第五皇子-004 人を観察しているだけだ
カエランラの動揺ぶりを、サテンは眺めているだけだ。
嘲笑しているように見えた顔は、単なる無表情だと気が付いた。人を観察しているだけだ。カエランラは、毛布をソファーに落として、膝に力を入れて立ちあがった。うれしいことに力が入った。これで、膝からつぶれたら目も当てられない、と独り動揺しながら。それでも、立ち上がると、片手を開いて、友好に片頬に笑みまで浮かべて、サテンの方へと踏み出した。
「まるで、あなたが、ペテン師であるかのように話してしまい、申し訳ありません。わたくしどもが、お恥ずかしいことに龍のマネをできる者を連れてきてしまったものですから。あなたも同じだと思ってしまったのです。まったくもって、我身が恥ずかしい」
カエランラはなんと話を続けるべきか考えた。そして、階上の皇子のことを思い出す。本当に、第五皇子は龍だったのかと動揺する。だから、サテンを龍と見抜いて、龍の王への礼儀をとったのだろうかと考えたのだ。すると、皇子が龍に下ったことになっている。それはそれでいいはずだった。龍が守る国だと言うことが名実ともになされたのだから、と思いながらも、カエランラは別のことを言っていた。
「王陛下のおっしゃった通り、ペルシールの領主になっていただけると、わたくしどもも大変光栄に存じます。わが王国に龍の持つ領土があるとなれば、それは古の王国としての意義はもちろん、四方への睨みとなり、我王国はもちろん、あなたの持つ領土も、平和な争いのない土地になることでしょう」
カエランラは、踏み出しながら、歯噛みしたくなった。まるで、崖の淵へ近づいていこうとしているかのように足が重く動かない。一歩踏み出すたびに、言い知れないような震えが背中を這い上がる。目の前に座る男は男に見える。人間にしか見えない。しかし、先ほどの、光の渦がまだ眼底にちらついていた。身体が意思を裏切り続ける。それでも、さらに、三歩踏み出して、ガラス扉の傍に立ち、庭のサテンを見下ろした。
「こんな夜中に、ぶしつけだとは思いますが、明日にでも再び陛下にお会いいただき、あなた様の身を証明したく存じます」
と言った。ついでに、片膝を引き、貴人に対する礼をとる。サテンは、ひじ掛けから顎を上げた。身体を起こし、カエランラを見上げる。
「そうか。ペルシール地方は必要な場所だ。くれると言うならもらっておこう」
そう言ってにやっと笑って見せた。今度は、意地の悪い笑いになる。
「わたしは人間だ。それでも構わないというならな」
「もちろん、あなたがご自分のことを人間だとおっしゃり続けたいのでしたら、どうぞおっしゃり続けてください。我々は、あなたがどうありたいかを尊重します。ただ、陛下へ奏上する時には、あなたを龍だと断言いたしますが」
「わたしは人間だ。それを忘れなければ勝手にするがいい」
「ありがたくぞんじます」
カエランラはそう言って、再び礼をとった。ふと気がつくと、肩に入った力が抜けていくのが分かった。見ると、サテンが大きく伸びをしてあくびをしていた。あの、ついさっきまでの異様な空気がすっかり消えて、毛布を引き上げる姿は、手足の長い野良猫が毛布の中に潜り込もうとしているようにも見えた。
カエランラは一抹の不安を感じた。ついさっき、見たことをごまかしたり見なかったことにしたりはしない、と思ったのだが、本当に見たのだろうか、と不安を感じた。ペテン師の中には、宵闇にまぎれて幻想を見せる者もいると聞く。方法は分からないが、この男がそれをしたのだとすると、まんまとだまされたことになる。そこにいるサテンは、毛布にくるまって、夜明け前の寒さに震えてベンチの上で丸くなっていた。あっという間にすやすやと眠りだす。あまりに、自然な姿に見えた。これが、この男の日常だったのではないか、という気がしてくるほどだ。家の無い、野良犬のような男が本当の姿では、と思いながら、カエランラはサテンを見下ろしていた。
もしも、サテンがペテン師だとすると、と不安がどっと沸き上がる。カエランラは、踵を返すと広間の奥へ向かった。部屋を明るくする仕掛けがあるのかもしれない。音を反響させ、風の音を声に錯覚させるような物があるかもしれない。と部屋の中を調べだした。床や壁をしゃがんだり屈んだりして、丹念に調べ始めたのだった。




