皇子宮-008 街道に兵が置かれた程度だった
ペルシール地方はララルーアの封鎖にあっていた。
と言っても、一部であり、街道に兵が置かれた程度だったのだが、ペルシール地方は山岳地方の入口にあたる。そして、封鎖したのが山道であったせいか、本当に行き来できない場所が生まれつつあった。ペルシール地方の中を知る者はほとんどいない、と言う事だった。
第一皇子の部屋で、ミラーナが、第一皇子の手をしっかりと握っていた。アントラックが部屋を出て、しんと静まり返った部屋の中、サテンがいるにも関わらず、しっかりと第一皇子の手を握りながら、心配そうに見上げていた。
第一皇子は、ミラーナの視線を受けて、その顔を見た。幼い、と思った。生まれてすぐ第一皇子の婚約者を命じられ、当然のように寄り添ってくる。生まれながらの相棒であるかのようにふるまって、疑う事を知らない少女だ。小さいからこそ純粋に、婚約者こそはこうあるべき、と言う態度を示す。後ろめたい気持ちになった。もう少し成長し、自分のことをよく分かるようになったら、離れて行ってしまうのかもしれない。と思うと、不安ともあきらめともつかない気持ちになる。それでも、今は、このまっすぐに自分の目を見て話してくれる、ミラーナが大切だった。自分の唯一の味方だった。ミラーナだけは守りたい。絶対に守りたい、と第一皇子は思う。
王に、第一皇子としての立場を与えられた後、第一皇子としての力を立証する機会が与えられた。施政官の助言者と言う立場で、皇子としての仕事を覚えていった。王の世継ぎであった両親が亡くなった後も、カエランラやミラーナの一族が、第一皇子の戴冠を楽しみにし、彼らが支え励ましてくれていた。さまざまな言葉の中に、温かい何かがあった。世継ぎであった両親がいなくなった後も、日々変わりなく、王国を第一に納める事のみ考えて生きる日々があった。そんな日々が喜びとなっていた。
それが、自分の失敗のせいで、何もかもがなくなろうとしていた。たった一言、王への言葉を誤ったために。あの一言のせいで、何もかもが変わってしまった。あれは、街の施政の長達からの相談ごとが発端だった。商人達が多くの護衛を集めなければ店が立ち行かなくなるほど、城壁近くの治安が悪いと聞きつけて、商人区域の四辻に自警東屋を作らせた。街でやとった護衛を据えての示威行為だったのだが、それで治安が向上し、王からは、お褒めの言葉を頂いた。
その時の事だ。嬉しくも晴れがましくなり、つい、「私も王族で、龍なのです」と王へ言った。誇らしく思い、王に喜びを伝えるための一言だった。
この言葉のどこが悪かったのか、いまだに自分は分からない、と思いながら第一皇子はため息をついた。あの瞬間に、王は顔を激変させた。厳しさの中に優しい目の色を見せていた王が、その顔をこわばらせて、退出せよと激高した。王の目の中にあったのは、暗く重たい何かだった。喜びでもなければ、慈愛でもない。あれから、王は自分を見ない。あれからすべてが変わってしまった。
皇子はミラーナへ向かって穏やかな微笑をしてみせた。不安そうなミラーナの顔にこわばった笑みが上がる。皇子の不安がそのまま表れたような笑みだった。安心させたい、大事にしたい。その思いから、皇子はさらににこりと笑う。ミラーナの顔が疑うような眼差しになり、皇子の目がからかうように動くと安心したようにぷっと頬を膨らませた。皇子は、ミラーナの手を引っ張った。やっと動き出した皇子に、ミラーナはほっとした顔を見せた。さらに、皇子がテーブルに向かって歩き出すと、
「わたくし、ソファーがよろしいのですけど?」
と不満たっぷりに言う。皇子が、
「そう言わないで。サテン殿に、軽食を取らしてあげないと。きっと、朝からほとんど何も召し上がってないはずですから」
「あら、そうね。謁見の時には、お衣装のために、朝から何も召し上がれないとお聞きしているわ。わたくしの里帰りの時と全く同じだわ」
「それは、少し違うと思うよ」




