王宮-012 龍王と共に?
「龍王と共に?」
「そうさ。龍王はいつでも、僕らをご覧になっておられる。だから、一緒に。ほら、あれを見て」
とバイローンは手をあげ、空を指差し、「ほら!」と言った。女官が思わず振り仰ぎ、そこで目を見開いて動きを止めた。空を見たまま、顔から血の気が引いていく。サテンも同じように空を眺めた。そして、蒼穹を渡る細い線のような雲を見て、どこか懐かしむような瞳をした。真っ青な空が目にまぶしい。だが、それだけだった。何もない。しかし、女官は真っ青な顔のまま、息を吸って、後ろへ半歩下がった。サテンは空を見たまま、
「空を飛ぶ龍王か。見てみたいものだな」
と言った。どこか、夢見るような表情だった。しかし、バイローンには単にうそつき呼ばわりの馬鹿にした言葉にしか聞こえなかったらしい。舌打ちをして、
「今はいない。でも、いると思えばそこに見える。龍とはそういう存在だ」
と口早に言った。と同時に、女官の表情が戸惑った表情に変わる。慌てたように空を見て、何度か見渡しながら目を凝らす。
「はじめて聞く習性だ」
とサテンが返すと、バイローンは、
「時には君のような人間がいるんだ。僕はあまり認めたくないんだけどさ」
と独り言のような事を云った。それから、バイローンはまじめな顔になって考え込んだ。女官がやっと自分の役目を思い出したらしいく、注意を引こうと、軽く咳払いをする。と、バイローンは何でもないことのように、
「このこと忘れてね」
と誰に言うともなく言った。女官は無視して背を向ける。サテンは何も言わずに、女官を追って階段を上がりだす。また、バイローンも同じようにサテンに続いて昇り始めた。
どこか何かがおかしかった。女官はなぜ自分は立ち止まったのだろうと首をかしげるのだが、思いだせない。手に力が入ったのか、手の平に爪跡がついているのだが、なぜ、そんなに手を握り締めたのか分からない。王の玉座へ続く階段は、蒼穹の中を歩くように伸びている。
この石段で緊張したのは、王宮へ出仕して二か月ほどの間のことだったのに、今更、緊張するなんて、と不思議に思った。思ったのだが、ふと、どこからともなくこだました、「このこと忘れてね」という音に気を取られ、何を不思議に思っていたのかさえも忘れてしまった。空を見ると青空が見えた。何かへ仕えたいような衝動が湧き上がり、王の玉座へ向かわなくては、と思いなおして慌てて、石段を登り始めた。
階段を上がりきると、庇の下は、真紅の絨毯が奥まで続く、玉座の間の入口だった。女官が立ち止まると、柱の後ろから兵士が現れた。柱が並ぶ、龍の寝床に似た構造だった。しかし、ここは打って変わって美しさがある。柱は華やかなタイル張りで絵が描かれ、天井近くの窓にはステンドグラスで、青空と雲と、空を泳ぐ龍が見えた。
広間の両側には、壁の代わりにステンドグラスが広がっている。ステンドグラスには、町や王国の山々や峡谷が描かれ、そこに立つだけで、ここで謁見する王が、どれほど広い世界を統治し、どれほど多くの都市の上に君臨しているのかが分かるようになっていた。床は白と灰色とクリーム色の石が敷き詰められて幾何学模様で波打つ世界をイメージしている。その石の波の行きつく果てに玉座があった。
兵が現れると、女官が下がった。兵士は、頬当てのある鉄の面を深くかぶり、目だけが見えた。手には鉄の甲が見え、長槍を持ち、胸から腰へ、また、膝までもが鎧で覆われていた。鎧の下には色鮮やかな紅の上着が生え、上着の袖や襟からは美しい網目の鎖帷子が覗いている。鉄の重さをみじんも見せずに、軽々と歩み近寄ってくると、サテン達より頭一つ分高かった。兵士は二人を見下ろすと、
「失礼のないように振舞いなさい」
と静かに言った。




