第五皇子-010 凛々しく美しい青年皇子になった
それから。
その日のうちに、第五皇子は普通になった、また、普通以上に、凛々しく美しい青年皇子になった、と言う噂と、ララルーアの連れてきた龍は暗示能力のあるペテン師だったと言う噂が、王宮をはじめ、宮殿中を駆け廻るのだった。
その頃、王宮の森の中のララルーアの宮へ駆け込んでくる者がいた。街道を馬で駆け抜けていた男で、疲れて手足が利かなくなるほどの急ぎ方だった。バウンを前に、森の宮の裏の入口の石段を上ると膝を崩して倒れこんだ。
簡潔にペルシール地方の事を語りだす。サテン・チェシェの居た村へは近づけなかった。暴動が起きている、と訴えていた。ララルーアの圧政のせいかは分からなかった。ただ、暴徒達は、集団で村を襲うと、石を積み上げて神殿を作らせ、毎晩踊って歌いだす、と言う事だった。村から出る者は神への不敬だと襲われると言う。命からがら村から出て来た者が、傭兵へ訴えるには、龍を祭らなければ、空から龍に襲われる、と言う事だった。ララルーアの傭兵たちは、道路を封鎖し、噂を外へ漏らさないようにしているので手いっぱいで動けない。ララルーアが王宮に招いた龍は、反乱の首謀者かもしれない、とその者は訴えた。
バウンは、「よくやった。中で休め」と男へ言った。男はほっとしたように力を抜いた。バウンは、男を近くにいた侍女へ託して、素早く腰を上げた。男が両側を支えられるようにして離れていくと、自分の服を見下ろして、
「これでは無理だな」
と呟いて、中へ戻る。次に、外へ出てきた時には、顔には唇に肌色の刷毛を塗り、厳ついながらも王宮の官吏らしい装いになっていた。森を徒歩で抜けるつもりか、音もなく道へ出ると、森の中へまぎれるように姿を消した。
サテンは、暗い、深い穴の中に落とされていた。土壁に背を預け、土から染み出た水の中に身を横たえる。目をうっすらと開らき、光が見える天井の格子戸を見上げている。天井からは、岩に響く牢番の靴音や、同じように穴牢に落とされた囚人の哀れなうめきや、すすり泣きが、とめどもなく聞こえてくる。床にたまった水の中に頬を落とす。うっすらと閉じた目に心地よさそうに、瞼が落ちる。
「これで、光があれば」
サテンは低くつぶやくが、答えるものは誰もいない。サテンは、腕を上げるのも億劫で、顔を動かすのも嫌だった。こんな場所なら、あの格子はいらないな、と天井を見ながら考える。抜け出ようと言う気持ちまで無くなって行く。
サテンは、ぼんやりしながら考えた。わかりやすい。第一皇子は龍の子で、第五皇子は人の子だった。王位を継げるのは、第五皇子だ。人間は、血筋が重要な生き物だからな。龍は人との間には子は生まれない。王の血筋は、第五皇子にしかない。カエランラが第五皇子を推そうとやっきになるわけだ。誰が第一皇子に嫁いできても、第一皇子の子は生まれない。王家の血筋が絶えると争いになる。
サテンはさらに、考える。カエランラが、第一皇子が龍の子だと気づいたのはいつで、どうやって知ったのか、と。王も知っているのだろうか。それにしても、第一皇子の親はどこだ? とサテンはゆったりと天井を眺めながら考えた。人間なんかに嫁ごうとする雌がいるとは思えない。伴侶を亡くして自棄になったか。伴侶を探して人の手にとらわれたのか。サテンは「くっ」と笑った。龍は強いと思われている。しかし、こんなに弱い生き物は世界中どこを探してもいないだろう、と思うのだった。
サテンは手を上げようとして諦めた。顔にかかった髪を首を振って落とそうとする。が、その動きでさえ億劫だ。光がなければ何もできない。絶望の底で、生きれる龍などいるものか。
「しかし、私は生きている」
サテンが低くつぶやいた。人の声とは違った、不思議な震えるような響きだった。今までとは、全く違う、言葉も違っていた。しかし、
「これで龍とはおこがましい」
と言った声は、疲れ切った声だった。普通の人の男のようなしゃべりかただった。サテンは静かに目を閉じた。暗い闇の中へ落ちていく、いっそ気持ちがいいほどだった。




