謁見の間-012 龍が空を怖がっている
第一皇子は、動かないサテンに向かって話し続ける。龍が空を怖がっていると言う事実をなんとかしなければと思ったようで、
「いろいろな龍がいるそうですから。きっと地龍は、空が苦手なのでしょう」
と言ってやる。皇子はサテンを人なのだ、と思った。だから、サテンを怖がらせるつもりも、龍だと言っているごまかしを暴くつもりもなかった。それだけに、慌てていた。皇子の焦りが、手に伝わって来たらしい、サテンは自分の手に置かれた皇子の手を見た。皇子はしっかり握りしめる。
「ほら、一歩下がるだけでいいのです。大丈夫。後ろには衛兵がいます。ぜったいに落ちたりしません。あなた一人ではないのですから」
サテンは首を横に振った。
「本当です。あなたは一人じゃない。ほら、私がこうしてここにいるでしょう? 大丈夫。こうやって、空を隠すようにしますから。私を見ていれば。そうすれば、」
サテンは、皇子の言葉を聞いていた。そして、皇子を見ながら、涙があふれ出していた。皇子が驚いて言葉を止めた。皇子の手にサテンの涙が落ちる。サテンは、泣き笑いのような顔になる。すぐそばで、空を隠そうとして立ちはだかる皇子がいた。
「おまえがいる? ここにいる? でも、この先には? 未来には? 空は空っぽで、誰もいない。海に住まう者も、大地を雄大に泳ぐ者も、ここにはいない」
「サテン?」
「あの空を悠々と飛ぶ龍の群れがいない。群れをなして夕日に向かっていく龍の群れは? 海辺の岩穴へ眠りに帰る龍達は? どこにもいない。高台に立って大地を見れば、必ず、どこかに地龍の背びれが見えた。空気となって空を渡る気龍の声が聞こえ、風に乗って龍の歌が流れていた」
皇子は、自分に落ちたサテンの涙を指でぬぐった。サテンは龍がいないことを真剣に嘆いている。涙を流すほど悲しんでいる。皇子は不安に思った。サテンはおかしいと思うより、悲しいと思う気持ちが分かるような気がして、不安になった。
「それは、はるか昔の言い伝えではありませんか」
「だから良いのか? 言い伝えになってしまえば、滅んでしまってもいいと言うのか?」
「私にはどうしようもないことで、嘆いても仕方がない」
サテンは、皇子の手を振り払った。皇子は一歩階段を降りた。
「おまえは人間でいたいと言った。だから、おまえには関係がない。わたしとは全く関係がない」
サテンは、皇子の向こうを見つめた。何もない青空をじっと見た。
「私はペテン師だ。サテン・チェシェは、龍ではない。おまえの相手をしても、第五皇子の相手をしても、互いに、何の得にもならないだろう。大地へついたら、王宮の外へ出る」
「あなたは龍に詳しい」
「チェシェ村は、龍の言い伝えで生きていたようなものだ」
「まるで、龍の群れを見たことがあるかのような言い方をする」
「もちろん、そう言うようにと、ララルーアと約束をしているからだ」
皇子はサテンを穴があくほど眺めた。
サテンは龍であることも、そのふりをして王宮に来ているだけだと言うことも、どちらでもいいと言うような顔になっていた。皇子は穴があくほどサテンを見ていた。サテンは表情がぼんやりとした顔になった。皇子は思わず言っていた。
「私を人間だと言ってほしい。第五皇子を龍だと言って、王を納得させてほしい」
サテンは無表情な顔で答えた。
「そんなことをしたら、おまえは跡を継ぐことができなくなる」
「龍ではないと、龍のあなたが言ったなら、王はきっとお信じになる。あなたが言った通りです。王陛下は人間の跡継ぎが欲しいのです。ですから、私は人間でなければならない」
「私はペテン師であって、龍ではない」
「あなたは、サテン・チェシェが龍ではないと言っているが、自分は龍ではないと言ってはいません。あなたは龍だ。そうでしょう? それでなければ、この涙はなんなのです?」
皇子は自分の手をあげ聞いた。サテンは苦笑いをして見せた。視線に力が戻りだす。
「龍にはまっている人間は、龍のことを思うとそれだけで泣けてくるのだよ」
「ふざけないでください」
「ふざけてなんかいないさ。滅びの道を行った龍を思って、涙にくれる。これは、悲しみに共鳴したがる人間の性だ」
「群れを懐かしんでいたではないですか!」
「よく考えてみたまえ。すべての龍が滅びるほどの長い時がたっているのだよ? 龍は独りでは生きられない性だ。となると、今いる私は人間かね? それとも龍?」
「独りだから人間だ、と言いたいのですか」
「もちろんだ」
皇子は信じてはいなかった。不思議なほど、サテンは龍だと、それ以外ではありえないと感じていた。しかし、言いあっても無駄だと思えた。思ったとたん、皇子はつい、言ってみた。
「あなたが、私を人間だと断定してくれるなら、私は龍として生きましょう」




