王宮-009 あれが龍か
女官達の口からため息が漏れる。老女官も目を細めて軽くうなずく。
「まあ、こんなものでよかろう。これで文句が出るなら、事前に似顔絵でもよこせとララルーア殿に苦情を申し上げておけばよい」
「文句なぞ、出るものですか」
「わからぬぞ。あの拘りは、久しぶりに、わしのやるきに火を付けたわい」
「それにしても、早くすみました」
「本当に。これなら、座って待つ時間くらいはあるぞ」
最後の部分はサテンへの一言だった。そして、さらに突っ立っているサテンに対して、
「しかし、食事はだめじゃ。飲み物も。王宮から下るまではとってはならぬ。その口の色はあまり身体にはよくないからの。それにな、落ちにくくしてあるが、飲食ではもたぬ。その恰好で口が剥げたらあまりにみっともないものになるぞ。分かるか? まあ。男はどんな格好でも、衣装のために辛抱したりはせぬものだが。このたびばかりは耐えるのじゃ。わかったな」
と言った。
サテンは、歩けるのだと知って、彼女達から離れた。三時間を短いと言いきった彼らに何も言う言葉はない。呆れていると言うよりも、解放されたくて口を閉じた。ベットから三歩離れて以来、動けなかったのだ。朝、日が昇るころから今までずっと。
サテンは、窓際により、そばの椅子を引き寄せた。気疲れしていた。ララルーアにつつきまわされていた時よりもずっと、疲れ切っていた。それこそ、地下牢に閉じ込められていた時よりも辛かった。女達につつきまわされ、人形と変わらない。動きひとつとっても、指示と怒鳴り声が飛びかい、しかも、ルールが分からないのだ。精神的に疲れていた。サテンは老女の言葉を右から左に聞き流し、丸い背のない椅子にまたぐように腰かけた。と、
「何をしておる! 武人のマネなぞ言語道断! ハナ!」
老女官の怒声が飛んだ。ハナと呼ばれた女官は、指揮をとっていた者だった。ハナは苦笑交じりに頭を下げた。もっともな指示だったらしい。サテンの傍へ近寄ると、穏やかな有無を言わさぬ声で、
「お立ちください。巻き衣装は動きひとつで全てが壊れてしまうものです。銀の輪で固定してありますが、その動きでは」
と言って首を左右に振った。ハナは辛抱強く、サテンが立つまで待った。
立ち上がると、再びルールのないルールにさらされそうで嫌だった。こんなに逆らいたいと思った指示はない。そんなことを考えていたのだが、誰ひとり身動きしない。しかも、サテンにはこれと言って逆らうほどの理由もない。それで、サテンは諦めて立ちあがり、ハナが衣装を整えるに任せ、今度はおとなしく優雅に足をそろえて背筋を伸ばして座って見せた。老女官の満足のいくため息を背後に聞く。女官達のほっとした声を聞く。
「今日一日これでいろと言うのか」
「栄えある王宮での一時をご満喫ください」
ハナの一言で苦情はなかったものになった。
サテンは、ハナと他の女官達が背後で見張る中、それからかなり長い時間じっと見動きできずに窓の外の光移ろう森を眺めて待ちつづけた。本殿からの使者は、昼過ぎにやってきた。サテンはもちろん、ハナ達もほっとした。盥の花も、日陰で大事にされいてたのだが、ほっとしたように見えた。
サテンは、銀の衣で、花を片手で肩に担いで、一階の広場を堂々と歩いた。巻きつけただけの衣装は異様に見えるらしく、広間のベンチに腰かけ、また、立ち話ししている一団が、動きを止めてサテンを眺めた。中の一人が、
「愛人の愛人がここにいると言う話は本当だったんだな」
と聞えよがしの声を出す。しかし、声はぽとりと落ちただけで消えてしまった。サテンの雰囲気にのまれたように声の主も口をつぐんだ。上の階の人々が、下の階が静まり返ったせいで、欄干に集まってきた。見降ろすと、そこにサテンがいる。銀の飾りの派手さに、ざわめきが広がって、サテンが動くと、そのざわめきも消えていく。目が離せない。何か云い知れない何かがあって、声も出せない。
ハナ達はそれを見て満足した。この一階で、しかも広間の片隅で、どの王族よりも王族らしく気品と威厳をもって立っていた男がいた。ララルーア殿のいつものわがままだと言う乗りで来たのに、つい、夢中になって熱中した。一眼見て、これだと思った姿が、今、そこで人々の注目を集め動いている。出したかった雰囲気が、自分達のイメージした衣装をまとって、イメージ以上に雰囲気を出して歩いていくのだ。ハナはもちろん、女官達も、言い知れぬ感動を感じていた。
そして、階上の中でも一人、サテンが歩き、サテンが動き、周囲が飲まれ、いつの間にか、黙り込む、そんな様子を感動と警戒を持って眺めている者がいた。
「あれが龍か」
と声が漏れた。




