第五皇子-009 サテンを捕らえよ
カエランラは、大声を出した。
「衛兵! サテンを捕らえよ。この男を! 殿下に暗示をかけ、国の領土をかすめ取り、あまつさえ、国をも支配しようとしている。この龍を名乗るペテン師を捕らえよ!」
皇子がサテンの前に飛び出した。衛兵が躊躇する。カエランラは、テラスの手すりへ駆け寄って、下へ向かったさらに怒鳴った。
「誰か! 衛兵を呼べ! ここに、国を覆そうとする反逆者がいる。誰か! この男を捕らえよ。この男を逃がすな!」
「やめよ! カエランラの言葉を聞いてはならぬ!」
皇子が同じように大声で怒鳴りだす。しかし、カエランラは、
「私はこの男の審議を陛下にゆだねられた者である。謁見の間のことは、もう、全てに伝えられているであろう。龍としての証を探せと仰せであった。この男は詐欺師である。龍ではない。龍といつわり王宮へ上がってきた人間の男である。捉えよ! それこそが陛下の望みである」
そう怒鳴って、第五皇子の腕をつかんだ。皇子が動揺した。同時に、皇子の目がさまよって宙に浮いた。サテンへ衛兵が掴みかかる。サテンは、動かず、あっという間に衛兵に腕をひねり上げられた。皇子は目を見開いて、口をあけ、息を吸った。悲鳴になる。と思った瞬間。サテンが言った。
「アヤノ。黙りなさい」
言われただけで、皇子は口をしっかり閉じた。サテンはさらに腕をひねり上げられた。しかし、サテンは冷静に言いつづける。
「龍の王は全てに置いて自由である。忘れたのか? 何があっても、私は自由だ」
「しかし」
「私の自由を止めることができるものはこの世にはない」
「でも陛下」
と皇子は泣きだしそうな声で言った。しかし、目には力が戻り、おびえひきつっていたのが消えていく。
「わたしの臣民でありたいならば、わが力を疑うな」
サテンは衛兵に引きずられて、階段へ向かう。階段からは別の部署の衛兵や従者達が駆けつけていて、にわかに賑やかになる。
「皇子としてなすべきことをなせ」
皇子は泣けそうな眼のまま、見開いて動かない。
「私は全てを見つづけている」
サテンが言うと、皇子はうなずいた。
「良い子だ」
とサテンがいうと、皇子はぽろりと涙を流した。そんな親密な雰囲気に、衛兵や侍従達はたじろいだようだった。カエランラが舌打ちをする。
「この男は言葉の魔術師である。耳を貸すな。耳栓を用意しろ! 暗示にかかるな。今、周りを囲む我々が、悪者のように感じるように話しているのだ。だまされるな。恐ろしい力があるのだ。気を許すな!」
カエランラの言葉に、衛兵達がきみの悪いものを見るようにサテンを見た。そんな中、皇子は涙をぬぐってサテンを見る。サテンは、大丈夫だと言うように皇子に向かってうなずいてみせる。見ているだけで、何か、捉えている方が間違っているかのような気がしてくる。カエランラは、
「男の顔に布をかぶせよ。顔を見るな。声を聞くな!」
そう言って、自分で自分の上着を脱いで、サテンの頭にかぶせてしまった。皇子はじっとサテンとカエランラの動きを見つめている。小さな子供が、何が起こっているのか、先入観なしに理解しようとしている時のように、目を見開いたまま細部まで観察し続けている。
「引っ立てよ。陛下の御前に出すまでは、地下牢に入れ、誰も、この男には近づくな。決してこの男に近づいてはならぬ」
カエランラは、そう言いながら、兵や侍従達と共に、階段を降り出した。
ふと振り向くと、皇子がカップに手を伸ばすところだった。その細い手は震えていた。しかし、下唇を噛んだ顔には生気があって、ちらりと視線を上げてきた。その目には、怒りといらだたしさとがあって、カエランラと眼が合うと、まっすぐに睨みつけてきた。カエランラはその強い視線を受け止め、会釈をした。仕方がないのです、と言う意味を込めた会釈だった。しかし、実際には、皇子の正気は戻っている。大丈夫なのだ、とどこかで喜ぶ自分がいた。サテンのおかげだろうか、と思い、そんなのは幻想だ、と思いながら、自分はもしかしたら間違っているのではないだろうか、と言う不安がにわかに湧き上がる。皇子の射抜くような目と、その力強い皇子から出た、「サテンが犬と言えば、私は犬だ」と言う声音とがあいまって、何かを断ち切るように、皇子から視線をはずした。
「サテンは悪だ」とカエランラは気持ちをしっかり切り換えた。




