謁見の間-009 ペテンの龍なら、怖くはないさ
サテンは、ゆっくりと階段を一段上がる。
上から皇子覗き込みむ。
「王は怯えて、おまえ以外の皇子を探した。皇子の顔をして、人間を騙す、狡猾な龍は怖かった。王を支える人間の跡継ぎが欲しかった。龍の噂はいとまがない。あっという間に人間を消し去ってしまう龍の話から、身体を乗っ取って操ってしまう龍の話まで。悪い話はいくらもあった」
「ばからしい。おびえた王が、龍の付き人をわざわざ王宮に入れたと言うのか?」
「ペテンの龍なら、怖くはないさ。自分に取って代わりそうな龍が怖いだけさ」
砕けた言葉を使いながら、サテンはさらに、顔を近づけ覗き込んだ。
「王は龍を知っているのかもしれない。おまえは易々と王位を乗っ取ってしまうだろう。龍の魅力を使ったならば、人間などちりあくたと同じである。龍だと言えば、そして、龍の本質をちらりと見せれば、逆らいたがる人間は一人もいまい。だから、王はおまえには逆らわない。おまえの力におびえているから、おまえが力を出すような場面を許さない。おまえの力を見た人間は、きっとおまえを王だと言って騒ぐだろう。王位がすぐにもおまえに移る。この王国が、龍に飼われる人の国になり下がる。王は必至に世継を探した。国民が、誰もが王にふさわしいと思いそうな、おまえ以上に最適な人材を」
サテンは皇子からすっと離れた。
「第五皇子は人間嫌いで森のはずれ暮らしている。どんな人物か知っているものはほとんどいない。後見が整って、らしい証拠がそろってくれれば、どうにでもごまかして、王だと言うことができるだろう。ララルーアが考えたのかもしれない。王が練った策かもしれない。はたまた、カエランラが気がついて、王に入れ知恵をしたのかも」
サテンは、皇子の前で、口を両側に大きく上げた。笑った。しかし、牙をむいているように見えた。
「だから、今、まさに、カエランラの跡継ぎは第五皇子の後を追う。カエランラ家は、第五皇子のお守のために、龍だと言わせる、お守に向いた人間を送り込む」
皇子は息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。落ち付いて来たようだった。皇子は言った。
「私は、一人孤軍奮闘している、と言うわけですか」
鼻で笑って、さらにつづけた。
「龍が、権力闘争に興味があるとは初耳です。大空を悠々と泳ぐ生き物だと聞いていますが」
「人間のふりなど辞めて、泳げば良い」
「できればそうしたいのですが。あいにく、生まれた時から人間以外にはなれなくて」
と馬鹿にした目でサテンを眺める。目は落ち着いていて、本気で言っているように見えた。サテンは続ける。
「龍は、孤独が苦手な生き物だ。龍の孤独は際限がない」
「だから?」
「いずれは孤独に狂うだろう」
「これほど大勢の人間がいる王宮で孤独になるのは難しい」
「人の中に一頭、と言うのは孤独以外のなにものでもない。つがいを探せ」
「つがい?」
「龍の相方のことだ。孤独は心を蝕んでいく」
「つまるところ、あなたが言いたいことは、花嫁を探せ、という意味ですか? 龍だから嫁を探せと?」
と皇子は笑った。
「最近、長老達によく説教されるのですよ。早く結婚をすべきです、とね」
「龍だとばれた原因は?」
皇子は黙った。
「龍は人とは交わらない。おまえの母親は、きっと幼いころからの番いに出会って、おまえを生んだ」
「私は王の血を引いている。証拠はいくらでもある。中でも、この体格とこの髪の色だ。王の若い頃に瓜二つだと言われている」
「人の殻など、龍にとっては飾りも同じ。どんな物でも、造りたいように作れるものだ。おまえが王を敬愛し、同じでありたいと願うなら、同じ姿に近づくだろう」
「あなたは、しつこい方だ。それで? 私が龍なら、つがいを探しに旅にでろ! とでも言うのでしょうか?」
「私はここに来て龍の歌を聞いた」
サテンは真剣な顔をしていた。真っ黒い瞳に何かが浮かんでいた。
「あの龍に会いたい」
「ならば、勝手に探せばいい」
「あの龍は、歌っていた。私はあの歌を聞いた。あれを聞いて帰れなくなった。あのまま一人では放っておけなくなった」
と言った。




