王宮-006 顎髭のある顔に、鋭い眼をした若い男
「王宮は初めてですかな?」
サテンが振り返ると、上等な上着を着た男が入口に立っていた。背筋の伸びた姿で、まっすぐにサテンの目を見る。顎髭のある顔に、鋭い眼をした若い男だった。
「失礼」
と言ってにやっと笑い、わざとらしく会釈をして告げた。
「はじめまして。わたしは、チェラック・カエランラと申します。アントラック家から、カエランラ家へ婿養子に入った幸運な男ですよ」
と自嘲気味に言った。幸運だと言われているのは皮肉な話だ、と言いたいのか、婿養子と言う立場を嫌っての意味合いなのか、サテンには分からなかった。
男は、ララルーアが敵視するカエランラ家のものだった。彼らのことを、ララルーアから詳しく聞いたことはなかった。怒りにまかせた言葉の数々ならあったのだが、目の前の男が、金にものを言わせるだけの小心な商人にも、家柄を誇るだけの高慢な人間にも見えない。お仕着せの男達から、ララルーアの到着と、連れのサテンのことを聞いたのだろう。情報を拾う細工や、まっすぐ部屋を訪れる行動に、サテンは興味を感じた。
「わざわざの訪い、痛みいる」
「ほぉ。宮殿言葉を仕入れてきたのか? さすが、ララルーア殿の手際の良さには、いつもながら胸が打たれる」
ふざけた言い回しだったが、感心しているのは本当のようだ。
「何用か?」
「こなたに龍が来ていると聞き、様子を見に」
と言って口を閉じた。サテンは表情を変えず、男を見る。男が思わず、
「そんなまじめな顔をしてくれるな。なんだか、私がばかみたいではないか」
「龍を信じていないのに、龍を見に来たと言う」
「今の王宮は、龍の話題でもちきりですからな。少しでも情報を拾いたいのですよ」
「龍の情報か。そんな情報なら、私もぜひ聴きたいものだ」
と言ったのは本音だった。龍の歌声があった。聞いたものはいないだろうか、と思う。
「厭味でしょうかね?」
「どういう意味だ?」
「もちろん、言った通りの意味ですよ。あなたは、龍のふりができるだけの龍の知識がある。龍を追う龍追い人か、かつての研究を続ける龍の賢者か。あなたの噂が、王宮内で飛び交っていますよ」
「龍に詳しいわけではない」
「それは、嘘だ。チェシェ村の出身であれば、龍に詳しくないはずがない。古の龍の国への入口があると言うではないか。だからこそ、ララルーア殿は、チェシェ村から、あなたを引っ張り出して来た」
「普通の村だ。入口などない」
「龍をかばう村人は、そうやって口裏を合わせると聞いています」
「本当に普通の村だ」
「かつて、龍を狩る者達がいた。干した肉が高価な薬になると言う話があり、爪の強さは鉄にも勝ると言う噂があった。龍のうろこは宝石以上の輝きを持ち、大陸中で取引された。大山脈の裏に身を隠した龍達は、龍のうろこと引き換えに、村人たちに入口を守るようにと命じたと聞いていますが?」
「そんな古い話をいったいどこから仕入れた?」
「ほらご存じだ」
「村に伝わる言い伝えだ。しかし、おまえは?」
「ララルーア殿がおっしゃっていましたよ」
「ララルーアが」
サテンは苦い顔をした。
「誇張した話だ。龍がいると信じる人間は全くいない」
「チェシェ村でもですか?」
「神がいるような気持で龍を信じていた」
「つまり、どちらもいないと思っている、と言う意味ですか」
「どちらもいる。されど、見えない存在だと言う意味だ」
と皮肉な口調で返した。しかし、どこか遠い目をしている。何を思い返しているのかと思いそうな目だった。
「そうやって、龍はいないと口裏を合わせているのですね」
「本当に龍はいない」
と低く言った。どこか哀愁を感じる一言だった。チェラックは、扉から腕を放して背筋を伸ばした。足を戻して立ちなおす。
「普通の人でよかった。あなたが、あのララルーア殿とどんな契約を結んでいるのか分かりませんが、村は大事だとお見受けいたしました。人の心があるようです。あなたは龍。私もそう思ってあなたと接しましょう。ですから、わたくしどもの龍も、同じように龍だとお覚悟いただきたい。と言っても、きっとララルーア殿しだいになるのでしょうね」
と皮肉な顔をした。それから、
「謁見は明日の朝行われます。迎えが来ますが、その前に、支度の者達が来るでしょう。驚くほどていねいに洗われて、支度を整えさせられることになりますが、誰もが通る試練だと思って諦めるのが無難です」
と生真面目な顔で言った。サテンがララルーアの家での着替えを思い描いていると、
「王宮に来たと言う人間の語り草は、常にそこから始まるのですよ」
と今度は楽しそうな顔で言い。さらに、
「決して逆らったりはしない方がいい。もしも、万が一本当に逆らえるのなら、逆らってみるのもいいものですが。きっと、龍が来たと言うこと以上の語り草になるでしょう」
と言って笑った。




