王宮-010 カエランラ家お抱えの龍
カエランラ家お抱えの龍、バイローンだった。
第五皇子の王宮にいた時とは雰囲気が違っていた。華やかだが、抜け目がない。銀の目と金の髪を見せつけるように、青地に深紅の華の衣装をつけて、サテンと同じように王宮に行く支度をしていた。朝から数時間もカエランラ家の人間が精魂こめて着せつけた衣装だ。それが、今この瞬間、誰もが着る、普通の服になり下がる。
「髪はエクステントだ。あの銀はつけ毛だ。見たら分かるじゃないか。見せかけだけの銀の色だ」
暗いつぶやきだった。
「本物の龍の証は、何にもないじゃないか」
だだっこのような呟きだった。
サテンが、広間を横切って、正面から階段を昇りだすと、バイローンの暗い顔はどこかへ消えた。変わって陽気などこか悪戯っぽい微笑に変わり、軽やかに歩きだす。
「バイローン様?」
支度を手伝っていたカエランラ家の女が慌てて声をかけた。
「王の間はあちらでございます」
「いいんだ。我が同胞が来たからね」
悪戯っぽく笑ってみせると、足早になる。階段を上がり終わったサテンに向かって手を振った。サテンは表情が動かない。バイローンは駈け出した。
「我が同胞!」
バイローンは、バイローンと眼があってもなお表情の変わらないサテンへ向かって、
「会いたかった!」
と叫ぶと、思いきりよく飛びついて抱擁した。無表情で棒立ちのサテンへ、抱きついたまま、
「本当に、龍とはかくやと言う雰囲気だ。リハーサルはばっちり、なんだね?」
とささやいて、顔を放してほほ笑んだ。サテンは片手でバイローンを押しのける。
「第五皇子のお守りはどうしたんだ? 今日は休みか?」
「もちろん、今日もご一緒させていただいていますよ。つまり、その予定です」
と言って、半歩下がってにっこり笑った。龍同士の抱擁というより、あやしいペテン師が二人、という雰囲気に様変わりしていた。
それこそが、バイローンの望むところだったのだが、知ってもたぶん嬉しくない。自分もペテン師扱いされたと知ると、不機嫌に黙りこんでしまったかもしれない。ともあれ、飲まれるほどの高質な気配が消えていた。サテンの人間らしい不機嫌そうな顔を見て、バイローンは改めて満足し、普通の顔になる。
「おはようございます。今日はお互い朝から酷い目にあいましたね」
と互いの衣装を指差しながら、普通に話し始めた。サテンは、バイローンの言葉を聞き流しながら、女官達が案内する階段へと向かった。バイローンは答えが返ってきても来なくても構わないのか、王宮の話から、王都の庶民の暮らしぶりまで、表現豊かに話続ける。二人は、二階から、三階へ上がった。階下よりも広い造りになっていて、仕切りはない。美しい衝立があるばかりだ。貴人はその向こうにいるのか、知人が衝立に手をかけ、中をのぞくように話し掛けていたり、女官や家人達が、衝立から出入りしているのが見えた。
しかし、二人は、回廊の両側に広がる貴人達の間から離れ、さらに奥へ抜ける外壁のない一角へと導かれた。外壁のない吹き抜けには、奥の岩山へ渡る石橋があった。石橋の下には小さな峡谷を模した、岩と水の流れが見える。橋には両側に欄干があり、隙間から下が見える。三階分以上の高さがあるように見えた。岩や川を、小さく造り込んでいるせいだったのだが、見ただけでは分からない。
二人は即されるままに石橋を渡った。橋を渡ると、上下に石を重ねたような柱が遠くまで続く空間に出た。人気がない。奥から、薄物を頭からかぶった女官達が現れ、柱の間を縫って、再び、奥の柱の陰へ消えていく。バイローンの口数が減った。岩と岩の間に立って、押しつぶされそうな気がするのに、天上の石は、見上げると首が痛くなるほど高く、歩くと自分が小人になったような気さえする。
「龍の寝床と呼ばれる、兵の謁見の間です」
女官が黙り込んだ二人に教えた。兵士が起立し埋め尽くす。そんな時が本当に来るのだろうかというほどの静けさだ。バイローンは何もしゃべらなくなった。広間は、壁がなく、岩の端からは、王宮を囲む森の上部が見えた。まるで、緑の海の中に岩が乗っているように見えた。




