第五皇子-006 お茶でも飲めば目が覚めるよ
第五皇子は、照れたように笑った。
そして、さらに、
「そこまで驚くことだろうか?」
と生真面目に言った。カエランラは首を左右に振って、天へささやくように言った。
「本当に、皇子であられるのですか?」
「ボルト。さあ、こちらへ。お茶でも飲めば目が覚めるよ」
「本当の、本当に。皇子殿下であられますか?」
と今度は両手を突き出しながら歩きだした。皇子は、椅子の背をつかんだままだった。その皇子の前に立ち、皇子の腕を取り、肩を掴んで目を覗き込み、
「本物に見える。本当の本当のアヤノ皇子のように見える」
と低く小さくつぶやいた。皇子は、肩の腕を軽く叩いて、
「ボルト、そこまでやってはやりすぎた」
とあきれたような顔をした。
第五皇子、ハイレルート・アヤノ・オオノ皇子は、ララルーアが訴えていた如く、凛々しい、美しい青年皇子となって、朝日の中でたたずんでいた。おびえた神経質な影はみじんもなかった。前屈みで髪の下から覗きこむような視線はすっかりどこかに消えていた。服はいつもと同じように、青く丁寧な造りだがふち飾り程度しかない簡素な上着とズボンを身に付けていた。前髪は軽くウエーブを描き、額から上へ掻きあ上げられている。そのせいで、目じりの切れあがった瞳がはっきりと見え、その中には、笑いと穏かさが同居していた。狂気をはらんで、危険を探し続けるような視線は、すっかりどこかへ消えていた。カエランラは、皇子の目を覗き込んで、やっと自分が皇子の肩を両手で鷲掴みしているのだと気が付いた。慌てて手をおろし、一歩下がって、何かを思いめぐらすような顔をした。まだ、信じられない、と言う顔をしていた。皇子が苦笑いをして、
「お茶にするがいい」
ととにかく、座れと言うように言う。と、カエランラは、やっと、
「おはようございます。素晴らしい朝でございます」
と喉に引っかかったような声で言うのだった。そして、さらに、
「本当に、素晴らしい朝でございます」
と言って、やっと周囲を見回すのだった。
皇子宮はすっかり雰囲気を変えていた。いつの間にか、テラスはもちろん、広間の中も、温かい冬に備えた絨毯や、人のぬくもりを感じさせる木彫の棚や椅子に置き換えられていた。カエランラが見回すと、森に挑むテラスの手すりには、長椅子があった。その長椅子の背にもたれるように、足を投げ出してサテンが座っていた。寒くなり始めていると言うのに、薄い前合わせの黒いシャツと薄手のズボンを着ただけで、片手には湯気の上がるカップを持って、無表情な顔でテーブルのほうを眺めていた。カエランラは、頭をまるで何かを打たれたように血の気が下がった。目の前にいる青年皇子は、腰かけなおして、ララルーアを相手に主人役をやっている。会話は、貴婦人をもてなすもので、これまで青年皇子が一度も使ったことがない言い回しをし続けている。本物の第五皇子なら、神経質さが消えたとしても、こんなに饒舌になったりはしない。カエランラは、皇子の傍を離れて、サテンの方へ近寄った。第五皇子は気にしたそぶりを見せた。しかし、声はかけてはこなかった。第五皇子の豹変ぶりに舞い上がっていたララルーアの相手をして、目で追うだけだ。
カエランラは、だらしなく身体をのばして座っているサテンの前に立つと、低く声を落していった。
「これはどういうことだ?」
「何のことだ?」
「何のこととは何だ。このことだ」
「だから?」
サテンは、視線を上げて動じない。カエランラはイライラした様子で、しかし、声は低く落としたまま、
「第五皇子はどうなった? 本物の皇子はどこにいらっしゃる?」
「そこにいる。おまえの後ろだ」
「だから、本物の第五皇子のことを……」
カエランラは、首に冷たい物を感じて言葉を飲んだ。ついで冷たい指が触れてくる。気がつくと、第五皇子がカエランラの後ろに立って、首にナイフを当てていた。果物の為のナイフだが、刃を上に、柔らかい喉仏に押しつけるようにあてている。
「アヤノ。やめよ」
とサテンが言うと、ナイフが外れた。しかし、喉仏には細く長い指があたり、首をつかむようにさまよっている。
「アヤノ。やめよ」
サテンが少し強く言うと、指が物足りなそうに離れた。
「失礼した」
と言ったのは、サテンだった。カエランラは、ゆっくりと首だけで右を見た。そこには、冷たい眼差しで自分を見つめる第五皇子の姿があった。




