくれるな」
疲れたような声だった。サテンは、二つ三つと腕をのばして拳を突き刺し、上へ向かって這い上る。男は低く話し続ける。
「外はどんなだ? そろそろ、花の季節だろう。牢番が下りてくるたびに、風が吹いて、匂いが変わる。だんだん分かるようになるんだよ。見たかった。夜空をな」
サテンは、あっという間に昇りきって格子に手をかけた。鉄の格子を上へ押し上げると、鉄の枠ががたがたいった。縁を留める鋲が鳴る。サテンは、土壁に拳を突っ込んだまま、開いた片手で押し上げた。力を入れると、拳が壁の土に埋まり、肘までぐっと入って、そこから下へ、壁の土を下りだす。しかし、すぐに、めきっと言う音とともに、鉄枠が外れ、石の床から押し上げられた。
「人は死ぬと魂になって外へ出られるって聞いた。俺は魂になって、外に出た時、おまえの伝言をしてやろう。言いたいことを言えよ。誰に伝えたいかしっかり教えてくれよ。見かけがはっきりしねぇと分かんねぇし、しっかり伝えてくれ」
その間に、サテンは肩で格子を押し上げ、格子の隙間に身体を入れた。鉄と石の床とを止めていたボトルがはじけ、床に、暗い洞窟のような回廊に、身体をごろっと投げ出した。点々と格子の付いた床穴が見えた。サテンは、じっと声を聞く。
「俺は、俺のかぁちゃんに会いてえなぁ。メローって名からして、色っぺいだろ? 良い女なんだ。なんかあるたんびに、毎回、毎回怒鳴り続けて、最後に泣いてすがって、行かないで、て言っててさ。あれが最後ってのが泣けるが、王宮行きを泣いて止めた時の、あの顔は良かった。俺ぁ忘れねぇ」
男の声は、泣き笑いの声だった。そして言った。
「王宮行には罠がある。絶対に普通じゃねぇって。カエランラってのが来た時に、あんだけ止めたメローはやっぱ、頭が良い。俺のメローさ。魂になった後には、メローに会いに行ってやらなきゃならねぇ。はっきりと伝えてやらなきゃ、情の深い女だからさ。龍付きだって言われていた俺を、気に入ったって勢いで、家も何もかも捨てて嫁に来てくれたくらいの女だからさ」
そう言ってから、低く聞こえないような低い声で、一言、
「メローにあった頭の良い男へ嫁げって、言ってやらなきゃならねぇ。女一人で生きていくには、世間は辛すぎる」
そう言って、男は黙り込んでしまった。泣いていたのかもしれない。
サテンは、声のした格子へと床を滑って移動した。音はしない。遠くに詰め所があるのか、ランプの光が漏れている。回廊が曲がり、その先に光が見えた。サテンは、格子の傍まで行くと下を見た。真っ暗な穴だった。目を凝らすと徐々に光が湧きだしたように視界が変わり見えだしてくる。床の水が腰近くまである場所で、水につかってしゃがんでいる男の姿が見えた。髪は長く絡まって顔にかかって顔は見えない。手は腕に絡んで白く水膨れしているようだ。異様な匂いが漂ってくる。排泄物と膿とが腐りだしたような匂いだった。
「あんたの名前は? 俺はバイローン。銀の髪で銀の目で、どうみても普通じゃねぇって事で龍付きって事で世間では避けられてて、この見た目のお蔭で王宮に呼ばれて、でもって、そのまま穴牢に落とされた、バカな奴さ。龍付きって言われてるだけで、龍だって言っているわけでもないのに、王族と同じ龍の親戚だって吹聴しているって、不敬だって、思われたんだろう。そんなこんなで、今はここさ。あんたは? いったい、何をやったんだ?」
サテンは、
「サテン・チェシェ」
と答えた。男ははっと顔を上げた。声は真上から、とても近くから聞えていた。暗い光の中で、男の牢の格子を、サテンは両手で掴んで、膝をついて肩で引くように力を入れた。ぐぅっと言う奇妙な音がして、ボトルが外へはじけ飛んだ。




