皇子宮-006 役立たずの守役になるだろう
彼らを見守るチェラック・カエランラは、テラスの入口に立って考え込んでいた。
バイローンは願ってもない守役だ、と思っていた。しかし、ララルーアの連れてきた男は、役立たずの守役になるだろうが、まさしく龍そのものに見えた。自分が龍を選んだ基準は、第五皇子を人らしく見せることのできる人間、という基準だった。王がそう望んでいると思ったからだが、あの女は、つまりは、ララルーアは違っていた。王の意図を汲むのは、やはりララルーアの方が上なのか、あの龍こそが、王が欲しがっていたの龍なのかと考えあぐねながら、第五皇子を眺めた。
これが王になる器だとは思えない。王が本当にこの第五皇子を王に据えると言い出すとは思えない。無理だと納得し、全てに無理だと伝えたいがために、王は第五皇子に最後のチャンスを与えたいのだと思っていたのだが。読み間違いか、と考え込む。もし万が一、第五皇子を王にと言った場合には、その後見役はカエランラ家になるはずだった。その為に、こうやって守役を連れて来たのだ。しかし、王は、あのララルーアの龍に入れ込んでいるように見えた。あの龍こそが、この第五皇子の龍である、と言い、その後見には龍を見出したララルーアこそふさわしい、とでも言いだしたならば、と思うと、チェラックは苦い顔をした。
ペルシール地方をララルーアの龍に与えると言ったのは、そのためだったのではないかとさえ思えてくる。第五皇子の後見にララルーアを据え、その後見に龍を据える。
ばかげたように見えるのだが、あのサテンという男がいれば、王は動きそうな気がした。控えの間で見たあの男は、そのくらい底知れない力のある男の様に見えた。あの男の身元が知りたいと思った。王は知っているのだろうかと不安になった。知っているからこそ、ララルーアに連れて来させたのかとさえ疑いたくなった。ペルシール地方は自治を重んじる風潮がある地方だ。王宮へ隠した統治者を持っていてもおかしくないのではないだろうか。と思ったところで、首を横に振った。それなら、ララルーアが統治などできるはずがない。今頃は、反発はおろか、反旗を翻していてもおかしくない。ただ漠然と、ペルシールから来たララルーアの龍が怖いと思った。何をするか分からない。何でもできるのではないかと思えてくる。その根拠のない不安が怖かった。
チェラックは、夕日の中、侍従に呼ばれた。暗い廊下へ戻ると、チェラック宛の親書を手に、「急ぎのようです」と差し出してくる。侍従は深く礼を示して、親書の口に赤いラインがあるのを見せ急ぎのしるしだと示してから、「職務中に申し訳ありません」と謝罪しながら手渡した。これが、王宮の侍従のすごいところだ、と思いながら、チェラックは親書を手に礼を言った。彼らの、深く謝意を示し、遠慮を前面に出し、王宮に来た全ての者へ仕える、と言う姿は、実父である商人のアントラックのやり方とは全く違う。彼らはこちらに声をかけるのが仕事であって、割り込むのは彼らのせいではない。なのに、なぜ、侍従達は、こんな簡単に謝罪ができるのだろうと考えながら、チェラックは人目を避けて、手紙を広げる。さらさらと読むと、読むうちに、チェラックは表情を硬くした。
「旦那、どうしました?」
とバイローンが廊下へ出て来てきて、砕けた調子で声をかけた。ララルーアや玉座の間で見たバイローンとは全く違う。砕けたと言うよりも品が消えたと言うような話し方だ。チェラックは、ずいぶん長く、親書を睨んでいたらしい。夕陽は長い影を描き、遠くの空は紫色に暗く陰りだしていた。第五皇子はと言うと、壁に向かって腰かけている。自分の頭に乗せた紙の影を見つめている。バイローンが一人遊びができるようにと頭に折り紙の龍をかぶらせ、影を見せ、動かして見せたらしい。一人、黙々と龍の動きを追っている。
「ペルシールの豪族の動きだ」
と簡潔に言った。バイローンが考え込むような顔をする。
「とうとう、ララルーアのやり方に耐えられなくなったんでしょうかねぇ」
と気楽に言う。しかし、チェラックは首を左右に振って、
「英雄神話を声高に唱えだした者達がいる、と言うだけだ」
サテンの名前を前面に出し、龍神の祭りをし始めた、と言う事だった。




