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龍の生まれる国  作者: るるる
第一部 王城の龍 皇子宮
54/128

皇子宮-005 ペルシール地方の古の英雄の名

「それでは、殿下。私はこの辺で失礼いたします」


とアントラックは、皇子が見守る中、廊下近くの扉へ歩き出したのだが、途中で立ち止まって振り返える。

「そうそう。殿下のことですから、もちろん、ご存じでいらっしゃるかと思いますが。サテン・チェシェという、ペルシール地方の古の英雄の名はご存じでしょうか?」

と言った。皇子は驚いたような顔をした。アントラックは、

「自治を望み、王家と対立した者の話だと聞きます。有名な地方の逸話です」

「自治の逸話は有名です。龍の化身が活躍したと言う話です」

「ええ。そうです。しかし、地元では、サテン・チェシェと言う通り名がございます」

アントラックはサテンを見ない。皇子にのみ、

「そのお話をしなければと思い、こちらへ寄せていただきました。三百年以上昔の逸話ですが、龍の化身は、大事な者を救うために、ペルシール地方を独立した地方へ変えた、と言う話だそうです。大事な者を必ず守る者、と言う意味が、サテン・チェシェにはあるそうです」

「英雄とは、えてしてそう言うものでしょう」

と皇子は答えながら、脇に立つサテンを眺めた。何かを守ると言う事からは、かけ離れた冷めた目であたりを見回す男を見て、「腑に落ちない」と考え込んだ。アントラックの商人としての名声は伊達ではない。一代で富を築き上げた腕前と、王宮の奥深くまで何食わぬ顔で入り込む周到さは嘘ではない。その男が、わざわざサテンの目の前で、サテンの名前は偽名である、と明言している。疑え、と言う事なのだろうかと思うが、その理由が分からない。アントラックは、皇子に警告するほど、親切な男じゃない。サテンは偽名通り、ペルシール地方の仲間を大事にする人間だ、と言う意味合いがあって、サテンの裏にいる人間を警戒しろ、と言う王家への警告だろうか? と首を傾げた。アントラックの王家への忠誠は揺るぎなかった。王家と言うより、王へ、と言う方が正しいのだが。


そのアントラックは、視線をサテンへ変えて、

「我らの大事な殿下です。どうか、おろそかにしないように願います」

とわざわざ言った。サテンの裏に立つ人間を知っていて、やり過ぎるな、と言う警告だろうか? と言う事は、王に取って、自分は少しは大事な人間なのだろうか、と期待した。皇子は、アントラックが無言の会釈で、部屋を出て行くと、その背を見送り、扉が閉じる時まで見つめていた。そして、扉が閉じると、深いため息をついて、横に立つミラーナの手をそっと握った。自分の見方は、ミラーナのみ。ミラーナも同じように扉を睨んでいたのだが、皇子の手握りしめて、そっと皇子を見上げていた。皇子は扉を見たまま動かない。そんな皇子を悲しさを耐えるように見つめていた。


場所は変わって、ペルシール地方の近く。六日前に派遣されたバウンの部下が、土埃の顔をそのままに、街道を王都へ向かって馬を飛ばしていた。替え馬を、声高に宿場町で用意させると、食事もそこそこに飛び出していく。ララルーアの家のものだと気づいた者はいなかった。しかし、その慌てぶりに、何事かと宿場の人は覗きに出てくる。男は、見送る人々の視線を受けて、手には血に染まった草書を握りしめ、仕舞うことさえ忘れたように、馬の腹を蹴立てて走り去る。


ちょうどその頃、第五皇子の宮では、バイローンが第五皇子と影遊びをしていた。第一皇子の宮と違って、天井の低いひっそりとした場所にある宮だった。テラスがあって森が見渡せるのだが、西向きの為か静かな気配だ。テラス近くの壁の傍で、石の床に絨毯を敷いた場所に座り込み、バイローンは器用に龍の形を腕で作って、龍の影を岩壁に造り出す。クッションを手に皇子は真剣そのものの表情で見守っている。皇子は、影の龍が動くと目を見開いて目で追いかける。夕陽を受けて遊ぶ二人は、大きくなりすぎた、無邪気な男の子達に見えた。

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