謁見の間-011 絶壁の岩の上、小さなバルコニーがあった
皇子は歩き出した。前方の階段の上で影が動いた。衛兵がやっと動き出した二人を見て安心した。皇子に合わせて警護をしながら上へ上がる。皇子は穏やかな声で、そして、謁見の間にいる時の朗らかさで話し始めた。
「確か、あなたは、ペルシール地方から来たと聞きました。あちらの情勢を教えていただけまいか? チェシェ村を襲ったと言う病がどのようなものだったのか。また、王都へ来るまでの人々の様子がどうであったのか。あなたにとっては、辛いことや、つまらないことかもしれないが、私にとっては珍しい事や必要なことばかりです。質問ばかりしても許してほしいのですが」
皇子がそう言って、階段の途中で立ち止まった。中二階のようになっていた。小さな広間の端に片開きの小さな扉があった。扉の脇には衛兵が立ち、皇子を見ると敬礼をした。
「さあ、着きました。こちらが私の宮殿です。この岩通路もそれなりに良いところではあるのですが、息苦しくていけません。外の空気を吸って、一息つきましょう」
と皇子が言った。衛兵は、皇子のために、扉に手を添えすっと押した。
絶壁の岩の上にでた。小さなバルコニーがあった。風が強く、髪が逆立ち、服の裾が舞い上がる。岩山の頂上付近だった。正面には青空がある。眼下には緑の森だ。森の向こうに石の街が広がっている。石の街の向こうには、広大な大河が見えた。小さな点々とした帆船が港に向かってひた走る。
「素晴らしい眺めでしょう? 私は気にいっています。小さい頃には、怖くて泣いたものですが」
皇子は言った。岩のバルコニーの淵には、柵があった。柵には螺旋階段があった。皇子は、石でできた螺旋階段へ行き、柵を押して下りだした。風が下から吹き上がる。石の手すりには美しい彫刻が施されているが、長い時の流れのせいかところどころ欠けている。下には遠い緑が見える。
「気配がない」
サテンが言うと、皇子は立ち止まらずに答えた。
「めったに使わない通路ですから」
「……。」
「あなたと話したいと思ったので、少し遠回りをしたのですよ。謁見の間と、私の部屋とが、離れていたら、いろいろ支障をきたします。ですから、本当はもっと近い通路があります」
「……。」
「どうしました? 機嫌を損ねましたか?」
と言って、立ち止まった。
「まさか、怖いのですか? 龍のあなたが?」
皇子は、そう言ってから、サテンを見上げた。サテンは、階段の一番上で、手すりを掴んで、ずっと遠くを眺めていた。
「何か面白いものでも見えますか?」
「何も見えない」
「そんなはずはりません。街が見えます。大河も、港も」
「何もない」
サテンはぼそりと言って黙ってしまった。
どこかおかしかった。サテンは、空を見て、何かを探してるように視線を飛ばす。さらに、宙を見て、視線が動かなくなる。皇子は、サテンの様子がおかしいと気が付いた。階段を戻りだす。
「どうしました? サテン?」
皇子がすぐ傍まで戻り、下から声をかけた。サテンは焦点の合わないままで空を見たまま動かない。
「高いところが苦手でしたか? 申し訳ありません。気付かなくて」
皇子は、今度は、笑ったりしなかった。真面目な顔で、
「戻りましょう。さあ、このまま一緒に、後ろへ一歩下がって。大丈夫です。私が手を添えていますから。ね?」
皇子は、声をかけて下から励ますようにサテンの手をつかんだ。サテンは驚いたように下を見た。皇子が励ますようにうなずいた。サテンは皇子を見たまま動かなかった。
「大丈夫。誰にも言ったりしませんから。安心してください」
穏やかな声で落ち着かせるように言った。それからは、独り言のように、
「もっと早く気づけば良かったのです。この階段は、たいていの者が怖がって近寄らないもですから。だから、余計に人気のない場所になっていて、私にはちょうどよかった。ただ、あなたも怖がるとは思わなくて」
と口早に言った。




