皇子宮-009 龍が選ぶ服?
「あら、どうして?」
ミラーナが聞いた。
「だって、君は、実家に戻ってからどの服を着たいか決められなくて、時間がかかりすぎて、最後は、出る直前まで選び続けているからでしょう? だから、食事をする時間がなくなってしまう」
「そうよ! 謁見の間に入るためのお衣装選びに時間がかかりすぎたっておかしくないわ!」
「ただ単に、女官達の着せつけに時間がかかるだけだと聞いているよ」
「まあ、自分でお衣装を選べないの? 作るところからやらないからだわ。殿方は、みんな人任せにするのがお好きだから。だから、女官達が困ってしまうのよ」
ミラーナは、困った人たちがいるのよね、と言うように、サテンと皇子を交互に見た。サテンの表情は変わらなかった。しかし、困った人達なのよね、というミラーナを普通の目で見降ろしていた。その目には険しさがない。穏やかと言ってもいい。皇子はサテンの穏やかさに気が付いた。そして、今度は本当に、
「さあ、サテン。食事にしましょう。あなたは何が食べたいかな? ここはたいていの物が出せると思いますよ。何と言っても王宮ですからね」
とふざけて言った。ミラーナはその表情に驚いていた。皇子は親切で優しい。しかし、寛いだ顔を他人には見せない。なのに、このサテンと言う人物にはそれを見せる。嘘の龍だという話なのに、なぜかしら、とミラーナは考え込んだ。サテンは、表情を変えずに、
「それよりも、服をくれ。食事は、汲みたての清水と、果実があれば結構だ」
「龍は肉食だと聞いたのだが」
「いったい、どの龍の話をしているのだ? 巨大な龍が肉食だったら、人間との共存なんかできないだろう。人間は今頃生き残っていないのではないか?」
「つまり、ララルーア殿と、龍は草食だと決めたのですか?」
皇子がさらっと厭味をまぜて言うと、ミラーナが、
「あら。ララルーア殿は、領地だけじゃなくて、龍の食生活も決める権限がおありなの?」
と言った。ミラーナは、皇子が寛いでいるから、サテンをお気に入りに入れることにしたらしい。にこりと笑って見せた。皇子は、冗談か本気か決めかねるようにミラーナを見る。と、代わりにサテンが、
「龍の衣装も勝手に決める」
とむつりと言った。ミラーナは、ぱぁっと花が咲いたように笑った。サテンは、むつりとしたままだったが、穏やかな目を向ける。皇子は、この視線にも気がついて、口元が温かい微笑のような形になった。侍従達に服の指示を出して、サテンを奥へお連れするようにと言う。サテンは、付き人と言うよりも、すっかり友人のような扱いになっていた。サテンは、言われるままに、衣装を替えに、奥へ行こうと歩き出した。サテンの表情は変わらなかった。しかし、皇子とすれ違うと、その時、静かにつぶやいた。
「人間とでは子ができない。龍を選べ」
皇子がはっと顔を上げると、サテンは背を向け侍従達の傍へ歩いて行くところだった。サテンは背を向けたまま、侍従達と奥へ消えた。皇子は顔がうごかせなかった。表情が固まっていた。ミラーナが心配そうに見上げている。皇子は、つないだ手を強く握った。
「殿下?」
皇子は無理やり笑顔を作った。
「何でもないよ。大丈夫。ララルーア殿は手ごわいからね。龍を見方につけないと」
「大丈夫ですわ。だって、あの方、すっかり殿下の見方のように見えますもの」
「そうかな?」
「ええ。わたくし、こういう勘はあたりますのよ」
ミラーナは、いたずらっぽく笑った。そして、さらに、
「ぜったい、殿下のためを思って行動してくださいますわ!」
と自信を持って言ったのだった。皇子は、
「本当にそうだといいね」
「本当ですわ。きっと必ず、大丈夫ですわ」
皇子は、黙ってうなずいた。言い知れないほどの不安が膨れ上がった。しかし、ごくりとのみ込んで、
「さて。龍が好んで着る服と言うのは、どんな服か、楽しみですね」
「龍が選ぶ服? 本当に! どんな服を選ぶのかしらね」
ミラーナは、衣装の種類を次々に言いだした。




