第五皇子-011 独り言なら、もっと大声で言え!
「おい! 隣の?! 独り言なら、もっと大声で言え! 久しぶりの隣人なんだから。おれにも声を聞かせろよ」
サテンは、ぱちりと眼を見開いた。独りごとを、大声で言えと言われたのは初めてだった。隣の穴牢の男だった。見えない厚い土の向こうから男は必至に話しかける。
「なぁ、あんた、殴られたのか? どっか痛いのか? 口の中を切ってるのか?」
「切ってない。痛くもない」
「そうか。そりゃぁよかった。ここにきて、怪我したやつは長くねぇ。まあ、早く穴から出れるって利点があるけどな。生きて出るってわけにはいかねぇ。だからよ。けがをしてたら汚すなよ。土とかつけねぇで、乾いた服の端で拭ってしばっておくといいぜ。腐るとこえぇからよ」
「ありがとう」
「いいってことよ」
男はそう言ってから、しばらく黙った。男の声は、天井の穴から降って来る。その声がぷつりと止んだ。サテンはしばらく考えていた。隣の男のことではない。いなくなった雌龍と、その伴侶となった龍のことだ。
人の子の第五皇子と、龍の子の第一皇子と。第五皇子は王の息子で、第一皇子は王の孫だ。知らなければならないのは、第一皇子の親だった。孤独な龍でも、親を捜して子を委ねれば、少しは、生きながらえようと思うのではないか、と漠然と考えた。夢のように、人間として生きれると信じている幼い子龍に、親だったら現実を教えられるのではと漠然と考えたのだ。どこにあれの親がいるのか。と思ったところで慄然とした。こうやって人間にとらわれて。同じように地下牢につながれているのではないだろうか、と思うと鳥肌が立つ。龍は伴侶がいる限り死ぬことはない。衰え弱り、そして、十分生きたと思えた時に空気に混じって消えていくのだ。それ以上でもなければそれ以下でもない。だからこそ、風となって過去の言葉をささやきかける。あの、昨日の温かいささやきのように。まるでそこにいるかのように、空気がささやく。そして、風になるまでどこに居ても眠りながら生きながらえる。土の中に埋められていても、こうやって穴牢の中で屍となったと思われていても。生き続けている。
サテンは隣の房に声を掛けた。
「おい。隣の男。おまえはここに長いのか?」
「牢にってことか? まさか。つい三か月ほど前からさ」
打って響くように返事が返った。
「長く囚われている者はいるか?」
「いるっていやぁいるけど」
「何を言い淀んでいる?」
「ああっと。長くなりゃ死体になるし、穴は数が限られているから、たいてい引き揚げられて空になるのさ。長いやつは、刑期が終わるまでは、生死に関わらずここにいるはずになっちゃいるけど、たいていは裏庭の森の中さ」
「そうか。死体になったら、日差しの差す、野原に捨てられるのか?」
サテンは希望を感じて思わず聞いた。光さえあれば、龍ならばなんとでもできる、と思って声がわずかに上ずった。男は顔をしかめたようだった。
「ちゃんと、野良犬達にくわれねぇように埋めてくれるさ。じゃなきゃ、臭くって王宮中が匂うだろう」
「そうか。そうだったな。人間の風習だ」
と最後の部分はつぶやきだった。隣の男は興味が湧き上がって来たらしい。
「なあ、知人がここにいんのか? どんな奴だ? いつ頃ここに来たはずなんだい?!」
「二十年ほど前かもしれない。もっと前かもしれないが、あとかも知れない」
「そりゃ、気の毒だけど、裏庭だね」
「埋められたところが分かる人間はどこにいる?」
「さあ。見たって骨になってるよ」
「それでもよい」
「なんだ、お宝さがしかよ」
と言った男は嫌になって来たらしい。不愉快そうな声色になる。サテンはつぶやくように言う。
「生きたまま埋められたかもしれない」
「聞きたかねぇな。その話は」
と自分が埋められているような気になったのか、吐き捨てるようにサテンへ告げた。




