第五皇子-005 朝日が昇り始める
夜が明けるまで探し続けて、それでも何も見つからなかった。
なんとも釈然としない気持ちになった。と、その時、凍えそうな冷気が頬をなぶった。振り返ると、森の木が揺れ風が流れ込んでいた。すると、これこそが、あの時の風だったのだ、という気持ちが大きくなって、カエランラは歯噛みしたいような気持になった。だまされたのだ。いっぱい食わされたのだ。龍がいるなどそもそも間違いだったのだ。ペテン師にだまされたのだ。と、そこまで思って、じっと自分の心を見つめた。すぐそこにいるのは人間だ。まぎれもない人間であり、ペテン師だ、と思う。そう思いはじめているのだが、出来事をさらい、その時感じた恐怖や動揺を記録として思い返す。すると、ペテン師だと思う方がおかしい、事実を無視した気の迷いだ、と記録の思考が訴えてくる。カエランラは、この二重の感覚は何だろう、と自分の心を静かに見つめた。
サテンは、毛布を引きかぶったまま、気持のよさそうな寝息を立てていた。カエランラの緊張をよそに、霜が降りそうなほどの寒さの中、まるで、日向ぼっこしているかのように身体を伸ばして。朝日が昇り始めると、身じろぎして、光の中へすりよるように顔を出す。伸びた手足は、突っぱねるようにソファーで伸びて、再び緩んで毛布に絡む。カエランラは、顔をあげて庭を見た。サテンを見つめた。だらしなく眠る姿をじっと見る。あまりに緊張感がなさすぎる。カエランラは、軽くため息をつくと、ソファーにどっと腰をおろして、足を上げた。人が見たら驚くほど寛いだ姿になって、毛布を軽く腹に乗せるとあくびをかみ殺して目を閉じた。
眠れまい。と思った。何か、普通じゃない物を見た。とも思った。なのに、思う傍から意識が薄れ、あっという間に眠ってしまった。
気がつくと、太陽は頭上高く昇り、あたりは明るくなり、空気も暖かくなっていた。庭へ通じる扉も開かれ、カエランラはどこにいたのか瞬間忘れた。しかしすぐに思い出す。第五皇子の広間に泊まったのだと、身体を伸ばす。何か音がしたようだ。と眼を開けたまま考えた。ソファーの上で身じろぎをする。すると、頭上から、華やかな笑い声が聞こえてきた。カエランラは、ソファーから身体を起こした。華やかな笑い声は、甲高い笑い声に変わり、
「まあ、わたくしもごいっしょに」
と、艶やな響きを帯びた。自分の優位性だけを考えている、皇子の為とは名ばかりのいつもの女の声だった。カエランラは、立ち上がると苦い顔で口の中で何かを罵った。と思うと、駆けだし、庭から外階段を駆け上がる。途中で、毛布を握っていたと気がついて、いらだたしく投げ捨てる。テラスに向かって、一段抜かしで駆け上がると、背を向けていた衛兵を押しのけて、中へ一歩踏み込んだ。と、そこで、彼は固まった。
テラスには、丸テーブルが置かれていた。いつもは、枯葉が積もるばかりの鉄と石のテーブルが綺麗に拭かれ、テーブルの上には、パンの籠や果物の盛り皿がある。このテラスではついぞ見たことがないワゴンがあって、温かい野菜や焼き跡のある肉やふわふわに焼いた卵が大皿に乗っていた。カエランラは、衛兵の脇で立ち止まったまま、テーブルの中央にいる、背の高い背筋の伸びた青年から目が離せなかった。真っ黒い瞳は、温かく笑っている。カエランラに気づいた瞳は笑いを深め、と思うと片頬が緩み、正面に座る女に楽しそうに示して見せる。正面の女はララルーアだった。ララルーアが、振り返って何かはしゃいだ声を出していた。しかし、カエランラにはそんな声は聞こえなかった。聞く気もなかった。それどころか、正面の青年が腕を振って、テーブルを示すのをただただ見つめていた。そして、その青年が、立ち上がって、さあ、と言うように椅子を引くのを、まるで夢でも見ているかのように見つめていた。
「ボルト。まだ寝ているのか?」
青年が何度目かの声をかけた。カエランラはやっとその声が耳に入り、脇にいた衛兵の腕を掴んでいるのだと気が付いた。慌てて、押しのけるようにして前へ出る。
「もう、昼を過ぎているのだぞ?」
青年は再び言って、自分の脇の椅子の背を軽くたたいた。ここへ座るように、とでも言うように。カエランラは、二歩、歩きだし、そして、手をあげ、何かを表現しようとするのか両手を振った。そして、最後に、
「第五皇子」
とつぶやいた。




