皇子宮-011 おまえにに何が分かる
廊下の方で物音がした。
見ると、第一皇子が入口で立ち止まったまま、こちらを見ていた。廊下で侍従達がうろうろしている。皇子を見ながら落ち着かない顔で後ろに下がる。皇子は、中を見ていたのだが、侍従達に何かを言伝ると、廊下の向こうへ消えてしまった。声をかけられた侍従の一人が慌てて広間に入り、
「よくぞ、お起こしくださいました、カエランラ殿。どうぞ、ソファーへおくつろぎください。殿下は、執務の疲れで今夜はこちらへいらっしゃれませんが、ごゆっくりしていらしてくださいとのことでございます」
そう言うと、まるで、合わせたかのように、横の扉が開いた。女官達が滑るように酒の盆を掲げてやってくる。緊張の仕方が、カエランラとの微妙な関係を物語る。
「いいや、私も長居はできぬ。殿下への挨拶が先であるべきが、こちらへ来てしまい失礼をいたしました。無礼を気になされたのなら、後で、お寛ぎの時にでもお詫び申し上げてくれ」
「いえいえ。めっそうもございません。殿下は、もちろん、カエランラ殿のご用件を尊重なされますゆえ」
「おまえにに何が分かる」
とこれは、小さなつぶやきだった。それから、
「こちらの龍を連れに参っただけだ。バイローンもすぐにこちらに来るだろう。さあ、サテン。行ってもらおうか」
とサテンに言うと、カエランラは侍従に、
「また後ほど、ゆっくりと時間をとってご挨拶に伺いますと、殿下へお伝えしてくれ」
と言って、サテンに顎を振って立つように合図した。サテンはゆったり立ち上がる。逆らう気はないようだった。
侍従達が慌てて横によけると、カエランラが歩き出し、サテンも後をついて歩きだした。広間の脇の出口へ向かう。気がつくと、執務室側の廊下の端にはミラーナが立っていた。心配顔の侍女達が周りを囲う。ミラーナは、手には縫いかけの刺繍の布を握っている。カエランラが立ち止まり、大きく腰を曲げて挨拶をすると、ミラーナは睨みつけただけで背を向けて廊下の奥へ戻ってしまった。
「私は嫌われているのでな」
と。別に聞かれたわけでもないのにつぶやいた。落胆しているようにも、あきらめているようにも聞こえた。
第五皇子の部屋は西に面していた。森がほとんどを隠してしまうような鬱蒼とした木の茂る場所で、部屋は、外階段から二階に上がった場所にある。普段、主がいないせいか閑散としていて、岩壁にタペストリーが張られているだけだった。テラスから入る扉は、腰丈までの飾り彫りのある一枚板にガラスの付いた扉で、中は薄暗く見えた。
サテンは、外階段を上って行く。対象的な部屋だった。第一皇子の部屋は月明かりだけでも、光に満ちた部屋だった。なのに、第五皇子の部屋は暗く、奥に灯されたランプの明かりで、かろうじて絨毯の敷かれた床や、重たげな石の家具がほんのり浮かびあがっるほど暗い。テラスから中には、誰も見張りがいない。さっきまでいた第一皇子の部屋には従者がどこにでもいた。また、女官もまるで見張っているかのように皇子の息をはかって用事をしようと待ち構えていた。しかし、第五皇子の部屋には誰も人がいなかった。
サテンが、中に入ると、風を受けてランプが揺れた。奥の隅で影が動いた。見ると、天井まである立派な書棚の前で、両足を抱えてうずくまっている青年がいた。ランプは石のテーブルの上に置かれ、青年の顔は陰になっている。ぎらぎらした眼が異様に光る。頬に影が落ちて、白い顔が髑髏のようだ。乾いた革のような唇からは、小さく小刻みみ言葉にならない音がこぼれ続けていた。




