第五皇子-003 ゆっくりと足を床に戻した
カエランラは、落ち着かせようと、ゆっくりと足を床に戻した。
すると、大地を感じて本当に落ち着いてきた。
「今のはなんだ」
独りごとが飛び出した。さらに言う。
「龍が来たのか?」
すると、サテンが言った。鼻で笑うような声だった。
「まさか」
「しかし、今のは声だ。声がしたではないか! 笑い声も聞こえた。それに、あの光りは!」
思わず、大声で言い返えしていた。サテンは庭先にいた。カエランラは室内にいた。不思議なことに、まるですぐ近くにいるような会話だった。その不思議さにカエランラは気付かない。徐々に光が消えていき、室内はいつもの暗い物悲しい雰囲気に変わりだす。カエランラはそんな様子にも気付かない。
「今、おまえが話していたのは何だ? いったい何の言葉を使っていた? それが龍の言葉か? おまえは龍使いだったのか? そんな人間が本当にいるのか? それとも、おまえは龍か? おまえ自身が龍なのか? いいや。やはり龍なのだな!」
と言った。そして、大きく息を吸う。
「なら、なぜ、こんなところにいる?!」
と大声で怒鳴った。サテンは黙ったままだった。ひじ掛けに腕を乗せ、腕に顎を乗せ、カエランラを眺めている。月が逆光になり表情は見えない。しかし、らんらんと輝く瞳が光の穴のようにぽっかり空いているように見えた。カエランラは唾を飲んだ。龍とは、どんな生き物だったか思いだそうと必死になった。人間とともに共存していたはずだ、と自分で自分に言って聞かせた。しかし、光の穴が徐々に大きくなっていくような気がして、思考がうまくまとまらない。それでも、しゃべりつづけた。
「人間になんの用だ? 龍の国は龍の国で賑やかにやっているのだろう? われわれには何もないぞ。われわれにできることなぞ、ほとんどない。何もないようなものだ」
カエランラは頭を振った。何をばかなことを言っているのだ、と言う気持ちになった。なぜ、こんな卑屈な気持ちにならなきゃならないのだ、と思った。
「なぜ、おまえはそこにいる?! なぜ、人間の世界にわざわざ足を運んできたのだ! しかも、なぜ、人間の姿をしているんだ! おまえは、本当は人間だろう!」
と最後は力を込めて怒鳴った。人間でいてほしかった。サテンの目の光を嘘だと言ってほしかった。そんな風に、現実から逃避しようとしている自分が信じられなかった。カエランラは大きく息を吸った。そして、数を十まで数えた。そして、今さっきまでの動揺など嘘であるかのように落ち着いた声で、
「龍の方。人間の王国へようこそ」
と声を絞った。まるで茶番のような一言だった。しかし、カエランラは本気だった。歓迎し、歓待し、そして、人間の力を凌ぐであろう生き物を味方にするか、追い返すか、なんとか手を打たなければと、頭を動かさなければと必死になって考えていた。サテンは鼻で笑った。すると、蓋をしたかのように目の光が消えた。逆光になった顔は、不思議なことに、皮肉な表情を浮かべた影のある男の顔になっていた。月は傾き、星も陰り、外は暗く、中も暗い。おかげで、顔が見えだした。
そこには、王国を動かすほどの権力を持つカエランラが、一瞬の動揺で取り乱したのを笑っている、厭味な男がいるだけだった。カエランラは冷静に男を見つめた。先ほど見た物は嘘だったと、自分をだますことはしなかった。人間の皮をかぶった、人間にばけた化け物がそこにいる。と気を引き締めた。
「昼間のことは失礼した」
カエランラはそう言って、初めて自分が毛布を握りしめているのだと気が付いた。さすがに、恥ずかしかったのか頬が紅く上気した。どうにか、落ち着いたそぶりで毛布を離す。が、思った以上に力をこめて握っていた。もう片方の手で引き剥がさなければならないほど強く握りしめていた。




